AI(人工知能)には弱いAIと強いAIがある。
もしある企業が多額のコストをかけてAIシステムを導入したものの、それが弱いAIと判明したら、どうなるだろうか。経営者は、そのAIシステムの導入を決めたIT部門のリーダーに責任を取らせなければならないだろうか。
もちろんその必要はない。なぜなら現代のAIはすべて弱いからだ。いまだに強いAIは1つも開発されていない。
AIの強さと弱さを解説したうえで、なぜ強いAIが必要なのか考えてみよう。
続きを読む強いAI、弱いAIとは
強いAIと弱いAIの特徴を一覧にまとめると以下のようになる。
ひとつずつ解説していく。
弱いから「不出来」なわけではない
現代のAIがすべて弱いAIであるのは、現代技術の限界だからだ。ただ限界といっても、それはかなりの高みにある。AIには60年以上の歴史があるが、途中で何度も開発が頓挫している。ところがここ数年のAI開発によって過去にない進化を遂げることができた。
したがって「現代技術の限界」とは、研究者やエンジニアたちが強いAIに込める理想が高すぎるために生まれた言葉である。その理想を達成するにはまだまだ開発しなければならない技術がたくさんある。
例えば、囲碁や将棋のトッププロ棋士たちを倒したAIや、1万人がひしめき合う空港のなかから1人の指名手配犯をみつけるAIや、ベテラン事務員のパソコン業務を正確に代行できるAIは、弱いAIだが「相当すごい」。
したがって、弱いAI、つまり現代のすべてのAIは、強いAIに比べて弱いだけで、旧来のコンピュータよりは断然強い。
弱いAIは、特化型AIと呼ばれることがある。これは不名誉な呼ばれ方で、「囲碁AIはオセロができない」「ベテラン事務員のパソコン業務を代行できるAIは、工場の品質管理はできない」という意味だからだ。
弱いAIは「それしか」できないので特化型と呼ばれる。
なぜ弱いAIは「それしか」できないのだろうか。それは弱いAIはデータを分析して法則をみつけ出すことしかできないからである。そしてデータの量が少ないと正確な答えを出す確率が下がり、ビッグデータと呼ばれるような膨大な量のデータをAIに渡すと、その回答は正確さを増す。
弱いAIの能力は、データによって制限されてしまうのだ。
弱いAIの英語表記はAAIまたはNAIとなっている。Applied Artificial IntelligentまたはNarrow Artificial Intelligentとつづる。
AI研究者の理想である強いAIとは
現代のAIを「弱い」と呼んでしまうほどの強いAIとは、どのようなAIなのだろうか。強いAIの代表として紹介されるのは、アトムだ。
アトムはロボットだが、お茶の水博士と自由に会話する。しかもアトムは、強い敵と戦って不利になると恐がる。しかし周囲の期待が高まるとそれをモチベーションにして敵に再度挑み、今度は馬力だけでなく知恵を使って相手を倒す。
馬力でいうと、アトムは10万馬力である。スーパーカーと呼ばれる自動車でもせいぜい600馬力ほどなので、アトムの強さは相当なものである。だからアトムは飛ぶことができる。
10万馬力を制御するコンピュータもAIを使わないと処理が追いつかないだろう。
さて、アトムはまだ開発されていない。つまりAI研究者の全員が「それは強いAIといえる」と評価できる強いAIはまだ開発されていない。
そうなると「アトムはいつになったら完成するのだろうか」という疑問が残る。そして「そもそも人類はアトムをつくることができるのか」という疑問もある。
それに対して、AI開発の世界的な権威であり、脳科学者であり、世界最強の囲碁AIを開発したディープマインド社の代表、デミス・ハサビス氏は「脳の働きは複雑だが、コンピュータで再現できないものはない」と語っている。ここでいうコンピュータとは、AIを搭載したAIのことである。
そして人間の脳の働きを再現したAIは、明確に「強いAIである」と名乗ることができるだろう。
強いAIは自分で考えることができる。別の表現を使うと「自律している」となる。
自分で考えるようになるので、強いAIに何かを予測させたり何かを考えさせたりするとき、膨大なデータは必要ない。強いAIは少ない情報から類推したり、もしくは自分が必要な情報を自らの力で集めたりすることで課題を解決していく。
強いAIをつくるメリットは汎用性があることだ。弱いAIが、1つまたは複数の仕事「しか」できないのに対し、強いAIは自分で考えることができるので、頼んだ仕事は「なんでも」できるようになる。
アトムは有事には戦うが、平時は学校にいって人間の子供のように学んでいる。まさに汎用型AIである。
強いAIの英語表記はAGIで、Artificial General Intelligentと書く。
強いAIの仕組みとは
さて、強いAは「今は」つくれないが、「何にがそろえば」完成するのだろうか。
強いAIの仕組みには脳の働きをコピーする必要がある、と指摘するAI研究者は多い。先ほど紹介したとおり、AI第一人者のデミス・ハサビス氏も「脳の働きは複雑だが、コンピュータで再現できないものはない」と語っている。
強いAIの目標はまさに人工の知能なのだから、知能を生み出している人間の脳を真似てつくることは合理的な考えのように思える。
ただ弱いAIでも、ディープラーニング(深層学習)という技術で稼働していて、このディープラーニングは人間の神経細胞(ニューロン)の仕組みを模している。
神経は脳に直結して全身の臓器や器官や細胞に作用しているので、脳の一部とみなすことができる。したがって、強いAIの研究者たちが脳の仕組みを研究するのは自然な流れでもある。
ニューロンについて解説しておく。
ニューロンの1つひとつは細胞だが、普通の細胞と異なり電気信号を発信する。またこれも普通の細胞と異なるのだが、ニューロンどうしは「軸索」でつながっている。あるニューロンが電気信号を送ると、軸索を経由して別のニューロンに伝わる。そしてまた次のニューロンに電気信号がつながる。
