スポーツの試合の動画撮影は高い技術を必要とする。素早い動きを捕らえなければならないし、試合の流れをある程度予想しなければならないからだ。スポーツの試合には筋書きも台本もないから、何が起きるかわからない。そのシーンにカメラのレンズが向けていなければ、カメラマン失格である。
あらゆる難題に挑戦してきたAI(人工知能)の開発者たちは、スポーツ動画撮影にも挑んでいる。そして成果も出始めている。
AI カメラはスポーツ中継にどのような変革をもたらすのか。その仕組みと活用法を紹介する。
続きを読むスポーツの試合を撮影する難しさとは
AIカメラの仕組みを紹介する前に、スポーツの試合を動画撮影することの難しさを考えてみたい。
スポーツの試合の動画撮影は「撮影するだけ」ならこれほど簡単な被写体はない。なぜならスポーツは、決められたエリア内で行われるからだ。野球もサッカーもバレーボールも、ボールが白線を超えたら試合が中断するので、カメラで白線の外を追う必要はない。
だからエリア全体を映す定点カメラを設置しておけば、あとは録画ボタンを押すだけでよい。
しかし定点カメラで撮影されたスポーツ動画はまったく面白くない。サッカーを定点カメラで撮影しても、小さい粒が「ごちゃごちゃ動いている」だけの映像にしかならない。
では人がカメラを操り、ボールや有名選手を追えば、見応えのある動画が撮れるのだろうか。それほど単純な話ではない。
例えば、プロのカメラマンと素人に、同じ高性能カメラを渡して同じ試合を撮影してもらったとする。素人が撮影した動画も、ボールや有名選手を追っているので、定点カメラよりはみることができる。しかしその後にプロが撮影した動画をみれば、その違いは一瞬でわかるはずだ。
球技であれば、ボールを追う正確さが違う。プロのカメラマンはボールの動きを予測してレンズを動かすが、素人はボールの後を追いかけるのでボールが画面から出てしまうことがある。
例えばプロ野球の撮影では、プロのカメラマンは、どの打者がどの方向に飛ばすことが多いかを知っている。したがってバットがボールを捕らえた瞬間に、カメラのレンズをその方向に動かすことができる。だから見事にボールを画面の中央に置くことができるのである。
そしてさらに難しいのはズームだ。プロのカメラマンは常に「視聴者このシーンはズームで見たいはずだ」と考えたり、「試合の流れが停滞しているので、引きで撮って全体を映して画面にメリハリをつけよう」と検討したりしている。
視聴者がプロスポーツのテレビ中継に熱中できる第1の要因は、もちろん選手たちの卓越したプレーだ。しかし第2の要因は、カメラワークが絶妙だからである。
これまでテレビでしかプロ野球の試合をみたことがない人が、初めて球場に足を運ぶと「意外につまらない」と感じることがある。それは「自分の目」が、つまらない動画しか撮れない定点カメラになっているからだ。
もちろん、球場観戦でないと味わえない臨場感はあるが、球場でスマホを開いて目の前の試合のテレビ中継をみている人もいる。それくらい、カメラマンをはじめとするテレビクルーたちが撮るスポーツ動画は面白い。
さて、この高度なカメラワークの技術を、AIカメラは再現できるのだろうか。
Pixellotは「置きっぱなし」「撮りっぱなし」
イスラエルの企業が開発したAIカメラ「Pixellot」(ピクセロット)で撮影したバスケットボールの試合の動画をみても、視聴者は「違和感」を持たないだろう。
しかしこの違和感のなさこそが、AIの力である。
バスケットの試合は、コート中央で2人の選手がボールを奪い合うジャンプボールで始まる。ピクセロットはジャンプボールが始まる数分前から、コート中央を捕らえている。ズームは引き気味だ。
そしてジャンプボールが始まる直前、両チームの選手がコート中央に集まると、画面はズームされていく。これでジャンプボールに挑む2人の選手の動きがよりリアルにわかる。
そしてジャンプボールからボールが弾き出されると、すぐにカメラが反応し、ボールを確保した選手を映し出す。その選手がドリブルをしながら走り出すと、カメラもそれを追う。そして選手がシュートをしたとき、カメラは再びズームになっている。
ピクセロットはこの撮影を自動に行っている。
テレビ関係者がみれば、ピクセロットが撮った動画にはまだ「たどたどしさ」があるかもしれない。しかし一般の視聴者は自然にみることができるはずだ。
ピクセロットはわずか1台のテレビカメラで、しかも無人で、つまり全自動で「違和感がない動画」や「自然な視聴」を可能にしている。
AIは撮影した対象物を認識できるので、「ボールだけを追え」というプログラムであれば、現代のAI技術で十分対応できる。しかし、試合の状況を判断したり、ズームにするシーンと引きで撮るシーンを決めたりすることは、ピクセロットのオリジナルの技だ。
4つのレンズは少しずつずれて取り付けられていて、すべてで170度の視界をカバーしている。人の視野は大体120度なので、ピクセロットはかなり広範囲に撮影できることがわかる。ピクセロットの外観は筒状で、4つの穴がついている。その穴がレンズだ。
ピクセロットは「置きっぱなし」にしておく。そして4つのレンズすべてを「撮りっぱなし」の状態にしておく。
どのレンズが捕らえている映像を「本映像」にするかは、AIが決める。バスケットの試合の撮影であれば、AIは基本的にボールを中央に捕らえているカメラの映像を「本映像」にする。したがってピクセロットではパーン(カメラの移動)は行なわない。
