三井不動産のベンチャー共創事業部ではたらく光村圭一郎さんは、2014年に東京・日本橋にオープンイノベーション施設「31VENTURES Clipニホンバシ」、2018年には「東京ミッドタウン日比谷」の中に「BASE Q」を創設し、ベンチャー支援や大企業とベンチャー企業との協業をサポートしています。前職は、大手出版社で週刊誌の編集者を勤めていたという異色の経歴の光村さんは、どのような思いで都市づくりの仕事に向き合っているのか、お話を聞きました。
プロフィール
光村圭一郎(こうむら・けいいちろう)
三井不動産株式会社 ベンチャー共創事業部 統括
1979年、東京都生まれ。 2002年、早稲田大学第一文学部を卒業し、講談社入社。 『週刊現代』編集部、『FRIDAY』編集部で編者として勤務。
2007年、三井不動産入社。 ビルディング本部にて開発業務、プロパティマネジメント業務に従事(三井不動産ビルマネジメント出向)した後、2012年より新規事業担当。三井不動産初の本格的なインキュベートオフィス立ち上げを主導。
2014年、新規事業の一環で日本橋・三越前にオープンイノベーションスペース『Clipニホンバシ』を開設。
2015年、全社横断的な新規事業部門としてベンチャー共創事業部の立ち上げを会社に提案し、同部署に異動。三井不動産の既存事業部門とスタートアップの連携を創出するオープンイノベーション活動に従事。
2018年、東京ミッドタウン日比谷に『BASE Q』を開設し、大手企業のオープンイノベーションを支援するプログラムの提供を開始。
角勝(すみ・まさる)
大学で歴史を学んだ後、大阪市に入職。在職中にイノベーション創出を支援する施設「大阪イノベーションハブ」の設立・運営に携わったのちに2015年3月大阪市を退職。各地でオープンイノベーションの支援、ハッカソンの企画運営を行っている。
「個人」にフォーカスするより社会の仕組みに関心
角 今日は、三井不動産から光村圭一郎さんにお越しいただきました。本日は、次々にイノベーティブな空間を作り出す、光村さんの原点に迫ります。NewsPicksにご自身の子ども時代について語っておられたコメントがあり、とても興味深く読ませていただきました。改めて教えていただけますか?
光村 小中は、千葉県にある地元の公立学校に進みました。周りは中学受験する友だちも多い地域で、僕自身も小さな頃から「大学はスポーツが強くて、何となく賑やかそうな早稲田に行きたいな」と思っていました。 しかし調べてみたら、通学可能な早稲田の系列中学に行くより、高校から付属に進学したほうが、大学に上がれる確率が高かったんです。それで「高校で受験すればいいや」と思って、小中は公立に通ったわけですが、これがいい経験になりました。
公立ですからヤンキーもいれば、勉強熱心な生徒もいるし、家庭環境もさまざまな学校です。おかげで、なんとなくですが「世の中ってこういうことなんだな」という肌感覚が、人生の早い段階で身についた気がします。その後、高校は早稲田付属の早大学院に入学しましたが、この学校もほとんどの生徒が公立から上がってきており、境遇が似ていて馴染みやすかったですね。
角 光村さんの経歴は面白いですよね。早稲田大学の第一文学部から、出版社大手の講談社に新卒で入社して、それから三井不動産に転職されてます。
光村 学生のときは、就活でマスコミしか受験しませんでした。漠然とですが、社会のことを広く理解でき、世の中の役に立てる仕事に就きたくて。
高校生の頃は弁護士の道に進むことや、大学院に進んで社会学の研究者になることを考えた時期もあったんですが、大学時代に新聞社でアルバイトを始めて、マスコミの世界の面白さを実感したんです。それで、当時数百倍ぐらいの倍率だった講談社を受けたら合格して、入社後は『週刊現代』に3年、『FRIDAY』に2年いました。政治や事件などのカタめなネタから、グラビアや小説、漫画の編集など、幅広く経験したんですが、結局、5年働いて辞めました。
角 それは、どういう理由だったんですか?
