「AIができることは?」と聞かれたら何を思い浮かべるだろうか。チェスや囲碁でトッププロを負かすことだろうか。首都高速道の渋滞予測だろうか。ロボットを駆使した完全自動化工場だろうか。
それらはいずれもAIの現在の仕事になりつつある。AIは将来、法律の仕事、つまり法務も担うことになりそうだ。
法律は日本語の中でも特に難解な文章であり、法務は国民生活や経済活動という予測不可能な人の営みを整理している。とことん「人間くさい」法律と法務を、コンピューターにすぎないAIが制御できるのだろうか。
リーガルテックが想定する法務とは
フィンテック(FinTech)とはFinance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、仮想通貨などのIT、ネット、AIを駆使した金融サービスのことを指す。
これと似た言葉がいま、法律の世界で話題になっている。リーガルテックだ。すなわち法律・法務(Legal)とIT、ネット、AIが融合したシステムのことである。
法律の世界にAIが入ってきたといっても、法廷でAI検事とAI弁護士が論争し、AI裁判官が裁くAI裁判所はまだ当面現れそうにない。
近い将来に実現しそうなAI法務はおよそ次のような内容である。
未来その1:自動で過失割合を算定
例えば2台の自動車が交通事故を起こしたとき、AIが2人の運転手に質問をする。運転手がそれに次々答えていくと、AIは過去の膨大な事故記録の中から似たシチュエーションの事故を発見し、さらにその事故でどのような過失割合になったかまで調べる。そしてAIはその結果を、事故を起こした2人に伝えるのである。
双方がそれで納得すればよいが、AIが提示した過失割合案に不満を持った人が裁判を起こすかもしれない。もし裁判官がAIと異なる判断を下せば、AIはそれを学習し、次に生かす。それを繰り返すうちに、AI案と裁判官の判断の一致確率が100%に近付く。そうなればより多くの事故当時者がAI案を承認するようになる。
未来その2:契約書の不備を簡単にみつける
企業には法務部という法律専門の部署がある。この部署には、例えば営業担当者から契約書が自社にとって不利な内容になっていないかという問い合わせが寄せられる。また、開発者から特許に関する相談を受けることもある。
どの企業も法務担当者を多くは置かないから、その回答は遅くなってしまう。営業担当者や開発者からすると不便な部署であり、法務担当者からすると似たような質問に毎回答えなければならないわずらわしさがある。
そこでAIによる法務アシストが検討されている。契約書をAIに読ませるだけで自社が不利になりそうな条項を割り出したり、ビジネスパーソンが悩みそうな法律の問題をAIに覚えさせ自動回答できるように学習させたりするのだ。
AIが法務の基礎的な業務をさばいてくれれば、法務担当者は重要案件に集中できるので、本当に困っている営業担当者や開発者に大きなメリットをもたらす。もちろん企業のメリットにもつながる。
「仕事が奪われる」危機感強める士業
法律のプロである弁護士や弁理士、司法書士などのことを「士業(さむらいぎょう)」と呼ぶが、彼らがAIによる法務への侵出に危機感を募らせている。
弁護士の仕事の中に過払い金請求訴訟があるが、この業務はAIすら要らないと指摘する弁護士もいる。この弁護士によると、簡単なパソコンソフトを使えば、何パーセントの金利でいついくら借りたか、いついくら返済したかを入力するだけで、過払い金を計算できるという。
経済関連の法務へのAI活用はまだある。
金融商品の販売は法の規制が厳しいビジネスのひとつだ。金融機関が新しい金融商品を開発するとき、金融に詳しい弁護士に相談し法律に触れないかどうか判断をあおぐ。金融関連法の解釈や監督省庁の思考は、膨大な情報量になるので、そのような判断ができる弁護士はベテランに限られる。
ところがAIは、法解釈も役所の論理も苦も無く暗記していく。その金融AIに新商品の特徴を入力すれば、合法か違法かがすぐにわかる。
司法書士の業務の中に、政府や自治体に提出する書類の作成があるが、これらは最もAIが得意とする仕事である。
経済アナリストたちは、士業がこれからも活躍を続けるには、難しい判断が迫られる案件の処理やコンサル的な業務にシフトしていく必要があると警鐘を鳴らしている。
AIの前では犯罪者は嘘をつけない?
AIの法務代行は、交通事故や経済関連などの民事に限らない。刑事事件でもAIが活躍できる。
例えばAI監視カメラは空港やスポーツ施設といった多くの人が集まる場所で、特定の人物を発見できる。これは犯罪捜査に大きく貢献するだろう。
また、嘘発見器もAI技術の導入で格段に精度を向上させるだろう。従来の嘘発見器はきわどい質問と脈拍数や脳波の変化などを組み合わせて「嘘をついている状態」を推量した。よって感情をコントロールできる犯人には、従来型の嘘発見器は効果がない。
しかし京都大学などの研究チームが研究しているAI嘘発見器は、これまでとは攻め方がまったく異なる。脳の微細な活動の情報を拾い集めることで「何を考えているか」を読み解こうというのである。人の感情や考えは脳内物質の動きと電気信号で決まる。ただその動きは複雑すぎて人の観察力や通常のスーパーコンピューターでは計算できない。しかしAIは驚異的な暗記力とあくなき学習能力で脳内物質の動きと人の考えを結びつけることができるかもしれないのである。
まとめ~AIの最後の課題は正義感
法律文を記憶して解釈する能力は、早晩AIが人間を追い越すと考えられている。
ということは、AIは人による裁きよりも正確に人を裁けるのかもしれない。「AIに裁いてもらったほうが公平に感じる」という人も現れるかもしれない。
ただ法律や法務には、正義の問題がつきまとう。正義の判断だけは最終的には人が下さないとならないだろう。
<参考>
- IBM Watsonで法務案件を効率的に解決 – 弁護士ドットコム(マイナビニュース)https://news.mynavi.jp/article/20160920-bengo4/
- AIでアタマの中が丸見えに 脳の活動パターンを深層学習、京大など開発(産経ニュース)
https://www.sankei.com/premium/news/170722/prm1707220010-n1.html - AI時代のサムライ業(上)代替の危機 新事業に挑む(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO21422780S7A920C1TCJ000/ - 人工知能、弁護士より200倍も速く法律関係の書類を処理──英司法当局が新システム導入(WIRED)
https://wired.jp/2017/06/29/ravn-artificial-intelligence/
- 弁護士は人工知能(AI)に取って代わられるか?(法と経済のジャーナル)
http://judiciary.asahi.com/corporatelaw/2016030300002.html
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