2018年8月20日に「CNET JAPAN」に掲載された、経済産業省 大臣官房参事官 兼 産業人材政策室長(当時)の伊藤禎則さんの「経産省が進める「大人の学び直し」–企業と個人が今すべきこと」というインタビュー。この記事を読んだ角と宮内が「面白い! ぜひ対談したい」と依頼したところ、ご快諾いただき今回の対談が実現しました。前編では、「人生100年時代」「副業」など働き方に関して激論を交わしました。
プロフィール
伊藤禎則
経済産業省 商務情報政策局 総務課長 (略歴) 1994年 東京大学法学部卒業、入省。米国コロンビア大学ロースクール修士号、NY州弁護士資格取得。エネルギー政策、筑波大学客員教授、大臣秘書官等を経て、経産省の人材政策の責任者として、政府「働き方改革実行計画」策定に関わる。副業・複業、フリーランス、テレワークなど「多様な働き方」の環境整備、リカレント教育、HRテクノロジー推進などを担当。2018年7月から現職。経産省のAI(人口知能)・IT政策を統括。
角勝
元公務員(大阪市職員)。前職では「大阪イノベーションハブ」の立上げと企画を担当し、西日本を代表するイノベーション拠点に育てた。 現在は、「共創の場をつくる」、「共創の場から生まれたものを育てる」をミッションとして、共創人材の育成や共創ベースでの新規事業創出を主導するオープンイノベーションオーガナイザーとして活躍。大手企業5社・ベンチャー企業1社と顧問契約を結ぶとともに、ハッカソンをはじめとするイノベーションイベントのスペシャリストとして年間で50件を超えるイベントに携わる日本でも有数の共創分野の実践者である。
仕事に必要なのは「will」「can」「must」
角:突然の対談のご依頼にも関わらず、今日はありがとうございます! 伊藤さんのCNETでの記事を拝見して、めちゃくちゃ感銘して、伊藤さんってすげーな、ちょっとお会いしたいなって言ってたら、本当にすぐに取材をご快諾いただけて。
伊藤:いえ、私もご依頼をいただいたときは「角さんおもしろいなぁ、大阪市役所にいたのに、オープンイノベーションって」って思いましたよ。これからの公務員は、そういう「タコ壷を壊していける人」が大事なので、今日はむしろ「公務員論」を語りたいぐらいです(笑)。
角:僕は20年間、大阪市役所で働いてました。その頃も長時間残業をしてる人が偉いみたいな風土があって、それを評価していたら残業は絶対なくならないし、財政的にも無駄な負担になっているって感じていました。やっぱり国もそういう感じですか?
伊藤:同じでしたね。でも働き方改革も進んできて、いまむしろ深刻なのは、学びのモチベーション格差みたいなものが起きていること。いまは役所ですら遅くとも20時には帰りましょうですから。もちろん例外的な国会対応などはありますけど。基本的には早く帰らなければいけないので、若手が仕事を通じて学んだり、思う存分仕事に打ち込むことが難しくなっている。
そうするといきなり極端に触れて、今回の働き方改革は間違いだったんじゃないか、労働時間を減らせばいいっていう働き方改革はそもそもおかしいんじゃないかっていう議論も出てきて。 私はどちらもそれはやや極端だと思っています。
角:もちろん労働時間を短くすればいいっていうだけではないですよね。
伊藤:私も入省して1年目なんて、それこそ毎晩深夜まで仕事していました。自身の実体験としてもそれはサスティナブルではないし、人間の集中力にも限界がありますから、残業を削減するのは大事。だけれども、話は当然そこでは終わらない。私自身の違和感は、そんなに労働時間を短くすることばかり話しているけど、働くってそんなに嫌なことなんでしたっけっていうことなんですよね。
角:それ、すごいよく分かります。
伊藤:働くというのは、両面あって、金銭等を得るために健康的に働き続けられるということと、もう一方では自己実現そのもの。人生の中で働いてる時間はすごく長い。 だから私は、ワークライフバランスって言葉にはすごく違和感があって。「ワーク」と「ライフ」が対立する概念だともったいないですよね。そこは一体となってライフも充実する、でもワークも充実する、というふうにしたいと思ってるんです。
角:ほんとにそうだと思います! 僕が市役所に入った頃って、仕事っていうのは嫌なもの、だからお金もらえてるんだぞみたいな風潮だったんですよね。でも仕事をするのがそんなに嫌だったかっていうと別に嫌じゃない、どちらかというと充実していたし、それによって学びもあった。要するに社会が変わっていくスピードが上がっているから、役所も変わっていかなければいけないし、学びのスピードもあげなきゃいけないってことだと思うんです。
