需要予測は企業の永遠のテーマといっていいだろう。もし需要予測が100%の確率で当たるようになったら、売れるものと売れないものが100%わかるのだから、その企業は膨大な利益を得るだろう。
しかし需要予測は未来を言い当てることなので、100%の的中率は達成できない。
ならAI(人工知能)に需要予測をさせたらどうなるだろうか。少なくとも人による需要予測よりは、AIのほうが高い的中率を叩き出しそうだ。
AI需要予測のいまを紹介する。
なぜ需要予測が必要なのか
AIを使う前から、企業は社員の経験や勘を使ったり、コンピュータを使ったり、さまざまな情報を集めたりして需要予測を行ってきた。なぜ企業にとって需要予測はそれほど重要なのだろうか。
例えばメーカーが行っていることを単純化するとこうなる。原材料を調達し、工場で生産し、完成した製品を倉庫に在庫しておき、販売企業から注文が来たら配送し、販売企業から代金を回収する。
行為だけを抜き出すとこうなる。
・原材料調達
・工場生産
・在庫
・受注
・配送
・代金回収
もし需要予測をしなかったら、これらの行為がすべて「適当」になってしまう。
原材料調達が適当だと、工場生産が適当になり、在庫数も適当になる。そうなると受注したのに製品が足りなかったり、大量に生産したのに受注がなかったりすることになる。
また受注がまったく予測できないと、配当トラックの手配が適当になる。製品を配送したくても配送できなかったり、配送する製品がないのにトラックを待たせておいたりすることになる。
そして最終的には代金回収が適当になる。するといつ資金ショートするかわからないので、資金調達も適当になってしまう。
つまり需要予測は売上予測につながり、売上予測は企業の経営計画につながる。つまり売上予測をしないことは、経営に計画性がないことと同じなのである。
そして需要予測を導入し、その予測の精度が高まると、原材料調達、工場生産、在庫、受注配送のすべての行為に無理と無駄がなくなる。事前に需要がないとわかれば工場の稼働を計画的に止めることができ、従業員を休ませることもできるし、エネルギーを浪費しないですむ。需要が高まることがわかれば、従業員に残業代を出して工場をフル稼働することもできる。
需要予測すると、売上高が増え、無駄なコストが減るので、2倍儲かることになる。
アサヒビールのAI需要予測
アサヒビールは2014年からNECのAIを導入して需要予測を行っている。AIがどのように需
要予測に関わり、AI需要予測がどのように現場に活かされているのか紹介する。
AI前夜
アサヒビールではAIを導入する前、ベテラン社員が経験と勘で需要を予測していた。しかし需要予測は、過去の製品出荷データや販売実績データ、季節や休日祭日の日程、過去の気象データと気象予測など、あらゆる指標を考慮しなければならない。後進を育成することが難しく、また育成しようとしても簡単にはベテランのノウハウを身につけることはできなかった。
そこでアサヒビールは、経験が浅い担当者でも経営陣の意思決定や工場の生産計画に使え
るレベルの需要予測が立てられるよう、AI導入を決めたのである。
AI需要予測の歩み
2014年にAI需要予測を導入したアサヒビールは、その約4年後に「現場への本格導入に向けて検証を継続し、運用設計づくりを進めている」段階に到達した。
つまりまだ「AIで次々需要を言い当てている」という段階ではない(*)。
*アサヒビールの担当者「2014年9月にはじめた検証段階でも、一定の予測精度が出ていましたが、3年前に比べるとさらに高まっています。現在は現場への本格導入に向け、検証を継続しつつ運用設計を進めている段階です」
https://jpn.nec.com/profile/vision/story/03.html
アサヒビールはAI需要予測で得られたデータを使って、価格の最適化を図りたいとしている。ビールの価格は一定ではない。ビールメーカーと小売企業は、需要と供給を勘案して常に激しい価格交渉を行っている。
さらに若者のビール離れや高アルコール度の酎ハイの人気、ハイボールの台頭など、消費者の好みは目まぐるしく動き、これも製品価格に影響する。
まだある。ビールメーカーの顧客はスーパーやコンビニなどの小売店だけでなく、ネット通販企業にも広がっていて、それぞれの販売方法で同じビールの値段が異なるのは周知の事実である。
AI需要予測が確立できれば、この目まぐるしい価格変動を調整することができる。例えば大量受注できることがわかれば大量に原材料を仕入れて仕入れコストを下げることができる。そうなれば大量発注してくれた小売企業に安く販売することができる。