ピクセロットが映し出す動画は、常に使用するレンズが切り替わっているはずなのだが、視聴者は本映像が切り替わったことに気づかない。これは4つのレンズが映し出す映像をつなぎ合わせているからだ。
AIはさらに、試合が白熱してきたと判断したら、カメラをズームにする。これができるのは、例えばAIに「ボールを持って走っていた選手が急に立ち止まったらシュートを打つ可能性があるのでズームにせよ」といったことを学習させているからだ。
ただピクセロットにも限界がある。まだ、バスケットボールのような狭いエリアの撮影でしか使えない。また、バスケットの注目プレーのほとんどはボールがあるところで発生するので、カメラはボールだけを追えばよい。しかもそのボールは人やコートと比較して大きいのでAIが捕捉しやすい。
しかし野球は盗塁があったり、ボールが小さかったりするので、AI撮影は困難だ。
自由視点VRは視聴者ニーズに応える
KDDI総合研究所は、ピクセロットとはまったく異なる手法で臨場感ある動画撮影に挑戦している。
それが「自由視点VR」だ。
現行のスポーツ中継番組は、複数のカメラマンが複数のカメラを使って同時撮影し、どのカメラの映像を本映像にするかはディレクターが選択している。
したがって少し意地悪な表現を使うと、テレビのスポーツ中継の視聴者は、ディレクターがみせたいと思っている映像しかみることができない。いわば「みせらえている」状態だ。
プロ野球の撮影を例に取って自由視点VRを説明する。
球場に16台のカメラを設置し、すべてを「撮りっぱなし」にしておく。これで16のアングルから同時に同じ試合を撮影していることになる。
この16の動画データはサーバーに送られ、サーバーからインターネットで視聴者が持つタブレットに「すべて」送信される。
ポイントは、16の動画を撮影側が選択することなく、すべて視聴者の元に送っている点だ。
視聴者の手元のタブレットには1つのメーン画面と16のサブ画面が表示され、視聴者が16のサブ画面のなかから1つを選択すると、そのサブ画面の映像がメーン画面に映し出される。
例えばピッチャーがキャッチャーのサインに納得せず、何度も首を振っているとする。このとき視聴者が16のサブ画面からバッターの表情を映した動画を選択すれば、バッターがイライラしている表情をみることができる。
通常のテレビ中継であれば、バッターがホームランを打てば、画像は打球を映した後、悠々と走るバッターの姿を映す。しかしピッチャーのファンは、ピッチャーの表情をみたいはずだ。それも自由視点VRを使えばまさに自由自在である。
【活用事例】AIカメラはすでに実戦投入されている
AIカメラはすでに実用化されている。その活用事例を2つ紹介する。
垂直の壁を登るボルダリングの大きな試合でも
2019年1月に東京都世田谷区の駒沢オリンピック公園屋内競技場で開催された第14回ボルダリング・ジャパンカップにAIカメラが実戦投入された。
ボルダリングは垂直にそびえ立つ人工の壁を人の体だけでよじ登っていくスポーツ。ジャパンカップは国内で最高峰の大会である。
この大会で使われたのは、先ほど紹介した自由視点VRである。16台の4Kカメラを配置した。
一般の観戦者は、選手たちが壁に張り付いてスパイダーマンのようにぐいぐい登っていく様をみたい。しかしボルダリングの経験者は、選手たちがどのように手足を動かしているのか確認したい。自由視点VRなら、そのどちらの要望にも応えることができる。
プロバスケットボールの試合でも
プロバスケットボールのBリーグでは、ソフトバンクの「Keemotion」(キーモーション)という自動AIカメラが使われた。
大まかな仕組みは、イスラエルのピクセロットと同じだが、キーモーションはレンズが2つのカメラを使っている。AIは2つのレンズが撮影した画像のうち、常に今まさにベストのシーンを撮影している画像を選び、本映像にしている。
まとめ~コスト安の意義は大きい
まだ競技は限定されるが、AIカメラはすでにプロスポーツの動画撮影に耐えうる性能を持ってしまった。AIがさらにスポーツの醍醐味を理解できるようになれば、撮影できる競技も増えていくだろう。
AIカメラは設置しておけばよいだけなので、コスト低減が期待できる。撮影にコストがかからなければ、どのような試合でも取り上げることができるようになる。例えば高校野球の地区予選をAIカメラが撮影し、地域のケーブルテレビで全試合放送することもできる。
そうなれば、未来のイチローや未来のマー君の高校1年のときの活躍を記録することができるかもしれない。お宝映像だ。
AIカメラは、今はまだ掘り起こすことができていないスポーツの隠れた魅力を引き出すことができるだろう。
<参考>
- 「カメラマンなしのスポーツ中継」をAIカメラで実現 5G通信が起こす進化がすごい(TIME&SPACE)
https://time-space.kddi.com/au-kddi/20190307/2592 - スポーツ中継に革命を!撮影・収録・編集を全自動化するAIカメラ「Pixellot」の国内販売をスタート(PR TIMES)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000031208.html - 無人のAIカメラでスポーツ中継革命!? 「B.LEAGUE」のバスケ撮影現場に潜入(ソフトバンクニュース)
https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20190409_01
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