弁護士や税理士や司法書士などの士業は、人からうらやましがられる仕事だ。それは難関の国家試験をパスする頭脳を持ち、業務独占資格によって仕事が守られ、そしてなんといっても若いころから「先生」と呼ばれるからだ。独立開業しやすく、街の名士になる人もいる。
その一方で、AI(人工知能)が進化すると士業の多くは仕事を奪われるのではないか、という観測がある。時代の流れとともに、消えていった仕事や業種はいくらでもある。したがって「超賢いコンピュータ」であるAIが、士業たちの仕事を代行することも十分考え得る。
しかし観測はあくまで観測である。そして消えたと思われた仕事でも、しぶとく生き残ったものもある。それにAI時代が到来しなくても、そもそもビジネス感覚がない「先生たち」の未来は明るくはない。
つまり同じ士業であっても、座してAIの荒波に飲み込まれるのを待つ人と、その逆にAIを飲み込んで自らのビジネスを補強する人では、「生存確率」は大きく変わってくるはずだ。
続きを読む「AIに仕事を奪われる」と言われている士業とは
士業の仕事がAIに奪われるといわれ始めたのは、2015年に公表された野村総合研究所とイギリス・オックスフォード大学の共同研究の結果からだ。そのレポートのタイトルは「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に~601種の職業ごとに、コンピュータ技術による代替確率を試算~」だ。
以下の表はそのレポートで紹介された職業ごとのAIによる代替可能性から抜粋したものである。
弁理士、行政書士、税理士が90%を超えた。そして司法書士、公認会計士、社会保険労務士もかなりの高率である。
一方、弁護士と中小企業診断士は1%前後だった。
ここで便宜的に、この8つの士業を次のように分類したい。もちろん現実的にはこのように単純にわけることはできないが、ここでの考察をスムーズに進めるために、あえて「大雑把」にわけてみた。
・手続き系士業:司法書士、弁理士、行政書士、社会保険労務士
・計算系士業:公認会計士、税理士
・コンサルティング系士業:弁護士、中小企業診断士
AI代替可能性の数字だけをみると、手続き系士業と計算系士業は全滅するのではないかと感じさせる。
その一方で、コンサルティング系士業の仕事についてはAIの完敗といってよいだろう。
士業の仕事の性質とAIの能力を照らし合わせながら、この傾向について考察してみたい。
手続き系の仕事とAI
なぜAIは、手続き系士業(司法書士、弁理士、行政書士、社会保険労務士)から、仕事の大半を奪うことができるのだろうか。
それは行政手続きの複雑さの「バリア」が、AIによって破られるからだ。現行の手続き系士業の仕事の多くは、このバリアによって守られている。
行政手続きは驚くほど複雑である。例えば補助金行政については、100万円の補助金を獲得するのに数十万円分の事務手続きが必要になることは珍しくない。補助金とは、産業育成や激変緩和策などの目的で企業などにお金を支給する仕組みである。そのお金は税金なので、補助金を支給する要件を細かく定め、対象となる企業を絞らなければならない。その要件審査をパスするだけでも膨大な事務量になるので、企業は士業に支援を求める。
また、行政はさまざまなビジネスシーンで規制をかけてくる。その規制を受け続けていては企業はビジネスができない。したがって企業は士業の力を借りてその規制をクリアしなければならない。
これだけ複雑な行政手続きを、企業が自前でこなしていたのでは本業に差し支える。そこで「外注」という形で士業に仕事を依頼するのだ。
しかしAIが進化すれば、まずは行政側の審査が大幅に簡素化されるだろう。それはAIが、企業の概要や規制をクリアする要件などを瞬時にチェックするからだ。
またAIが進化すれば、企業の仕事も簡素化するに違いない。AIは行政手続きの種類によって、必要な書類や資料をナビケートするようになるだろう。ある時期から一斉に全国各地の役所のホームページに申請書類のPDFが掲載されるようになったが、AI時代にも似たサービスが普及するのではないだろうか。申請書の下書きもAIがしてくれるだろう。そうなれば企業は士業の事務所に外注しなくて済む。
これでは士業の生き残る道は極めて細くなってしまう。
計算系の仕事とAI
なぜAIは、計算系士業(公認会計士、税理士)から、仕事の大半を奪うことができるのだろうか。
そもそも公認会計士や税理士の仕事が高度化しているのは、税金と企業会計のルールが複雑だからだ。極端な例を用いると、中小企業が支払う税金も大企業が支払う税金も一律1,000万円にしてしまったら、公認会計士と税理士の仕事は半分以上なくなるのではないだろうか。さらに財務三表の作成ルールを簡素化すれば、中小企業でも社長が簡単に作成できるようになり、税理士に相談しなくてもよくなる。
もちろん、企業が支払う税金の仕組みも財務三表のルールも、税の公平性を維持したり企業の公正な競争を促したりするには複雑にせざるを得ない。したがって、計算系士業の仕事を簡素化することはできない。
