朝日新聞系のIT情報サイト、ZDNet Japanのある記事に、次のような刺激的な言葉が記載されていた。
「いまの銀行は時代遅れのビジネスモデルである」
出所:ZDNet Japan
すっかり「儲けられない」体質になった銀行を見事に言い表している。この記事は、業務のAI(人工知能)化に立ち遅れる銀行は淘汰される、と警鐘を鳴らしているのだ。
もちろん銀行を含む金融業界もただ手をこまねいているわけではなく、AIを導入し、業務の効率化や業務時間の短縮を図っている事例も報告されている。フィンテック(金融のハイテクノロジー化)もAIが主流になるだろう。
「AI金融」の未来はどうなるのだろうか。
金融業界におけるAI活用のメリットとは
金融業界におけるAI活用のメリットとは、金融業界が抱える問題を解決することに他ならない。金融業界は、「儲けにくくなった」という深刻な問題を抱える。そして「儲けやすくなることはないだろう」という深刻な予測も抱えている。
つまり金融業界にとってのAI活用は、マイナスをゼロにすることが当面の主要な目的となる。もちろんゼロをプラスにすることも大切だが、それは次にすべきことである。
金融業界の課題とは
金融業界のなかでも銀行は、特に「儲けにくくなった」。世界的な金融緩和政策によって、金利が低い状態が常態化してしまったからである。
例えば日本の長期金利(10年物国債の利回り)は、1980年代後半のバブル期には4~7%だった。その後日本経済は低迷し、日本銀行は金利を下げ続けることで景気を下支えするしかなく、金利は0%近辺で推移するようになった。そして「世界の珍事」と呼ばれる現象が起きた。日銀が2016年1月に、ついにマイナス金利政策を導入したのである。つまり銀行は、現金を持っているほど損をするようになったのだ。
アメリカも同様の現象が起きている。
米政策金利は2005年ごろの2%台から急上昇し、2008年までに5%台に達成したが、1000年に一度の金融事故といわれているリーマンショックが2008年に発生し、そこから金利は急落、2009~2016年まで1%未満で推移した。
米景気が上向いたことで2016年ごろから金利は上昇したものの、それでも2018年は2%台で推移している。正常化しているとは言い難い。
「AIしかない」
モノもサービスも売らない(サービスは少しは売るが)金融機関にとって、金利は唯一の「利益を生むもの」だ。その金利が0%近辺で推移し、しかも日本では上昇の兆しすらみえない。
金融機関は構造的に「儲けにくい」体質になったのである。
金融機関は業務を効率化させたり生産性を高めたりすることでしか、儲け体質に戻る方法はない。そして金融機関の顧客も、効率化された金融サービスを待ち望んでいる。
つまりいまの金融機関にとってAIは、「導入するかしないか」の問題ではなく、「どう運用するか」という問題なのである。
金融業界は「AIを導入するしかない」。ただ、AI化には別の問題も立ちはだかっている。
ただ、AIはまだ完璧ではない
日本の金融業界にとって、AIを「どうやって導入するか」が大きな課題となっている。なぜならAI技術はまだ確立した技術とは言い難く、金融業界にAIを提供するAI企業も模索を続けている状態だからだ。
例えばIT技術であれば、「マイクロソフトのオフィス」「インターネットの光回線」「アップルのスマホ」「アマゾンのクラウド」「フェイスブックのSNS」「グーグルの情報検索」は確立した技術だ。これらのIT技術を使うことに、なんの不安もない。むしろ、情報セキュリティという重大な問題があるにもかかわらず、それでもこれらのIT技術を使う以外の選択肢はない。それくらいITは「確固たる存在」だ。
しかしAIについては、いまだに「AIといえば」というメーカーが存在しない。
もちろん、先ほど紹介したマイクロソフト、アップル、アマゾン、フェイスブック、グーグルはAIのトップランナーだ。中国にもアリババ、バイドゥ、テンセント、アイフライテックといった世界のAIをリードしている会社もある。
ところが、世の中をコンピュータで一変させたIBMや、コンピュータの世界を一変させたウィンドウズのような現象は、AI界にはまだ起きていない。
つまり金融業界は、「まだ完璧ではない」AIを使っていかなければならないのである。
いまの金融機関に、AIが完璧になるのを待つ時間的な猶予はない。
なぜなら、AIが完璧な状態になってしまったら、現在の金融機関でない企業が金融の仕事をすることができてしまうからである。
例えばIT技術とネット技術を駆使したことによって、それまで本しか売っていなかったアマゾンが世界1の物販企業になった。
同じことが、AIが完成した後の金融業界に起きる可能性がある。だから現在の金融機関は、完璧とはいい難いAIを使い、AIと一緒に成長していくことが求められるのだ。
金融業界におけるAI導入事例
「完璧とはいい難い」AIではあるが、「使えるAI」はいくつか登場している。となると日本の金融業界はすでに、AIを「どう運用するか」という課題に立ち向かっていかなければならない状況にある。
そこでAI金融の先進地、アメリカのAI導入事例をみていこう。
顧客の質問をチャットボットに答えさせる
チャットボットとは、チャットとロボットを合わせた造語である。人と人がチャットで会話をするように、ロボットが人と文字で会話するAI技術である。
アメリカのある金融機関では、チャットボットをカスタマーサービスに活用している。顧客からの金融機関への問い合わせは、一見多岐にわたるようにみえて、実はパターン化されている。それでベテランの担当者であれば、金融に詳しくない顧客のたどたどしい質問でも、その意を組んで的確な回答をすることができる。