光村 働き出してから気づいたんですが、僕にはマスコミ人に必要な「ミーハーさ」とか「人に対する泥臭い好奇心」みたいなものが欠けてたんですね。週刊誌の記事を書くにあたっては取材対象の「個人」にフォーカスする必要があるのですが、それよりも社会の仕組みとか、システムに関心があったんです。
それである休みの日にネットを見ていたら、たまたま三井不動産が中途社員の募集をしているのを発見したんですね。その日がたまたま応募締め切り日だったので、何となく軽い気持ちでエントリーしたら、あれよあれよと最終面接まで行ってしまい……。内定が出た後も、「おい待て、俺はいま、会社を辞めようとしているのか?」と、自分でも半信半疑でしたね(笑)。 僕以外にも、その募集で入社した社員が7〜8人いるんですが、ゼネコンや銀行出身者のほかに、日本テレビやソニーからの転職者がいます。どうやら「変わり種」の社員を取りたい年だったようです。
角 現在の仕事は、何がメインなんですか?
光村 一つは、三井不動産の「新規事業」の立ち上げです。本業である不動産デベロッパー業を強化し、なおかつ、それ以外の事業領域に広げていくのがミッションです。そのためにベンチャー企業などを巻き込みながら、プロジェクトを考えて実行しています。
もう一つは、コワーキングスペースである「Clipニホンバシ」のように、「日本に真のオープンイノベーションが生まれるプラットフォーム」を作って、それを運営していくことです。最終的にはプラットフォーム自体を、一つの新規事業になるよう育てていきたいと考えています。
角 光村さんが中心となって作ったもうひとつのプラットフォームが、今年2月1日に竣工した、「東京ミッドタウン日比谷」の中にある「BASE Q」ですね。
(東京ミッドタウン日比谷Webサイトより)
「Clipニホンバシ」とは、どのような住み分けを考えているんでしょうか?
光村 「Clipニホンバシ」にはこれまで、ベンチャーの成長を支援する「インキュベーション」と、ベンチャー企業と大企業の連携を生み出す「オープンイノベーション」という、二つの役割を持たせていました。
「BASE Q」は6月から本格的に稼働していきますが、これからはそれをはっきり分けて、「Clip」がインキュベーション、「BASE Q」がオープンイノベーションの役割を担っていくように、整理していきます。
角 なるほど、機能で分けるんですね。
ライバルは他の不動産デベロッパーではなくFacebook
角:ところで光村さんはある記事に「これからの三井不動産のライバルは、他の不動産デベロッパーではなく、Facebookになる」というコメントをされてますね。すごく面白いな、と思ったんですが、詳しく教えてください。
光村 不動産デベロッパーの仕事は「街づくり」です。そもそも20世紀以降になんで都市が巨大化していったかといえば、「ヒト、モノ、カネ、情報」を、いちばん効率的に交換できる方法が、「都市」だったからだと考えています。
でもそれが、インターネットの登場で、ガラッと変わった。都市が担っていた「交換」の役割を、インターネットが代替していく流れが、21世紀に入ってから急速に進行しています。そして、その中心を担っているのが、Facebookを始めとするSNSだと感じているんです。交換の機会数とスピードは、もはやリアルな都市よりFacebookのほうが上でしょう。さらにいえば、リアルな都市は渋滞や環境汚染、通勤地獄、治安の悪化など、深刻な問題も解決できていない。
今の若い世代に、満員電車に1時間揺られて通勤するよりも、郊外にある自宅で仕事をしたり、地方で暮らすことを選ぶ人が増つつあるのも、都市の提供するメリットよりそこで暮らすことのデメリットが上回っているからではないかとと感じます。
角 なるほど、非常に興味深い論点です。不動産デベロッパーが、Facebookに勝つためにはどうしたらいいと思いますか?