しかしAIがコンピュータの発展形であり、コンピュータが計算機の発展形である以上、AIが計算系士業の仕事を奪うことは時間の問題かもしれない。
まず、財務三表の作成アシストは、すぐにAIが行えるようになるだろう。企業の経理担当者は、AIから質問される数字を探すだけでよくなるかもしれない。また税金のルールもAIは簡単に丸暗記する。
AIは、社長に節税アドバイスをしたり財務戦略のヒントを与えたりするようになるだろう。分析が得意なAIは、経営分析も難なくこなせるようになるに違いない。
したがって計算系士業の仕事がAIに奪われるのも、時代に流れといえそうだ。
コンサルティング系の仕事とAI
なぜAIは、コンサルティング系士業(弁護士、中小企業診断士)だけは奪えないのだろうか。
この考察は、士業がどうすれば生き残っていけるのか、に深く関わることなので、次の章で詳しくみていきたい。
どうすれば生き残っていけるのか
先ほど便宜的に、士業を次のように分類した。
・手続き系士業:司法書士、弁理士、行政書士、社会保険労務士
・計算系士業:公認会計士、税理士
・コンサルティング系士業:弁護士、中小企業診断士
これはあくまで、考察を進めるための「大雑把」な分類である。司法書士や公認会計士の仕事にもコンサルティング業務はあるし、弁護士や中小企業診断士の仕事にも手続き業務がたくさんあるからだ。
鍵を握るのはコンサルティング業務
つまり「どの士業がAIに仕事を奪われるのか」といった議論や「どの士業が生き残ることができるのか」という検討は、実は非生産的だ。
AIが得意とする業務は、最早人間では太刀打ちできないからだ。そしてAIが不得意とする業務は、AIがどれほど進化しても、シンギュラリティが起きたとしても、人がやるしかない。
どの士業の業務にも、AIが得意とする仕事と不得意とする仕事が含まれている。そうであるならば、「士業はどうすれば生き残っていけるのか」の答えは自ずと導き出される。
その答えは次のとおりである。
コンサルティングのスキルを磨いた士業のみが、生き残り、そして繁栄していくだろう |
AI時代が到来すれば、士業の仕事は、好むと好まざるとにかかわらず、コンサルティング業務を強化することになるだろう。
そして「コンサルティング色」を強めた士業こそ生き残る士業であり、生き残った士業は高い確率で繁栄していく。なぜなら、あの賢いAIですら太刀打ちできない士業は、最強の職業人になるからだ。
なぜAIはコンサルティング業務を苦手にするのか
世間では弁理士は、特許や商標登録などの申請を代行している、と考えられている。しかし弁理士のなかにはコンサルティングサービスを強化している人もいる。
企業がどれだけ特許を取得しても、どれほど優れたコンテンツの権利を保有していても、それをマネタイズしないことには事業にならない。そこで、特許申請と一緒にその特許を使ったビジネスのコンサルティングを受注できる弁理士事務所はAI時代を生き残るだろう。
さらに、弁理士事務所で特許申請を自動化するAIシステムを導入すれば、コンサルティング業に専念できる。
また、社会保険労務士が中小企業診断士の資格を取得すれば「ハイブリッド」な仕事ができる。ハイブリッド士業であれば、中小企業の社会保険も中小企業の業務アドバイスもできる。仮にAI社会保険労務士システムやAI中小企業診断士システムが開発されても、中小企業がその両方を導入するのは容易なことではない。それならば、ハイブリッド士業に外注したほうが手厚いサービスを受けられるしコスト的にもメリットが期待できる。
AIはコンサルティングや相談や経営アドバイスが苦手だ。なぜならコンサルティング業務には、ビジネスを創造したい「気持ち」や、ビジネスを発展させたい「気持ち」が必要だからだ。
AIに気持ちを持たせることは、なかなかできないだろう。
まとめ~AIはビジネスモデルの創造が苦手
AIがどれほど進化しようと、ビジネスツールの枠を出ない。なぜならAIにはビジネスのモチベーションがないからだ。人は自己実現や社会貢献や利益確保のために「あの手この手」を尽くしてビジネスを組み立てようとする。ビジネスの推進は人間の本能といってもよい。
もし士業が、自身でビジネスを構築するのではなく、これからも企業の「お手伝い」だけに徹するのであれば、AIは強力なライバルになるだろう。そして繰り返しになるが、もしAIが士業のある仕事のスキルを獲得したら、もう人間では勝ち目がない。
したがって存続が危ういという警告が出ている士業こそ、AIを自分の武器にして「新士業」と呼べるようなビジネスを構築したほうがよいのではないだろうか。
<参考>
- 日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に~ 601種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算~(野村総合研究所)
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf
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