視聴率はテレビ業界と広告業界の人たちにとって「死活問題」といっても過言ではない。テレビ局は収入のほとんどをCMに頼っているからだ。
CMを出す企業などの広告主は、視聴率が高い番組にCMを流すことを希望する。視聴率が高い番組は見ている人が多いので、広告効果が高いからだ。
すなわち視聴率が低空飛行を続けていると、テレビ局の広告収入は減っていく。逆にいえば、高視聴率をマークし続ければ莫大な利益をあげることができるのである。
2019年に、視聴率に関するあるニュースがテレビ業界と広告業界で話題になった。視聴率をAI(人工知能)で予測する技術が確立されたのである。
視聴率はあくまで、視聴者の反応という「結果」である。そして多くの視聴者は気まぐれでテレビを見ている。結果と気まぐれを、AIはどのように予測しているのだろうか。
続きを読むそもそも視聴率とは
AIによる視聴率予測を理解するには、そもそも視聴率とはどのような数字なのかを知っておく必要がある。
視聴率の計測方法
日本のテレビの視聴率は、株式会社ビデオリサーチという民間企業が計測している。利益を追求する民間企業が調査している数値が、これほど社会的な影響力を持っていて大丈夫なのだろうか。
もちろん大丈夫だ。
なぜならビデオリサーチには、TBS、日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京、電通、博報堂など、テレビ業界と広告業界を代表する企業が出資しているからだ。ビデオリサーチが株主のために働けば、自然と各局に公平な数字を出すことになる。
視聴率の計測方法は単純だ。特定の世帯のテレビに測定器をつけ、その測定器が、テレビが映している番組と時間のデータを記録する。測定器はインターネットでビデオリサーチとつながっていて、同社は視聴されたテレビ番組と時間のデータを集計する。
集計は午前5時から翌朝の5時までの24時間ごとに行われる。
測定器をつけている世帯は、関東で900世帯、関西と名古屋でそれぞれ600世帯などとなっている。全国27地区で測定している。
計測方法が単純なら、視聴率の算出方法も単純である。例えば関東地区で90世帯がある番組を見ていれば、視聴率は10%(=(90/900)×100)となる。
したがって、例えば視聴率20%といえば、テレビ局ではかなりの高視聴率と評価されるが、関東地区では180人しか見ていないことになる。
しかし統計学的にはこれで問題ないという。視聴率10%と算出された場合、その誤差はプラスマイナス2%以内に収まる。
測定器をつけている世帯には、ビデオリサーチから謝礼が支払われる。
視聴率は現在3種類あり、それぞれの名称と数字の特徴は次のとおり。
視聴率はなぜそれほど重要なのか
視聴率の重要性は、近年ますます高まっている。以前は、テレビCMを流すことは企業にとって株式上場を果たすのと同じくらい大きな目標だった。テレビCMのコストは、放映料もさることながら、制作費もかなり高い。したがって業績が好調な企業しかテレビCMをつくることができなかった。
そしてテレビCMを流すと、その企業の社会的な信頼度が増した。「テレビCMでおなじみの」という枕詞をつけて自社を紹介することは、その会社の社員たちのステータスになっていた。
しかしインターネット広告の登場で、テレビCMの「ありがたみ」が徐々に減少していった。それは、テレビを見ずにインターネットを見る人が増えたこともあるが、ネット広告が「あること」に優れていることがわかってきたからだ。
あることとは、広告視聴者のターゲットを絞りやすいことである。
IT技術やネット技術を使うと、どのネット・コンテンツにどのような人が見ているのかがわかる。例えば、10代の女性がよく見るサイトに、彼女たちがお小遣いで買うことができる格安化粧品の広告を出せば、広告効果が得やすくなる。
一方で、テレビの場合、制作側が中高年向けにつくった番組でも、放映してみたら若年層がよく見ていた、といったことが起きる。テレビ局の広告営業は中高年が見る番組だと思っているので、中高年向けの商品を扱っている企業を広告主にしようとする。しかし放映後に中高年がほとんど見ていないことがわかれば、テレビ局の広告営業は広告主の信頼を失うことになる。
つまり現代のテレビCMは、視聴率の高さだけでなく、「視聴の質」も重要になっているのである。ネット広告は閲覧者の分析をかなり詳細に行えるので、テレビ局の営業担当者や広告代理店のテレビ担当者がこれに対抗するには、テレビCMの視聴の質や視聴者分析の精度を高めて広告効果を上げていかなければならないのである。
電通が開発したAI搭載のSHAREST(シェアレスト)とは