光村 「リアルな場」によって、ヒトと情報の交換の「質」を担保することができるのが、都市の強みです。
SNSではやりとりしているけれども、一回も会って話したことがない人って、やはりどこか信用できないという感覚が、少なくとも僕の世代にはまだある。もちろん、本当のSNSネイティブの世代が出てきたらわからないけれども。SNSでは都市の機能を完全には代替できないできないだろうと信じ、対応していくことだと思います。
信用創造や、チームビルディング、セレンディピティ(予想外の幸運な出会い)など、リアルの場がもたらす「価値」を、もっと高めていくこと。そして、加えて「リアル」と「ネット空間」を「勝ち負け」の二項対立で考えるのではなく、融合させる視点を持つことが、これからの我々の仕事には重要だと思います。
角 別の記事では、光村さんは、トヨタをはじめとする「自動車メーカー」が開発する新しいテクノロジーが、今後、不動産デベロッパーの領域に大きな影響を与える可能性があると指摘されていますね。これも実に面白い観点だな、と感じました。
光村 近い将来、道路を走る車のほとんどが自動運転になり、人が運転から開放されれば、そこで過ごす時間は家やオフィスと変わらなくなるはずです。
どれだけ時代が進んでも、人間の時間は24時間しかないわけで、その中で物理的にも精神的にも、どこに帰属意識を覚えてもらい、どこでサービスを利用してもらうか、そんな奪い合いが、業種を超えて始まると思うんです。
まだその未来像は、はっきりとは見えていませんので、これからの研究課題ですね。
角 興味深い観点ですね。そんな風に、一般的な不動産業とはまったく別の角度から、都市というものを再考できるのが、光村さんのすごさだと思います。それってもしかすると、前職の編集者時代の考え方が、生きていませんか?
光村 たしかに、都市開発というのはものすごく色んな要素が関わる仕事です。複雑に絡み合った課題を、一つのストーリーやコンセプトにまとめて、あいまいなイメージをわかりやすい言語にして説明する機会がよくあるんですが、そういう時に編集者的視点は役立ってる気がしますね。
週刊誌の経験で、奇人変人とつきあうのに耐性ができているのも、新規事業やベンチャー界隈で仕事するのに生きているなと思います(笑)。
角 都市づくりの仕事というのは、単にビルなどのハコモノを作るだけでなく、文化そのものを作っていく営みですから、たとえば作家で博物学者の荒俣宏さんのような、ありとあらゆることに通じる博物学的視点を持っている人が必要になるんだろうな、と思います。
光村 それは確かにそうですね。我々の仕事に求められる知識の領域も、テクノロジーの進展で、以前とは比べ物にならないぐらい広がってます。
これからの都市開発では、AIやIoTによるビッグデータの解析結果が、当たり前となっていくことは確実です。それこそ、不動産業者が固定資産税の税率を「常識」として知っているように、そうしたテクノロジーが都市にどういう影響を及ぼすかの知識は、これから必須になっていくでしょうね。現在はその過渡期です。
私は、あまり安直に「世代論」に言及したくはないのですが、少なくとも「精神的なオッサン」だとこの変化には対応できないと思いますので、とにかく情報を得て、柔軟に考え、発信し、創っていくということを愚直にやるしかありませんね。
まだまだ自分の仕事は始まったばかり
角 最後の質問です。光村さんは、不動産デベロッパーの仕事を、これからの時代を生きる子どもたちにもオススメしますか?
光村 それはもちろんです。都市はヒト、モノ、カネ、情報を交換させる機能を担っていると言いましたが、要はコミュニケーションをデザインするということです。多くの仕事がAIの進歩によって消えていくと言われていますが、コミュニケーションは人間が担う仕事であり、その重要性はますます高まると思っています。
自分はネトウヨ的な変な意味ではなく、愛国者だと思うんですね(笑)。せっかくこの国に生まれたのだから、日本が、東京が、世界の中でもトップレベルに魅力と活気ある場であり続けることに、少しでも貢献したい。
僕が「Clipニホンバシ」や「BASE Q」でイノベーションの創出を手がけるのも、21世紀の都市間競争は、シリコンバレーを見れば明らかなように、イノベーターが集積し、イノベーションが生まれる都市が勝利するからです。
そういう意味で、まだまだ自分の仕事は始まったばかりです。日本から世界を動かすようなベンチャーや、新規事業の創出を、今後もサポートしていきたいですね。
角 光村さんの仕事は、我々フィラメントとも、今後大いに関わってくることになると思います。今日はどうもありがとうございました!
大越裕(おおこし・ゆたか) 理系ライター集団「チーム・パスカル」所属 1974年茨城県生まれ。神戸市灘区在住。 広告・マーケティングの専門出版社で、編集・ライター養成講座の立ち上げと運営などを担当。 その後、単行本の出版社で、数十冊の新書・ビジネス書・人文書の編集に携わる。 2011年よりフリーランス。 主な執筆分野は、サイエンス、ビジネス、作家インタビューなど。
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