僕は20年役所に勤めて、最後の3年間が大阪イノベーションハブという共創スペースを作って、そこをどうやって有意義な場所にしていくのか、流行らせていくのかってのをやってたんですけど。そこの仕事があまりに楽しすぎて。
伊藤:いいですね、巡りあったわけですね。でもそれまでの20年間のキャリアや経験から、角さん自身がこんなことに関心があるというのを体中から発信してたんだと思うんです。私も経産省の人材政策の責任者を2年半務め、今年の7月から「 AI と IT政策」という新しいポートフォリオがつけ加わった。でもその中でも「人材」というのは大きなテーマで、そこは変わってないんです。
角:分かります。
伊藤:仕事って、英語でいうwillとcanとmustの3つが必要だと思うんです。willが一番大事で、これをオレはやりたいんだ、関心があるんだっていうこと。でもwillだけではやっぱり駄目で、そこで求められてくるのがcanなんですよね。自分は何ができるのかっていう「可動域」を広げていかないと、言ってるだけでなにも成し得ない。
私は、働き方改革と、そして人生100年時代に必要な大人の学びやリカレント教育の推進をずっとやってきたんです。文部科学省や厚生労働省にも働きかけをして、いろんな制度も作りました。canを広げていくのがそうした学びでありリカレント教育なんです。なのでwillがあってcanがそれについてきて、はじめてmustなんですよね。この仕事をオレはやらなければって思えるってのはそういうことです。それが日本の場合には will と can がなくて、いきなりmustになったりするから、ブラックな職場になるわけです。
とくに学生さんが大学を卒業してすぐにそういう仕事に出会えるチャンスってそうはないと思うんです。そこでやりたい仕事がないと勝手に思っちゃうのはすごく寂しいことで、ある程度やってればそういう天職って自分の中に出てくると思うんですよね。なので will と can と must が交わってくると、本当にやりたい仕事になる。
角:やりたいこともどんどん変わっていくと思うんです。自分がこういうスキルを持っていたらこういう仕事をやりたいとか、こういうスキルを身につけたから次はこの仕事をやりたいとか。新しいことにチャレンジしていくことによって、自分のスキルのポートフォリオが増えていく。 起業家が何度も起業していく感じで。
伊藤:シリアルアントレプレナーですね。
角:スキルセットが豊かになっていくと、自分の人生が豊かになっていく。そこに経済的な価値が連動していくということが理想なのかな、と。
人生100年時代に必要な「変身資産」とは
伊藤:この2年ぐらい働き方改革が注目されています。最初はとにかく労働時間の話でした。経産省の人材政策室からも相当発信をしましたが、労働時間を短くすることが最終ゴールではなくて、 議論としてもう一つ軸があったのは、「人生100年時代」なんです。
ささやかな自慢なんですけど、『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』の著者リンダ・グラットンさんがたまたま日本に来られたかなり初期の段階で、直接講演を聞く機会がありました。2015年から2016年にかけて経産省の産業構造審議会新産業構造部会という大きな審議会で私自身がプレゼンテーションをする場面があり、そこで『LIFE SHIFT』を紹介して、今後の人材政策の課題というテーマで話しました。なのでたぶん日本政府内で、初めてリンダ・グラットンさんを紹介した。それも一つのきっかけとなって、その後、2017年に安倍総理が議長の「人生100年時代構想会議」がスタートする際に、リンダ・グラットンさんに正式に委員として入っていただくという流れとなっていったんです。
角:それ、すごいなあ。
伊藤:イギリスからお出でいただき何回かご出席いただいて、全体の議論のトーンをセットしていただいたんです。学ぶ・働く・リタイアするという3ステージの人生が、これからは働くと学ぶが一体化し、定年でリタイアするといっても本当にリタイアするわけじゃなくて、学び続けそして働き続けるというのが70歳や80歳、場合によって90歳まで続くと。そういう時代になっていくわけです。それをなかなか大変と見るか、ワクワクすると見るかは人それぞれだと思うんですけど。
その人生100年に必要なスキルとして 、彼女は「変身資産」、トランスフォーメーショナル・アセットもしくはトランスフォーメーショナル・アビリティっていう表現をしていました。
角:「変身する力」ってことですか。
