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量子コンピュータと人工知能(AI)が出会うといかなる化学反応が生じるのか 〜初級編〜

量子コンピュータのなかでも、量子アニーリングと呼ばれる方式のコンピュータの研究・開発が現在主流である。量子コンピュータの人工知能への応用が、国内・国外問わずに実施されているのが現状だ。

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普段われわれが利用するコンピュータよりも、高い計算性能をもつことが期待される計算機が存在する。それが量子コンピュータである。研究・開発の機運が年々高まっているが、その契機となったのがD-Wave Systems社が2013年に開発したD-Wave Oneと呼ばれる量子コンピュータだ。これにより量子コンピュータの実用化が間近になっただけでなく、人工知能への応用も期待されている。

そこで量子コンピュータとはいかなるものなのか、なぜ人工知能に応用可能なのか、そして量子コンピュータを人工知能に応用するメリットに関して、初心者向けにわかりやすく解説しよう。

量子コンピューター

量子コンピュータって何なの?

パソコンだけでなく、スマートフォンやタブレットなど、われわれの生活に不可欠なコンピュータ。これらの電子機器が作動するシステムの原理が、古典コンピュータと呼ばれる仕組みだ。

「古典コンピュータ」という用語を聞きなれないかもしれない。しかし、のちほど説明する量子コンピュータとの対比で、われわれが普段用いる従来型の計算機は「古典的」だと便宜的に呼ばれる。

古典コンピュータの原理はいたってシンプルだ。

出所: http://illustrator-ok.com/illustrator_koza/digital/digital_asset/switch_1.gif


図のように、スイッチのオン・オフだけで0と1の2進数を表現し、その組み合わせだけで、あらゆる計算に対応できる。

昨今の計算機の高速化により、古典コンピュータだけでも高性能な計算処理が行なえることは、2016年にアルファ碁が囲碁のチャンピオンを打ち破ったことを思い出すだけで容易に想像できよう。

ところが量子コンピュータが実現すれば、古典コンピュータを凌駕するスピードで計算処理が可能になる。

量子コンピュータの原理そのものは、1994年にピーター=ショアによって提案されている。その論文のなかで、量子と呼ばれるわれわれの目に見えないミクロな対象を扱う理論(量子計算)を使えば、数学の問題(整数の素因数分解)を容易に解けることが証明されている。量子コンピュータが注目を浴びたのは、ショアの方法を用いれば古典コンピュータよりも遥かに速いスピードで解けるだけでなく、ショアの証明した問題がインターネットの通信で採用されている暗号(公開鍵暗号)を解読することに他ならないからである。

では、量子コンピュータの仕組みと従来の古典コンピュータとの違いはどこにあるのか。上述のように、古典コンピュータでは1と0の2進数(ビット)の組み合わせだけで計算処理を行なう。一方、量子コンピュータでも1と0に対応するものが存在する。それが量子ビットだ。

量子コンピューター

 出所: https://atarimae.biz/wp-content/uploads/2016/04/kasaneko.png

古典コンピュータの場合にはスイッチのオン・オフのように数値化できるのが特徴だが、量子コンピュータでは、0と1の状態の重ね合わせによって表現された量子ビットを操作する。「シュレディンガーの猫」というのをご存じだろうか。量子の存在を、死んだ状態(0の状態)と生きた状態(1の状態)を重ね合わせた、生死を判別できない状態の猫になぞらえた例えである。つまり、量子(ビット)が存在するミクロの世界では、われわれが普段接するマクロの世界では理解しえない状態が存在するということだ。

ともかくこの量子ビットをうまく組み合わせれば、暗号を素早く解読できるのだから驚きである。

量子コンピュータにブレイクスルーをもたらしたD-Wave

このように、量子コンピュータを利用すれば原理的には計算を高速に行なえる。ところが、量子コンピュータを実用化するとなれば話は変わる。古典コンピュータだと0,1の表現をスイッチのオン・オフで代用できるが、量子コンピュータの場合には量子ビットを数個用意して組み合わせるだけでも一苦労だ。