1人の人には100億から1,000億個のニューロンがあり、脳の命令を電気信号に変えて次々伝えていく。
AIではニューロンのことを「層」と呼ぶことがある。AIのディープラーニングは、この層が何重にも存在し、それぞれの層においてデータの特徴をとらえていく。層がたくさんあるので、データがどのような内容になっていてもどこかの層で特徴がとらえられていく。
ここまでは弱いAIでも実行されている話である。
つまり強いAIに必要な脳の仕組みとは、より本物の脳に近い仕組みである。将来に完成する強いAIの仕組みに比べたら、現代の弱いAIの仕組みは「単なるモデル」レベルになるだろう。
強いAIを築き上げるには、ある課題解決のために獲得した知識を再利用できるようにする必要がある。
ノーベル賞級の学者はよく「ひらめいた」というが、このひらめきは突然天から降ってきたものではなく、学者の経験や思考が導き出したものである。
強いAIには、このひらめきを獲得させなければならない。つまり、経験と思考をAIに装備しなければならない。
人が経験と思考を身につけ、ひらめきを生むことができるのは、いくつもの知識のモジュールが存在し、なおかつそれらの知識モジュールが連携しているからだ。
例えば、建築家がある動物をみて建物をデザインするのは、動物に関する知識モジュールと建築に関する知識モジュールが連携しているからだ。
したがって強いAIにも知識モジュールを複数個搭載し、そしてそれらを連携させていく必要がある。
なぜ強いAIは必要とされているのか
強いAIづくりにはまだまだ長い道のりが必要である。その道を進んだ先に何があるのだろうか。
強いAIに持たせたい能力は、自律的に世界を研究する能力だ。
例えばアインシュタインは、宇宙にブラックホールが存在することを100年前に予言していた。アインシュタインは、望遠鏡で宇宙をみて「あそこにブラックホールがありそうだ」と予言したわけではない。物理学の研究をするなかで、「ブラックホールという存在を仮定しないと説明できないことばかり起きている」とわかり、宇宙にブラックホールという巨大な重力を持つ存在が存在する、と言ったのである。
そして2019年4月、世界の8つの電波望遠鏡を使った宇宙探査プロジェクトが、ブラックホールの姿を画像にした。つまりブラックホールは本当に存在し、それを見える化したのである。
アインシュタインは自律的に世界を研究して成果をあげた。
強いAIに期待されている、自律的に世界を研究する能力とは、アインシュタインの能力に似ている。人類が思いつかないことを、強いAIなら提示できるかもしれない。また、人類の未知の領域についても、強いAIに計算させることで判明するかもしれない。
例えば強いAIに「世界の国々が納得できる形で地球温暖化を止める方法を考えよ」と指示したら、その解を導きだすかもしれない。
まとめ~強いAIとシンギュラリティ
強いAIと似た概念の言葉に、シンギュラリティがある。技術的特異点と訳され、AIが人間の脳を超える能力を持つ「時点」のことである。2045年にシンギュラリティが到来するという説もある。日本政府もシンギュラリティには興味を示していて、経済産業省や内閣府が関連資料をネットで公開している。
強いAIやシンギュラリティが実現すれば、人類の課題の多くは解決できるかもしれない。しかし、そこまでAIが賢くなると、人類がAIに支配されるようになるかもしれない。少なくとも、何か大きなことを決めるときは「ではAIに判断を尋ねてみようか」となるだろう。そのような新時代を、みてみたいような気がする。
<参考>
- 汎用人工知能(AGI)とは何か? 全脳アーキテクチャ・イニシアティブが目指すもの
https://www.sbbit.jp/article/cont1/34019 - 汎用人工知能(強いAI)、特化型人工知能(弱いAI)の違いとは
https://aizine.ai/glossary-agi-na/ - 「強いAI」と「弱いAI」の違いとそれぞれの仕組み!ディープラーニングを可能にする汎用人工知能とは?
https://data.wingarc.com/what-is-ai-tsuyoi-yowai-4846 - AIとは何?「強いAIと弱いAI」
https://stem-academykids.com/archives/909 - ディープラーニング これだけは知っておきたい3つのこと
https://jp.mathworks.com/discovery/deep-learning.html - ニューロンとは
http://www.gifu-nct.ac.jp/elec/deguchi/sotsuron/makino/node4.html - アインシュタインの影を追い続けた国際チーム:「ブラックホールの最初の画像」はこうして撮影に成功した
https://wired.jp/2019/04/13/first-picture-of-blackhole/ - 総務省技術戦略検討会イノベーションと技術的特異点(テクノロジカル・シンギュラリティ)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000566103.pdf - 内閣府経済財政諮問会議「2030年展望と改革タスクフォース」第1回会合資料
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/2030tf/281003/shiryou5.pdf - シンギュラリティは近い―世界の課題をテクノロジで克服するには―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/amr/advpub/0/advpub_0170222a/_pdf
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