「生活×イノベーションの現在地と未来~理想から実装へ」をテーマにしたセミナーイベント「NISSEN DIGITAL HUB MEET UP!Vol.2」(主催、株式会社日宣)が2020年2月20日、東京で開かれた。このイベントは2019年2月にも開かれ、今回はその第2弾となる。
前回のテーマは「次の時代の放送通信とAI技術を考える」であり、今回のテーマは「理想から実装へ」。「考える」フェーズから「実装」フェーズへと前進したのが、第2弾の最大の特徴だ。
「NISSEN DIGITAL HUB MEET UP!Vol.2」は、パネルセッションの第1部と、スタートアップピッチの第2部で構成。未来の生活をつくるイノベーターたちが多数登壇し、開発現場や実装現場を紹介した。モデレーターは株式会社日宣、岡部謙介が務めた。
内容が濃密で1本の記事では紹介しきれないため【前半】と【後半】にわけて紹介する。本稿は【前半】であり、パネルディスカッションの様子を詳報する。
「生活イノベーター」の3名が登壇
「NISSEN DIGITAL HUB MEET UP!Vol.2」第1部、パネルディスカッションに登壇したのは次の3名。
豊島考作氏
旭化成エレクトロニクス株式会社マーケティング&セールスセンター
人間が五感で認識できるアナログ信号とシステムのデジタル信号の橋渡しをする機能を持つ、ミックスドシグナルLSI/センサー製品/ソフトウェア技術を有する、旭化成グループの半導体事業部門にて営業、事業企画、新規事業開発支援を経験後、マーケティング企画担当。
また、創造的思考法の世界的第一人者、ロッド・ジャドキンス氏の著作「『クリエイティブ』の練習帳」日本語版の出版記念ワークショップを企画運営した。
その他、企業とアーティストのコラボレーションの映像作品の制作や、ジャズ・ アーティストとしての活動など、人とクリエイティブの新しい形を追求している。
大木和典氏
mui Lab株式会社、創業者兼代表取締役
2017年10月にNISSHA株式会社の社内ベンチャーとして子会社として設立。「無為自然」をコンセプトとし、 最先端のエンジニアリングとデザインによって、テクノロジーと暮らしや自然との調和を目指す。
2019年4月にイタリアミラノで開催された「ミラノデザインウィーク2019」に、株式会社ワコムとアートシステム「柱の記憶」を共同出展。
2019年、MBO(経営陣買収)により独立した。同年10月にはベンチャーキャピタル4社から総額約2億円を調達。
CES2019イノベーションアワード、Best of Kickstarter2019、Best of CES2020受賞。
2012~2018年にNISSHA USA勤務し、シカゴとボストンに滞在。
府川誠二氏
株式会社アールイーブースターズ(re:BOOSTARS)、創業者兼代表取締役社長
デロイトトーマツ コンサルティングでDeloitte digitalの立ち上げに従事。その後、エンタメ・ スポーツ業界と不動産テック業界で事業を始め、株式会社アールイーブースターズを設立。
攻殻機動隊リアライズプロジェクトの立ち上げや、JリーグJ3のFC今治のイノベーションディレクターを歴任。
同社は、不動産テックとデータベース活用事業を融合するスマートホームIoT事業を展開する。
さらに「家」に限定されたスマートホームにとどまらず、「街」をイノベートするスマートシティ事業も展開。中国・深センで、ホンハイとジョイントベンチャーを立ち上げ、画像認識の事業も展開中。
コンセプトは「ライフスタイルテックの今」
パネルディスカッションのテーマは「ライフスタイルテックの今」だ。
金融とテクノロジーの融合のフィンテックや、医療とテクノロジーの融合のメドテックなど、「テック」の波はライフスタイル分野にも到来し、スマホ1台で、家も自動車も外食もコントロールできる時代になった。
ライフスタイルテックが到来していることは「なんとなくわかる」が、「どこまで実現し、どこで実用されているのか」までは、認識しづらい状況である。
夢のようなアイデアは、どのようにして技術(テック)となり、私たちの生活に実装されているのか。現在地はどこで、今後の展開は一体どうなるのか。
こうした疑問に、豊島、大木、府川の3氏が答えている。
また、2020年1月7~10日にアメリカ・ラスベガスで開催されたばかりの世界最大規模のテック見本市「CES2020」の最新情報も報告された。
