人工知能(AI)がセンセーショナルに報じられる一因として「シンギュラリティ」が挙げられる。シンギュラリティとはAIが人間の制御をAIが超える進化する状態を指す。ただし、シンギュラリティが到来すると予想される2045年に関しては賛否両論ある。
そこでシンギュラリティを誰が最初に唱えたかなど、その背景についてまず紹介する。仮にシンギュラリティが到来するとして、私たちはどのような準備が必要なのかについて話していこう。
続きを読むシンギュラリティとは?
数学の概念から出発した「シンギュラリティ」
シンギュラリティとは、日本語で訳すと「特異点」である。特異点とは、数学における専門用語で、有限の限界を超える値を表すものとして用いられている。たとえばy=1/xという単純な関数を想定したとき、xの値がゼロに近づくにつれ、yの値は大きくなる。だがxが0にどれだけ近づいても、yが無限の値に到達することはない。またxが0の場合、ゼロで割ることはそもそも定義されていない。そのためyの値は無限大に限りなく近づくだけだ。このような到達しえない状態であることが、シンギュラリティの本質である。
続いて、天文物理学においても特異点が用いられるようになった。恒星が超新星爆発を起こすと、見かけの体積がゼロで密度が無限大の点につぶれ、その中心に特異点が形成される。この特異点では光が星から逃れられないため、ブラックホールと呼ばれる。
数学や天文物理学が用いられる特異点だが、これらは到達しえない限界として理解されている。一方、人工知能(AI)におけるシンギュラリティだが、最初に唱えたレイ・カーツワイルの意図と異なる意味で用いられることが多い。
AIと関連ある「シンギュラリティ」
人工知能研究の世界的権威でもあるレイ・カーツワイルは、シンギュラリティについて語るとき、上で述べたような数学や天文物理学における特異点になぞらえて、シンギュラリティについて語っている。科学技術の進歩が関数y=1/xのように無限大に近づくことがシンギュラリティ本来の意味である。だがカーツワイルによると、指数関数的に発展した科学技術が人間と融合することで、これまで私たちが解決できなかった問題を超越できるという意味でシンギュラリティを語っている。つまりAIがシンギュラリティに到達するための道具なのだ。
多くの人を驚愕させたシンギュラリティ
カーツワイルが著書のなかで述べたシンギュラリティは、私たち一般にも知られるようになった。2015年にNHKがシンギュラリティに関する特集を番組で放映したのを視聴した人がいるかもしれない。また2014年に上演された邦題『トランセンデンス』の原題はSingularity(シンギュラリティ)だ。現代科学が高度に発達した世界への警鐘の意味が込められている。人工知能については宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング博士も警鐘を鳴らしているが、その背景には『トランセンデンス』のテーマと類似しているといえるだろう。
科学技術が発達することによって、私たち人間の果たす役割が少なくなる危惧がある。野村総研とオックスフォード大学の共同研究によると、2030年には日本の労働者人口の約49パーセントがAIやロボットによって代替可能であるとしている。これは人間が果たす役割が減ることを意味する。このような科学技術の進歩に遅れないように、シンギュラリティについて学べる大学まで登場している。アメリカにあるシンギュラリティ大学は、急速な科学技術の進歩にも負けない人材育成を目指しているという。
いずれにせよ、シンギュラリティと私たちの将来とは大きく関わっているといえるだろう。
シンギュラリティを考えるうえで欠かせない重要ワード、「エクスポネンシャル」
カーツワイルがシンギュラリティを語るときに欠かせないのが、「収穫加速の法則」である。コンピューターの世界では、ハードウェアのスペックが線形的に上がっていく「ムーアの法則」と呼ばれる経験則がある。インテルの創業者のひとりであるゴードン・ムーアが唱えたとされ、事実ハードウェアのスペックは年々増大している。
カーツワイルが強調するのは、ムーアの法則のような線形的な進歩と、「収穫加速の法則」にみられる指数関数的な進歩とは大きく異なる点である。指数関数を想定してみよう。xの値が1に近い場合、yはなだらかな直線に近い。その一方でxが増えるにつれyは急激に増大する。科学技術がこのように急激に進歩するため、将来の見通しを私たちが見落としがちになるのだ。
とくにAIの近年の進歩は目覚ましい。ジェフリー・ヒントンが考案したディープラーニング(深層学習)の登場により、ビジネスにもAIは応用されるようになった。画像認識や自然言語処理といった作業を限定すれば、人間の能力を超えるAIも登場している。カーツワイルによると、脳の仕組みをリバースエンジニアリングによって解明できれば、人間とAIなど高度に発達した科学技術が融合し、これまで解決しなかった問題を突破できる、つまりシンギュラリティに到達すると予測するのだ。予想しにくい指数関数的な進歩を侮ってはいけないという含意がカーツワイルのシンギュラリティには込められている。
2045年にシンギュラリティが訪れる!?