また逆に受注が減ることがわかれば、事前にイベントを組むことで減少を最小限に食い止めることができる。
AIを導入したときの課題
アサヒビールがNECのAIを導入したのは「偶然」ではない。NECはAI需要予測を納品する前から、アサヒビールの基幹システムを構築してきた。つまり両者は「古い付き合い」だったわけである。
AI需要予測はコンピュータが行うのだが、例えばゲーム機を購入して自宅のテレビに接続すればゲームができる、といったようにはいかない。AI需要予測のコンピュータの構築は、100オーダーメードになる。AI企業(ここではNEC)は、クライアント企業(ここではアサヒビール)が、どのデータをどの程度の精度で必要とし、そのデータをつくるための資料や指標はなにを使ったらいいのかを熟知していないとならない。
つまりAI企業とクライアント企業が「古い付き合い」でないと、AI需要予測はつくれないのである。
ただ2014年当時、アサヒビールの社内でAIやビッグデータを正確に理解している社員は少数だったという。つまりアサヒビールは、AIを受け入れる体制づくりから始めなければならなかったのである。
なぜAI需要予測の実現は難しいのか
ITの世界的な企業であるNECが4年の月日をかけても「来月ビールが何本売れるか」を予測できないでいる。
しかしこれはNECだけに限ったことではなく、富士通のAI技術者も、実用レベルのAI需要予測を行うのは難しいと述べている(*)。
富士通担当者「精度が高く、安定し、効率的な運用ができる需要予測を行っていくのは至難の業だ」
https://it.impressbm.co.jp/articles/-/15831
「AIが需要を予測する」と聞くと、コンピュータに将来の日付を入れて「Enter」キーを押せば、その日の需要がわかる、といったシーンを想像するかもしれないが、実際はそれほどスマートには予測結果は出ない。
実際のAI需要予測では複数の予測モデルをつくり、各予測モデルに「とりあえず」予測させる。次に各予測モデルの予測結果を検証し、どの予測モデルの精度が高かったかを検証し、複数の予測モデルを「微妙な比率で調整」して合成する。
AI需要予測は、とても「泥臭い」計算をしているのである。
AIに学習させるデータ量も、需要予測を難しくさせている。データ量は多ければ多いほどAIの正答率は高まるが、しかし例えばSNSのインフルエンサーが「うまい」とつぶやいたことで消費が伸びた場合、このデータはどのように拾ったらいいだろうか。需要を動かす要因は「必ず存在する」が、その要因をすべて拾い集めることは不可能だ。
そこでAIには「特に需要に影響を与えそうなデータ」だけを学習させることになる。ということはつまり、人が「特に需要に影響を与えそうなデータ」を選択しなければならないということである。
まとめ~「需要は予測できる」と信じることから始まる?
SFの世界には「タイムマシンの矛盾」という考え方がある。タイムマシンは、現在の人が未来に行って未来を知ることができる機械だ。しかし現在の人が未来に行けば、その現在ではその人は不在になる。ということは、その人が見た未来は、自分が存在しなかった世界がつくった未来となる。ということは、未来にいる自分は、自分といえるのだろうか。
需要予測にも似た矛盾が生じうる。例えば、100%当てるAI需要予測が「明日ビールが大量に売れる」と予測したとする。しかしその結果を公表したら、明日のビールの売れ行きが変化する可能性がある。なぜなら100%当たるAI需要予測が出した答えだから、それを聞いた人が消費行動を変えてしまうからだ。
だからといって、100%当たるAI需要予測が出した結果を非公表にすれば、結果を元にした行動を取ることはできない。
AI需要予測開発は、「需要予測はできる」と信じることから始めなければならないのかもしれない。
<参考>
- AI技術で実現する、精度の高い需要予測(NEC)
https://jpn.nec.com/profile/vision/story/03.html - AI/機械学習を活用した、需要予測の高度化アプローチ「動的アンサンブル予測」とは
?(IT Leaders)
https://it.impressbm.co.jp/articles/-/15831
役にたったらいいね!
してください
NISSENデジタルハブは、法人向けにA.Iの活用事例やデータ分析活用事例などの情報を提供しております。