伊藤:要するに自分が今どういう状態にあるかを正確に直視して、足りないものは取り込んでいく、何よりも新しい経験や人に会うことに躊躇しない、こういう力があるかどうかなんです。それは本当にそうで、これまで日本の企業や社会の中で変化する力・変身する力が、本当に尊重されてきたかというと、多分そうじゃない。だからいままで求められてきたスキルや資質と、これから求められるスキルと資質は変わってくるってことだと思うんです。
角:いまの変身の話って、僕も感じているんですけど、普段僕らはそれを「面白がり力」って言ってるんですよ。
伊藤:それ、いいですね。
角:面白いってところにどんどん首を突っ込んでいって、そこで実体験することで、だんだん自分がトランスフォーメーションしていく。だから自分がなりたい姿になってるんです。
伊藤:それをどれだけ面白がれて、しかも必要であれば変身することを躊躇しないかっていう時代ですよね。
副業・兼業を認めるか、経営リーダーの覚悟が問われている
伊藤:だからいま「副業・兼業」が注目されているのも、一つにはそれです。もちろん本業そのもので自己実現ができればそれはそれでいいので、全ての企業が副業・兼業を認めなきゃいけないかって言ったらそんなことは全くないと思います。ただし、厚生労働省が「モデル就業規則」というものを作っていて、これが今年経産省からの提案もあって、改訂をしたんです。これまではモデル就業規則で「日本の企業が就業規則において他の会社等の業務に従事しない」となってたのが、「他の会社等の業務に従事することができる」に変わった。日本語としてはほんのちょっとした違いですけど、全く原則が逆になったわけです。
今までは国がモデル就業規則で兼業はノーといっていたので、じゃあうちの会社もそれを踏襲してノーで良かったんですけど、これからは違うんです。もちろん副業・兼業を認めなくてもいいと思うんです。でも社員一人一人が自己実現したい、面白がり力のある社員がいてこんな事をやってみたいということが見つかった時に、その成長の機会を提供できているかどうかということについて、経営のトップやマネジメント側に説明責任が発生してるってことなんです。
角:まったく逆になったんですね。それはすごい変化ですよ。
伊藤:でも、日本の大企業の多くはそれでも副業・兼業を認めない意向というニュースがありました。繰り返しますが、別にそれでもいいと思うんです。でもやや肩肘を張って、副業は認めない、なぜならば労働時間が管理できないというのが理由だとすると、それは本当ですかって、私は思います。極端にいうと、深夜までお酒を飲んでる、カラオケに行ってる、それを管理できますかっていう話です。就業時間に決められた成果さえしっかりとあげてくれれば、従業時間外は何をやってもいいというのが本来デフォルトなわけです。ところがいま多くの企業の経営者の方が、副業はダメ、就業時間外、土日でもダメ、と言っているのは、それは何でなんでしたっけ、そこまで拘束するってそれこそブラックな職場じゃないか、みたいな話なんですよね。
だから経営リーダーの側にある意味での「覚悟」が問われている。で、学生は結構そこは敏感に見ていて、この企業が自分にとって「成長の機会」をちゃんと提供してくれるかどうかの一つの「リトマス試験紙」として副業・兼業を認めるかどうかを見ているんですよね。
角:いまの若い人ってお金よりも、自分の学びになるかとかで就職を決めますよね。優秀な人ほどそうだし、 どうやってあなたに対して成長の機会を提供しようと思っているのかってのをちゃんと示せないと、優秀な人を取れなくなりますよね。
伊藤:その通りです。いま働き方改革の中で、人材が流動化してるわけです。 しかもスキルの賞味期限が短くなっているので、リカレント教育でどんどん学んでいかなきゃいけないし、企業はそれに投資しなきゃいけない。そこで、はたと人事部長さんは思うわけですよ。待てよ、人材投資しろってことになってるけど、人材投資したら辞めちゃうじゃんこの人、と。 主要企業の人事部長さんと本音で話をすると、そういうことをおっしゃる方は結構多くて、流動化の中で人材投資は躊躇せざるを得ないと。でもこれへの答えははっきりしていて、この国の人手不足は今日明日だけではなくて、相当長期にわたって続くんです。そう考えると人材投資に躊躇しているとレッテルが貼られた瞬間に、人材は集まらない。結局のところ成長機会を提供できる企業は生き残るし、人材投資に躊躇している企業は市場から退出せざるを得ないんです。
角:結局 AI がどう社会を変えて行こうが、会社の最小単位って人なので、その人を大事にする会社に人が集まるはずなんですよね。
伊藤:それは間違いなくそうです。