(左からmui Lab・大木氏、アールイーブースターズ・府川氏、旭化成エレクトロニクス・豊島氏)
豊島氏「音のデジタル化で生活を便利にする」
最初に発言したのは、旭化成エレクトロニクスの豊島氏。
豊島氏は、100年企業である旭化成グループを「サランラップから、ノーベル賞のリチウムイオン電池まで、幅広く事業展開している会社」と紹介した。
その巨大企業グループの中にあって、豊島氏のいる旭化成エレクトロニクスは、オーディオを始めとするIC(集積回路)、人感センサーやガスセンサーなどの各種センサーなどを製造・販売している。
100年企業が考える「音のデジタル化」とは
旭化成エレクトロニクスは「さまざまな事業」を展開しているが、豊島氏はその中のライフスタイルテックとしてオーディオ事業を紹介した。
「オーディオ」と聞くと、自宅で高品質の音楽を聴くための機器を想像するが、旭化成エレクトロニクスが注力しているのは、「音のデジタル化」だ。
音情報は、文字情報や画像情報と異なり、生まれた瞬間に消えていくが、音情報をデジタル化すれば、コンピュータ処理が可能となる。
同社は、音をデジタルの世界で理解できる信号に変換する製品開発を進めている。
ライフスタイルテックにおいて音はとても重要な対象物となる。例えば、スマートスピーカーは、人の語り掛けで動く。音で機器を動かすことができれば、パソコンのキーワードを始めとする入力機器が不要となり、日常生活はかなり便利になるだろう。
旭化成エレクトロニクスはCES2020に出展
旭化成エレクトロニクスは、CES2020に超低消費電力のオーディオ向け製品を出品した。
この機器は音声認識技術に欠かせないものであり、スマートスピーカーやウェアラブル端末に使われている。
また、得意のセンサー領域では、室内で使えるミリ波レーダーも出展。自動車の自動ブレーキシステムに使われているこの技術を、スマートホーム向けに用途開拓、住宅内での人のバイタル・センシングへの応用を試みている。
大木氏「家の中に無為の概念を」
大木氏のmui Lab株式会社のキーコンセプトは、社名にもなっている「無為」だ。無為とは、「自然のまま」「作為的でないさま」という意味である。
テックと「無為(mui)」は相反する概念のように感じるが、大木氏は両者の融合を試みようとしている。
スマートホームをどう構築するか
muiの事業の柱は、スマートホームである。
スマートホームは、IT機器やネット環境を「これでもか」とばかりに搭載した家、であり、今、アメリカで急速に拡大している。日本でもようやく現れ始めたが、まだ「モデルルームのような存在」であるところは否めない。
muiはスマートホームに「無為」の思想を取り組もうとしている。その一例が、家族の空気感を壊さないITデバイスをつくることだ。一見すると木製の家具にしか見えない物体に、ITやネット通信の機能を持たせる。
muiのビジネスモデルは、自社製のプロダクト(製品)をブランディングしながら、顧客企業とライセンス契約を結ぶというもの。muiはBtoBマーケットにフォーカスした企業である。
大木氏は、「最近のアレクサやグーグルホームにはディスプレイがついているが、そのディスプレイで結構、問題が起きている。(現状は)スマートホームの中に、本当に最適な機械が提供されているのかという疑問を常に持っている。私たちのソリューションこそスマートホーム(という目指すべき将来の理想の家)に寄り添うことができるのではないか」と述べる。
大木氏は、人が好む空間や家族のための空間にとって、テクノロジーは過度に意識されないほうがよいと考え、形にこだわらないテクノロジーの構築を模索している。
スマートホームでは、住む人に「意識されないこと」も重要になる。
「モノ→アプリ」の時代から「アプリ→モノ」の時代へ
大木氏は、これまでのテックやITは「モノがアプリになってきた」と指摘する。そして今、大木氏たちは、「アプリをモノにすること」を試みている。「モノ→アプリ」から「アプリ→モノ」への転換だ。
「モノ→アプリ」の例として、カメラというモノがスマホに搭載されたことで、インスタグラムというアプリが開発されたことが挙げられる。つまり「カメラとスマホ」というモノが「インスタグラム」というアプリに進化したのだ。