電通が開発したSHAREST(シェアレスト)は、AIによってテレビ視聴率を予測するコンピュータシステムだ。
テレビ業界で番組視聴者の分析と予測が急務になっていることから開発された。
シェアレストのポイントは、これを開発したのがテレビ局でもビデオリサーチでもなく、広告代理店の電通である点だ。
広告代理店は、テレビ局に代わってCMの枠を企業(広告主)に販売する。すなわちテレビCMの効果の高さを証明できれば広告主を多く集めることができるし、CM枠を高く売ることもできる。
つまり電通には「テレビCMの効果を証明したい」というモチベーションが働くのである。
AIが視聴率を予測する仕組み
先ほど、テレビ番組の制作では、中高年向け番組をつくったのに意外に若い視聴者のほうが多くなることが起こり得る、と紹介した。この現象が起きるのは、その番組の前後に放映された他の番組や、同じ時刻に他局で流れる「裏番組」の影響を受けるからだ。また天候によってもテレビを見る人が変わってくることもわかっている。
シェアレストでは、AIに次の要素などを計算させている。
・過去の視聴率データ
・番組のジャンル
・出演者
・ネット・コンテンツの閲覧傾向
・前後の番組の内容
・他局の番組(裏番組)
これらの要素はほんの一部にすぎず、2019年1月現在、シェアレストでは約5,000の要素をAIに分析させている。そして、140種類のターゲットの視聴率予測を行っている。ターゲットとは、年齢や性別、職業、趣味趣向などの視聴者の性質のことだ。
例えば「25歳の男性ビジネスパーソンが視聴する確率が最も高い番組は?」といったことが予測できるようになる。
AIが視聴率を予測するメリットとは
AIが視聴率を予測し、さらに視聴の質であるターゲット層まで予測できるようになると、テレビCMの質が向上する。この状況を歓迎するのは、収入増が見込めるテレビ局や広告代理店や、広告効果が高まる広告主だけではない。視聴者にもメリットが大きくなる。
それは、見たいテレビCMを確実に見ることができ、見たくないテレビCMを見なくて済むようになるからだ。
シェアレストが今後ますます進化すれば、中高年者がダイエット関連商品のテレビCMを見る機会が増えるかもしれない。また逆に、男性視聴者は女性向け化粧品のテレビCMを見なくて済むようになり、未成年者がビールやタバコのテレビCMを見る機会が減れば未成年者による飲酒や喫煙が減るかもしれない。
シェアレストによるAIテレビCM分析は、テレビ局、広告代理店、広告主、視聴者の4者のWin=Win=Win=Win関係を築くことができるのである。
まとめ~AIはテレビCMをネット広告に近づける
そもそもテレビ番組は、あまりターゲット層を絞ってこなかったといえる。もちろん制作陣は「この層に見てもらいたい」と考えて番組をつくってきたはずだ。しかし例えば大人向けのテレビ番組をつくっても、視聴者から「子供の教育に悪影響を与える」といった声が噴出すれば、子供に配慮した番組にせざるを得ない。
一方でネットのコンテンツは、かなり厳格にターゲット層を絞っている。例えば、「これまでスマホを3回以上買い替えた経験がある人向けのコンテンツをつくろう」といった企画もつくられる。そのようなコンテンツをつくれば、制作陣は高級スマホを製造しているメーカーに広告の出稿を依頼できるので、広告営業がしやすくなる。
シェアレストはテレビ番組の制作方針に関与するのではなく、CMのターゲット絞りに焦点を当てている。それを可能にしたのは、5,000もの要素を短時間で分析するAIの能力である。
<参考>
- 広告効果最大化に向け、140ターゲットの視聴率を予測する「SHAREST」(電通報)
https://dentsu-ho.com/articles/6431 - 「視聴率」はなぜ大事? どうやって計測している? – ビデオリサーチに聞いてみた(マイナビニュース)
https://news.mynavi.jp/article/20170612-rating/ - タイムシフト視聴率(コトバンク)
https://kotobank.jp/word/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%83%95%E3%83%88%E8%A6%96%E8%81%B4%E7%8E%87-189852 - ビデオリサーチ(ビデオリサーチ)
https://www.videor.co.jp/
役にたったらいいね!
してください
NISSENデジタルハブは、法人向けにA.Iの活用事例やデータ分析活用事例などの情報を提供しております。
No related posts.