ところが、2011年に最初の量子コンピュータD-Wave Oneが発売された。開発したのは、ブリティッシュ・コロンビア大学の物理学者によって設立されたカナダのD-Wave Systems社だ。

「量子コンピュータは実現困難なのでは?」と思われるかもしれない。正確に言うと、先述の量子コンピュータは、量子ゲート方式と呼ばれるものだ。量子ゲート方式で作動する回路を実用化するのは、現状でも困難だ。実際IBMが量子ゲート方式の量子コンピュータを研究・開発中だが、処理能力はとても満足いく出来ではない。

他方、D-Wave Sytems社が開発した量子コンピュータは、量子アニーリング方式と呼ばれる。アニーリング(annealing)というのは、焼きなましという金属の熱処理法のことだ。熱を加えたあとに徐々に冷却し金属に亀裂が入らないようにする技法で、日本刀の製造にも利用される。つまり、金属の構造をもっとも安定した(最適化)状態に近づけるのがアニーリングという手法であり、最適化を求める問題に応用できることは容易に想像できるだろう。

D-wave_量子コンピューター

出所: http://www7b.biglobe.ne.jp/~kcy05t/rzu/dwa/sta1.gif

量子コンピュータが人工知能を変える!?

2011年のD-Wave Oneの登場以降、量子アニーリング方式の計算機の研究・開発が推進されている。ディープラーニングをはじめとする機械学習は、最適な出力を求める仕組みであることを思い出せれば、量子アニーリングマシンと機械学習との親和性の強いことは察しがつくだろう。

2013年にGoogleやNasaなどが共同で設立した量子人工知能研究所は、D-Wave Systems社の計算機を納入し、量子コンピュータの開発はもちろん、量子コンピュータの人工知能への応用に向けて研究・開発を行なっている。通常の計算機よりも3600倍の速度で処理できる量子コンピュータが完成したと論文のなかで発表したこともあり、量子コンピュータが俄然注目を浴びるようになった。

量子コンピュータの研究・開発はわが国でも、野村ホールディングスなどによって実施され、この流れはますます加速するであろう。

量子コンピュータの実用化はすぐそこ

量子アニーリング方式の計算機が実現できれば、ディープラーニングどころの騒ぎではないことは容易に想像できよう。計算の処理速度が飛躍的に向上するからだ。最適化問題に特化した量子コンピュータとはいえ、人工知能への応用が可能ということは、すなわち現在以上の処理速度をもつAIが実現できることを意味する。従来の量子コンピュータと異なり、実用化がすぐ間近であり、今後も目が離せない。


<参考>

  1. グーグルにIBMも注力 処理速度が驚異的「量子コンピューター」の可能性(AERA dot.)
    https://dot.asahi.com/aera/2018020700058.html
  2. 『量子コンピュータの基礎[第2版]』(細谷暁夫著)
  3. 『量子コンピュータが人工知能を加速する』(西森秀稔、大関真之著)
  4. 『量子コンピューターが本当にすごい』(竹内薫、丸山篤史著)
  5. 「実用化に近づく量子コンピュータ』(石井茂著『日経コンピュータ』2005年5月16日号、122-129)
  6. 「量子コンピューターとは何か」(Emanuel Knill著、三枝小夜子訳『Natureダイジェスト』2010年4月5日号、8-12)
  7. 「量子コンピューター研究の最前線」(山口浩司『NTT技術ジャーナル』2012年6月号、8-12)
  8. 「新型の量子コンピューター NASAやGoogleも購入し、注目集める「量子アニーリングマシン」とは?」(『Newton』2017年5月号、120-127)
  9. 「量子コンピューターを初活用 「作業」はAIに任せ顧客に寄り添う」(八木忠三郎著『エコノミスト』2018年4月3日号、42-44)
  10. 「短期から長期運用へ広がり 量子コンピューター活用研究も」(桜井豊著『エコノミスト』2018年4月24日号、36-37)
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