シンギュラリティの否定派
シンギュラリティが起こる時期として、カーツワイルは2045年と予想する。その一方で、シンギュラリティは2045年には起きないと唱える人たちもいる。自動掃除機ルンバを開発するアイロボットの創業者であるコリン・アングルは、2045年にシンギュラリティが到来することに否定的だ。ちなみにルンバには、家の間取りを学習し記憶するAIが搭載されている。
シンギュラリティの否定論者の根拠は2つに大別される。1つは現状のAIの実力だ。ディープラーニングがビジネスに活用される例として、自動運転が挙げられる。自動運転とは、ドライバーの操作がなくても、機械が自動で対向車や障害物、歩行者などを認識し、経路を決めるシステムを指す。自動運転にもレベルはあるが、最終段階はどのような道路でも機械が自動的に経路を決めるレベル5である。高速道路など特定の環境下における自動運転(レベル4)の実現は間近だが、レベル5になると急激に難しくなる。先述のコリン・アングルによると、20年後にようやく自動運転5が実現する時期である。この時期に、AIが人間の知性を超えることはできないというのが、現状から判断した予測である。
もうひとつはAIに対する誤解だ。AIには、特定の作業をこなす「弱いAI」と汎用的に考え判断を下す「強いAI」の2種類がある。強いAIとは、SF映画に登場するアンドロイドを想起されたい。このような強いAIの実現のめどはない。また弱いAIはパターンを認識できても、人間のように「なぜ」を思考できない。このため、2045年にシンギュラリティは到来しないというのが2つめの根拠だ。
シンギュラリティが2045年以降に到来するか?
では2045年より未来にシンギュラリティは訪れるのだろうか。コリン・アングルはカーツワイルが述べる科学技術の進歩をAIの進歩と読み替えて議論しているが、シンギュラリティが起こると主張する人たちはAIに精通した人が多いという。カーツワイルの主張をみるとわかるように、成長曲線といったAIとは直接関係のない概念によって、AIが人間の知性を超えると述べているだけともいえる。ディープラーニングの応用こそ増えたものの、その理論的進化はゆっくりとしたものだ。ディープラーニングを考案したヒントン教授が、もととなるボルツマンマシンを考案したのが1985年。ニュートラルネットワークのもととなる3層パーセプトロンが考案されて60年経つ。AI研究者が述べるように「強いAI」の実現なくして、シンギュラリティは起こりえない。コリン・アングルも2045年以降にシンギュラリティに到達するかについて明言していないが、裏を返せば「強いAI」さえ実現すればシンギュラリティに近づくともいえよう。
シンギュラリティの時代で生き残るには?
AIが一部の作業を代替する時代はすでに到来している。人間はこれまで産業革命をいくつも経験してきた。蒸気機関、電気、ガソリンエンジン、インターネットなど、科学技術が従来の職業を淘汰してきた歴史がある。人間はこれらの科学技術を使うことで、新しい職業を生み出したともいえる。これはAIの登場にも当てはまる。コリン・アングルも述べるように、人間がしない仕事を行なうのがAIなどの科学技術である。人間が行なうことは、科学技術の運用や、科学技術でできないこと、たとえばクリエイティブな作業をすることなど幅広く存在する。つまり機械でもできる仕事を惰性的に継続させるのではなく、どうすれば機械に負けないのかなど、自分の行なう目標を明確にもつことが重要になってくるだろう。
まとめ
AIがビジネスにも応用されるようになり、一部の作業はAIが代替する状況になっている。AIを含めた科学技術の進歩にも負けないためには何をすべきかを腰を据えて考えてみてはどうだろうか。
<参考>
- NHKスペシャル「NEXT WORLD」の取材から見えた、AIと表現の未来(宣伝会議)
https://www.advertimes.com/20160506/article223648/ - シンギュラリティは、2045年には訪れない:アイロボットCEO、AIとロボットの未来を語る(Wired)
https://wired.jp/2019/07/14/irobot-colin-angle-interview/ - アイロボットジャパン 掃除の常識を変えるロボット掃除機「ルンバi7+」を発売(PRTIMES)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000025142.html - 『シンギュラリティの衝撃-人工知能が人間を超える』(小池淳義 著)
- 『エクサスケールの衝撃』(齊藤元章 著)
- 『シンギュラリティは近い : 人類が生命を超越するとき』(レイ・カーツワイル 著、NHK出版 編)
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