角: 僕も公務員を辞める時に、「公務員っていう看板を背負ってるからお前はその仕事がてできてるんやで、それがなくなった瞬間にお前は仕事できひんようになるで」って言われたんですよね。でも僕はあまりそうは思わなかったんです。なぜなら個人の看板の方がずっと大きくなってるじゃないですか。ブログや SNS、 いろんな人と人がつながるためのツールが増えて、それを使って上手に発信して周りの人からの共感を得ている人はたくさんいます。そうやって個人の看板の価値があがると、あの人と一緒に仕事がしたいって思われる人になる。 例えばいまの会社は好きだけどあの人と一緒に働いてみたいってことになったら、当然パラレルワークができるといいので、それを許してくれた会社には感謝をするし、そういうのが普通だけどなあと思うんですよね。
伊藤: いま、経済産業省は、世耕経産大臣がもともとNTT の広報出身ですから、大臣自身が発信をしっかりして行かなきゃいけないって大号令をかけています。私もそれに従って取材を受けたりすることは多いんですけど、昔からの役所の慣行からするとちょっと異質だし、正直1円にもならない。そういう意味では私自身のベネフィットはないんです。
ただ実はものすごく甚大なベネフィットがあって、いまは政策課題がすごく複雑になっている。だから政策の作り方も変わってきていて、昔のように関係する業界団体にヒアリングしてそれを法律にしてという時代ではもはやなくなってきているんです。例えば経産省の人材政策といっても、人材政策が担当する業界ってのはないわけですよ。そういう意味ではあらゆる企業であり、しかも私が担当していた時にはフリーランスの方の働く環境をどうしていくかとか、副業・兼業に関するルールをどう作っていくかとか、「個人」のレベルまで落ちてきてるわけです。これは経産省は伝統的に最も不得手とするところで、個人を政策的な対象としてきたことってほとんどないんです。常に企業や産業を相手にしていた。
ところがいま働き方改革というのはまさに「個人」がど真ん中の対象になっていて、経産省っていう肩書き、政府という肩書きだけで仕事していても情報は全然集まらない。だからあえてある意味リスクを負って自分のバイネームで発信をすると、それこそいろんなアプローチをいただくわけです。自分自身もいろんな所に出かけて行って、そうするとものすごく人脈もできるし、いろんなインプットが入ってきます。それが実は政策のヒントそのものになっていくんですよね。いろんな人に会いながら、 ムーブメントやモメンタムを作っていくってことなんです。だから繰り返しますが、角さんは20年間市役所でやられてきたことがすごく屋台骨になっていると思います。
角:なってます、それは確実になってます。
伊藤:それは、これからの公務員像のひとつのモデルです。「お上」ではなく、プロデューサーにならなきゃいけない。明確な課題があってそれに答えを出したり、企業に補助金をあげたりするのだったら簡単ですよね。ところが課題がそもそも何だっけみたいなことから始まって、複雑ですよね。しかもいろんなプレイヤーがいたり、それが個人だったりして。そういう中でいろんな人の思いや問題意識をある意味オーガナイズしていく。
もちろんその中で国がどうしてもやらなきゃいけない領域はあるわけです、それは法律を作ったりすること。例えば働き方改革でいえば、政府として労働基準法の70年ぶりになる大改正をやりました。でも、労働基準法の改正が働き方改革のゴールだとは誰も思っていなくて、人生100年時代のキャリア、副業・兼業、リカレント教育なども全部ひっくるめた上での働き方改革なんです。そこでは私が率いる経産省の人材政策室がひとつの核となり、一定のプロデュース的機能を果たしてきたんですよね。
角:プロデュースする力が公務員に必要なスキルというのは、とても新しい考え方ですね。
伊藤:そういう話を、これからいろんな領域でやらなきゃいけない。私がいま担当しているAI も同じで、 AI はあくまでも研究開発の対象だと思っている大学の先生もいれば、ビジネスのツールだと思っている人もいて。でももっと根源的には、そもそも AI によって教育から医療まですべて変わっていくと、本当に国民生活そのものですよね。じゃあ日本ならではの AI の使い方はどういうふうにしていくべきかというのは、やはりムーブメントなので、ある程度関係する人たちをプロデュースしていかなきゃいけないんですね。そういうのがこれからの公務員として求められることなんだと思います。
角:昔は企業団体のまとまりがきちっとあって、そこからヒアリングしていればよかったのが、今はVUCAの時代でそうした価値はあまりなくなって、むしろ個人の価値の方が高まっている。すごく変動要素が多いと思うんですよ。 その時にじゃあ AI を使って何をやりますかっていうのは、なんか哲学みたいな、すごくwillの部分が必要ですよね。
後編に続く
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