インターネットを主軸に置いたWebマーケティングが浸透している一方で、従来のテレビによる広告もマーケティング活動で重要な地位を占める。アンケート用紙を用いた従来の手法では、顧客の心を十分に理解したとはいえなかった。今回紹介するAIモデル「nAomi」は、「ニューロマーケティング」と呼ばれる脳科学の知見に基づいたマーケティング手法でATVCMにきめ細かな分析を可能にする。
続きを読むnAomIとは
nAomIを開発したキューサイ
nAomIは、キュウサイとNTTデータ、NTTデータ経営研究所が共同で開発したAIモデルだ。青汁や健康食品、化粧品を販売するキュウサイは、俳優やタレントを起用したインパクトのあるCMで一躍有名になった。キュウサイが手掛ける青汁は、テレビショッピング番組やネット通販でも販売される人気商品である。
そんなテレビショッピング番組でも馴染みのあるキュウサイがAI事業に取り組むが、このような流れは多くの企業で確認される。野村総合研究所とオックスフォード大学が発表した資料によると、2030年には日本の労働人口の49パーセントがAIやロボットによって代替可能になるという調査結果がある。とくに少子高齢化による労働者不足から、AIやRPAによって人手不足や人件費の問題を解決したいという事情もあるだろう。多くの企業がAIに投資するのは、何ら不思議なことではない。
入電件数を予測するnAomI
キュウサイらが開発したnAomIは、テレビショッピング番組の内容から視聴者の問い合わせ電話数を予測するAIモデルである。AIの代表選手ともいえるのが、ディープラーニングだ。ディープラーニングは入力データから特徴量を自律的に作り出し、ヒトには理解できない規則性を発見する。これにより画像処理や音声認識など、従来比で効率的な作業が可能になる。nAomIもまた電話数を予測するが、後で述べるようにディープラーニングと異なる手法を用いる。
「nAomI」の開発背景
nAomIの開発背景には、開発を手掛けたキュウサイとNTTデータグループ双方の事情がある。
キュウサイの事情
先述のように、キュウサイは自社が販売する商品をテレビショッピング番組などでCMとして放映する。CMを観た視聴者は、電話をかけて注文を行なう。とくに青汁のCMはキュウサイを象徴する存在のひとつで、そのインパクトの強さは世間にキュウサイという企業を認知せしめた。まさに、キュウサイは視聴者を楽しませるテレビショッピング番組制作にこだわりをもつといえよう。キュウサイがテレビショッピング番組制作で顧客に楽しい体験を提供し、注文につなげる方法を模索するなか、番組放送前に顧客の反応を分析し番組制作に反映する方法を考案していたという。
NTTグループの事情
他方NTTデータグループがキュウサイに協力する背景にある研究・開発は、脳科学やAI技術のビジネスへの応用だ。AIといっても、提供可能な機能はさまざまであり、複数の要素技術から構成される。その実装方法もそれぞれで異なる。つまりAI技術をビジネスに応用するためには、複数の技術を融合して機能可能になる高度なインテグレーションが要求される。
NTTデータグループが強調するのは、現実的な成果を出せるのならば、ディープラーニングのような先進的な技術にこだわる必要がない点だ。確かに画像認識や音声認識などで高いパフォーマンスを発揮するディープラーニングだが、その処理はブラックボックス化されており、ヒトには理解しにくいという側面もある。AIの処理が外から理解しやすいものとして、探索木による推論などほかの技術もあり、NTTデータグループはさまざまな手法を検討するという。
NTTデータグループによると、AIの重点的な適用領域として、「顧客接点領域」「業務高度化領域」「複合高度分析領域(社会基盤領域)」を挙げている。顧客接点領域は、コールセンターやフロントオフィスを対象とし、業務高度化領域は、マーケティングなどのミドルオフィスや人事や財務等のバックオフィスを対象とする。そして複合高度分析領域では、AIとIoTを融合した社会インフラに関わる分野を取り扱う。マーケティングをAIで扱うといっても、Webマーケティングのようなインターネット上のデータを扱うものから、最近では従来のマーケティングにAI技術を応用するものまで、広範に及ぶ。NTTデータサービスは、TVCMなどの動画広告の評価、改善、出稿前の効果予測を行う広告評価サービスをマーケティング用に始めていた。
TVCMを評価する手法を模索するキュウサイと、その手法を提供するNTTデータグループとで思惑が一致し、nAomIの開発へ乗り出したのだ。
「nAomI」でAIはどのように使われているのか
TVCMなどの動画を用いた広告では従来、静止画を見せて主観で回答するといった方法で評価が行われていた。ところがこの方法では、きめ細かい評価を行うことが難しかったという。そこで従来の評価方法に加えて、視聴者の「脳」の反応データを活用し始めたのだ。それが「ニューロマーケティング」という分野である。
ニューロマーケティングとは?