この例は大きなトレンドとなり、アプリが急増した。その結果、多くの人が自分のスマホの中にあるアプリを使いこなせない、という皮肉な結果を生みだしている。
大木氏は、星の数ほど存在するアプリの中から、特に優れたアプリの特性を抽出して、スマートホームの中に入れようとしている。
「佇まい」を重視する
スマホのアプリの機能を家に取り入れるとき、大木氏は「佇まい(たたずまい)」に気をつけるという。佇まいは、無為に通ずる考え方である。
大木氏は、佇まいを海外で「Atmosphere of Wabi-Sabi(わびさびの雰囲気)」と説明している。
大木氏はなぜ、「無為」「佇まい」「わびさび」といった和にこだわるのか。それは、西洋的なデバイスに、違和感を持つからだ。
現行のデバイスは「生産性」にフォーカスしている。そして生産性が重視されている限り、現行のデバイスはとても有効である。
しかし、大木氏は、「家の中」や「子供と遊ぶこと」、「自分の人生」などは、「非生産」的な活動であるととらえている。
生産性・非生産性の見地からスマートホームを眺めると、現行のデバイスとスマートホームがマッチしない理由が見えてくる。
「今あるスマートホームのテクノロジーと、人々が本当に望むスマートホームがマッチしないのかな、と感じている。家の中の人たちに対して『ちょうどよい距離感』で存在して、数十年という長い時間で使う家に溶け込んでいくテックが必要になる。ただ単に『反応して何かする』テックではなく『寄り添う』テックが求められていると思う」と大木氏は指摘する。
muiは、ペンタブレットなどを製造・販売している株式会社ワコムにmuiのテクノロジーを提供し、これまで以上に「体験」を重視した家を造ろうしている。例えば、昔は、家の柱に子供の身長を刻む風習があったが、これをデジタルで行なえる製品を考案した。
大木氏は、「家族の子供の身長」といった情報を「弱い情報」ととらえている。弱さゆえに、グーグルやアマゾンといった巨大IT・ネット・テック企業は食指を動かさないが、大木氏は「弱い情報」こそが、家の中の家族の体験を充実させていく、と考えている。
府川氏「テックをスポーツ・エンタメ・不動産事業に入れる」
府川氏は、自社の株式会社アールイーブースターズを、スポーツ事業、エンターテイメント事業、不動産事業に「テクノロジーを入れていく」会社であると紹介した。
SFアニメを現実化、サッカー用の「スマートスタジアム」の建設も
同社によるエンタメとテックを融合させた事業のひとつに、「攻殻機動隊プロジェクト」があるが、これは、カルト的な人気を誇るSFアニメ「攻殻機動隊」に登場するテクノロジーを、現実化しようというものである。
このプロジェクトには東大や慶応大も参加し、サイボーグや見えなくなるマントを実際につくった。
同社によるスポーツとテックの融合では、サッカーJ3「FC今治」への支援事業がある。
同社が任されているのは、サッカー・ビジネスのデジタル化である。その内容は、データベースの整備からインターフェースソフトの開発、スマートスタジアムの研究やスマートチケットの構築など、多岐にわたる。
J3のFC今治がJ2に昇格するには、収容人数1万人のスタジアムをつくらなければならないが、FC今治のホームタウンである今治市の人口は16万人で、そのうち約4割はシニア層である。この人口規模と人口構成で1万人規模のスタジアムをつくることはリスクが大きい。
リスクを下げるためには、スタジアムの「スマート化」を徹底し、ITやネット技術でサッカー・ビジネスを効率化する必要がある。
府川氏は「そういうスタジアムを今、今治に建設している」と紹介した。
3つの分野の弱点を強みにする
府川氏によると、スポーツ、エンタメ、不動産の3つのビジネスには、共通の弱みがあるという。
それは、データベースをうまく扱えていないことだ。
不動産業界は、豊富なデータベースやユーザーデータを持っているが、これらを積極的に使おうとする企業が少ない。そして、スポーツ分野とエンタメ分野に至っては、そもそも十分なデータがない。なぜなら、スポーツやエンタメのファンのデータは、チケット販売会社などが有していて、「主役」であるはずのスポーツチームや芸能事務所などに渡らないからだ、
「データベースをうまく扱えていない」という弱点は、IoTによって強みに変えることができる。
これが府川氏の持論である。
スポーツ・エンタメ・不動産の3業界がデータベースを構築すれば、1)集客、2)ロイヤリティ・マーケティングの展開、3)リピーター客を増やす、4)ファンを惹きつけること、などが可能になる。