そこでこの金融機関は、顧客の質問パターンとベテラン担当者の回答パターンをチャットボットに学習させ、AIに答えさせるようにした。
この金融機関はこのチャボットを導入したことで、1人の顧客が抱える問題を解決する時間が、従来の47分から4分へと91%も短縮させることができた。
クレジットカードの信用調査をAIにやらせる
アメリカのクレジットカード会社は、顧客の信用度評価にAIを使っている。
アメリカにはFICOスコアという信用度評価基準がある。これは個人の支払い能力を300~800点の範囲で点数化するもの。700点以上が付く個人は、クレジットカードの審査をパスさせても「焦げつかない」確率が高くなる。
つまりクレジットカード会社やローン会社は、700点以上の顧客の金利を下げ、700点未満の顧客の金利を上げていけばリスクを取らずに利益を上げることができる。
しかし格差社会の広がりとともに、700点以上をクリアできる個人が激減していった。そうなるとクレジットカード会社やローン会社としては、金利をそのままにして顧客が減るのを甘受するか、リスクを取って金利を下げて顧客を獲得するか、しか選択肢がなくなる。
しかしこの2つは持続可能なビジネスとはいえない。
そこで従来のFICOスコアではない基準をつくる必要が生まれたのである。例えば、FICOスコアが低くても責任感の強い人なら、支払いを滞らせることは少ない。そのような人には低い金利を適用してたくさん買い物してもらったほうがよい。
そこで新たなアルゴリズムを開発し、それをAIに学習させることにした。アルゴリズムとは、問題解決の定式化、算法といった意味である。
これにより700点以下の顧客の信用度を見極めることが可能となり、クレジットカード会社は安心して低い金利で審査を通過させることができるのである。
AIが変える金融業界の未来とは?
AIが変える金融業界の未来を予測することは難しい。しかしAIに取り組まない金融関連企業の末路は想像しやすい。
例えば、もし30年前にかたくなに「当行は顧客との直接接客を重視するのでATM(現金自動預け払い機)は導入しない」と選択した銀行があったとしたら、その銀行は現存していただろうか。ATMを導入していない銀行が存在しないことからも、その答えは明らかである。
ATMをAIに置き換えると、AI金融の未来が少しみえてくる。
例えばすでにATMだけでなく、ネットバンキングやWeb金融システムなどを駆使する客は、銀行や証券会社などの支店に「行ったことがない」か「もう何年も行っていない」という状態だ。
金融業界のAI化はこの流れの先にあるので、AI金融の未来は、少なくとも支店が激減する世界であるといえる。みずほ銀行などで構成するみずほフィナンシャル・グループは、AIを使って業務を効率化して、2024年度末までに2割減らすと発表している。
そして金融機関は、今後ますますIT企業、Web企業、テクノロジー企業との提携を強めていくだろう。なぜなら金融業界にはAIを独自に開発する力がないからだ。
テクノロジー企業と強固な関係を築き上げることができた金融機関だけが、顧客に良質な金融商品を提供できることになる。
AI金融の未来の姿を、「銀行とそのパートナー企業の両方が主役になる。そして銀行は、自社の支配力が弱まる」と描く専門家もいる。
まとめ~AI化すれば勝てる
「金融業界はAI化していかないと生き残ることができない」と聞くと、金融の関係者は暗澹(あんたん)たる気持ちになるかもしれない。しかし発想を変えて「AI化すれば金融の未来が拓ける」と考えてみてはどうだろうか。
金融機関の社員が金融関連の知識と経験を獲得することに比べたら、恐らく、AIの知識と経験を獲得することは容易である。なぜなら、そもそもAIは人間の仕事を手助けするために開発してきたので、人間が使いにくいと感じる部分は次々改良されていくからだ。
金融関係者には「AI化しないと負ける」ではなく「AI化すれば勝てる」といった発想が求められる。
<関連記事>
<参考>
- AIは銀行業界でいかに浸透していくか(ZD NetJapan)
https://japan.zdnet.com/article/35100367/ - 日本の長期金利の推移(過去30年)(日本と世界の統計データ)
https://toukeidata.com/kinyu/jpn_kinri.html - 【図解・国際】米政策金利の推移(JIJI.COM)
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_int_america-seisakukinri - あらゆる業界で活用可能なチャットボットとは?
https://nissenad-digitalhub.com/articles/ai-for-chatbot/ - チャットボットの導入で効率化を図る企業
https://nissenad-digitalhub.com/articles/chatbot-case3/ - みずほ、店舗2割削減へ 12%減益で1.9万人削減発表(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23404300T11C17A1000000/ - 【2018年】金融業界のAI最新動向4選(btrax)
https://blog.btrax.com/jp/ai-fintech/
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