ニューロマーケティングとは、脳が働くメカニズムを活用したマーケティングだ。心理学や神経科学といった脳科学研究の発展や、計測機器や解析プログラムの進歩によって、急速に発展した分野である。2000年代初頭から活発になったニューロマーケティングは、世界中の企業で活用されている。
マーケティングにとって重要なのは、消費者を理解することである。従来のマーケティング手法では、アンケートなどの質問への回答によって、消費者の購買行動を理解してきた。ところが、消費者本人すら気づいていなかったり覚えていない事柄に対しては回答しようがなく、アンケート等の従来手法は行き詰った。そこで、無意識的・感覚的な消費者の心理を理解する方法として、ニューロマーケティングが開発された。
具体的には、脳を計測することで、無意識的・感覚的な消費者の心理が定性化あるいは定量化できる。とりわけ、脳波の計測がマーケティングにとって有効な手段となる。
映像知覚の脳内表象
NTTデータグループは、情報通信研究機構の西本伸志氏とともに、ニューロマーケティングの研究を行なった。脳内では神経細胞の電気的活動として映像情報は伝達・処理されるが、その際に映像情報が脳内の表象としてどのように処理されるかが神経科学にとって重要なテーマのひとつだという。西本氏は、動画を知覚している際のヒトの脳活動を予測する数理モデルを構築し、脳の各部位での表象(信号の内容)を定量・可視化することに成功した。この数理モデルを活用すると、ヒトの脳活動から知覚内容の映像が推定可能となるというのだ。
検証内容と検証結果
検証内容
キューサイとNTTデータが開発したnAomIは、キュウサイのTVCMに特化したAIモデルだ。2012年から2018年までにキューサイが放送した番組の映像と、視聴者の反応情報(入電件数)を、機械学習技術によってnAomIがモデル化された。機械的に生成した数千もの番組構成案をnAomIに評価させ、最も問い合わせ電話数が得られると予測した番組を制作したという。キューサイとNTTデータは2018年7月に、nAomIが予測した番組を14あるテレビ局で実際に放映して、その効果を検証した。
検証結果
検証方法として、従来の制作手法で制作した2つの番組とnAomIが制作した番組を、同時期・同放送局で放送し、顧客の入電件数を比較した。その結果、従来手法による番組(1)よりも平均で29%増、番組(2)よりも平均で24%増の入電件数が得られた。
キューサイとNTTデータは、2番組平均して27.6%増という結果となった原因として、数千もの構成案を生成・評価することで、従来の方法では実現しにくい意外性のある番組を制作できたことが挙げている。
今後の展開
キューサイとNTTデータは、nAomIを用いた今回の検証結果に基づいて、キューサイの制作する番組や広告、情報コンテンツに導入を拡大する予定だ。それだけでなく、視聴者がショッピングをより楽しみ、より商品の魅力が伝わるように、ニューロマーケティングのような科学的なアプローチでコンテンツを制作できるよう、技術をさらに発展させるとしている。
まとめ
ニューロマーケティングの手法は2000年代初頭から活発になったばかりで、現代進行形で研究・開発が行われている。キューサイとNTTデータが開発したnAomIは最先端のニューロマーケティングの知見を活かした技術だが、まだまだ発展する可能性を秘めている。ニューロマーケティングの手法は将来、マーケティングへの幅広い応用を期待できるだろう。
<参考>
- AIでテレビショッピングの問い合わせ電話数を予測 効果的な番組制作に活用――キューサイ、NTTデータらが効果検証(ITmedia)
https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1811/14/news067.html - NTTデータの取り組み(NTTデータ)
https://www.nttdata.com/jp/ja/services/ai/002/ - 脳活動パターンの解読技術を活用する実証実験により、動画広告・コンテンツの評価で効果を確認(NTTデータ)
http://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2015/080600.html - テレビショッピング番組の制作に人工知能を活用し効果を確認(NTTデータ)
http://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2018/111300.html - 「映像知覚の脳内表象」(『映像情報メディア学会誌』Vol.69, No.6.)
- 「ニューロマーケティングを活用する」(『流通ネットワーキング』2018年3月4日号)
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