例えば、ファンのデータベースをつくれば、誰がいつチケットを申し込みをしたのか、何回ライブに来たのか、そして、グッズをどれだけ買ったか、を集計できる。そして、これらのデータを元に、ファンになりたての人には手厚いサービスを、コアなファンにはさらに手厚いサービスを、という戦略を取ることができる。そうすることで、「ファンを成長させること」につながり、ファンたちの購買意欲を高めたり、体験をしてもらうことができるようになる。
「これをやらないと集客にはならない」と府川氏は力説する。
「スマホに住むイメージ」とは
府川氏は「私たちは、まだ『ユビキタス』と呼ばれていた時代から家のIoT 化をやってきた。現在は国内のみならず、台湾などの海外展開にも着手した」と、実績を披露した。
一般の人は「IoTは超便利なもの」というイメージがあるから、ボタンひとつで何でもできるスマートホームを想像するかもしれない。
しかし、府川氏が目指すところはそこにはない。
府川氏は、最もやりたいこととして、次の2つを挙げた。
「人間が暮らす空間とスペースをIoTで進化させる」
「不動産管理のビジネスモデルを少し変える」
例えば、スマホは電話というシステムをハードウェアとして進化させ、爆発的にヒットした。そして、それによって電話のビジネスモデルが大きく変わった。
しかし、人々の「住生活」はどうかというと、大昔からほとんど変わっていない。だから「人間か暮らす空間とスペースをIoTで進化させる」と「不動産管理のビジネスモデルを少し変える」ことが必要になるわけである。
府川氏は、家を極限まで簡略化すると最後は「箱」になる、と考えている。そして、年代も趣味も違うのに、みんなが同じ箱の中で暮らさなければならない現代の家事情は、「つまらない」と感じている。
家にIoTを搭載することは「スマホの中で生活する」ことであるという。つまり、スマートホームは、「教えてくれる箱」であり「楽しい箱」であり、「情報が得られる箱」や「サービスが得られる箱」、「消費できる箱」になることができる。
多くの人はiPhoneを持っているが、人によってダウンロードしているアプリも、使い方も全く異なる。IoT化された家も、そういったイメージだ。同じ箱に住んでいても、みんな違う住み方ができるようになる。
これを実現することが、今の府川氏のミッションであるという。
シナリオとおりに生活させてくれる家
では、ハードウェアが進化すれば人々が望むスマートホームが完成するのかというと、「それだけでは足りない」と、府川氏は断言する。
スマートホームを構築するとき、最も重要なことは「ライフスタイル」であり、ハードをどう使うかが鍵を握るようになる。
府川氏は、ネットやテレビで話題になっている、あるカリスマ・ホストの「生活シーンの中でボタン(機器のスイッチ類)を見ると、吐き気がする」という言葉を紹介した。
こうした美意識を満足させることも、「自然に暮らす」ことのひとつになる。ただ、ボタンをなくすことだけなら、ハードを開発すれば解決できる。だから府川氏は今、ボタンをなくすことの「次」を見据えている。
キーワードは「シナリオ」だ。
住人が家に帰って来たら、家が「帰ってきたというシナリオ」を、住人が外出するときは、家が「外に出かけるシナリオ」を展開する。そして、住人が「こういう気分になりたいシナリオ」をつくれば、それにも対応する。つまり、住人があるシナリオを選択すると、家の中の機械や機器が連動して動き、そのシナリオとおりに暮らせるようにしてくれる。
これが、府川氏が描くスマートホームである。
まとめ~先頭集団の考えを垣間見ることができた
豊島氏は旭化成グループという大企業が考えていることを紹介し、メーカーの立場でも、単に「便利なもの」から「人が意味を感じるもの」へ貢献していくことへの重要性を強調した。
大木氏は「無為」という概念がスマートホームと人の感覚のマッチングに欠かせない、とし、府川氏はテックがスポーツ・ビジネスとエンタメ・ビジネスと不動産ビジネスをどのように変えるのかを示してくれた。
このイベントの参加者は、「ライフスタイルテックの先頭集団」が考えていることを知ることができ、満足した様子だった。
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