日本の医療制度は大きな問題を抱えている。医療費は公的医療保険制度の存続が危ぶまれるほど膨張し、地方では医師が不足しているのに大都市圏では医師余りが生じ、そして「忙しい病院」では医師たち医療従事者は過労にさらされている。
これを解決するには1)効率化と2)生産性の向上と3)コストダウンが欠かないが、人の健康と命を預かる医療現場ではその3つを単純に推進するわけにはいかない。
そこで、ときに人の能力を軽々超えることがあるAI(人工知能)を使った医療が注目を集めている。
AIを使えば、現在の医療の水準を維持しながら、高効率化・高生産性・コストダウンを実現できるのではないか。一部には「AIが医療を進化させる」との期待もある。
厚生労働省も「AI容認」に動き始めた。AI医療の最前線を紹介する。
続きを読むなぜ今、医療はAIを必要としているのか
なぜ今、医療はAIを必要としているのだろうか。理由は、「ようやく信頼できるレベルになったから」と「医療費が膨張しているから」の2つがある。
ようやく信頼できるレベルになったから
AI医療が実現したひとつ目の理由は、AIが目覚ましい進化を遂げ、医療で使えるレベルになったことだ。
医療業界は意外にIT化が遅れている領域だ。それはITを使って医療の質が維持、向上できることを証明しなければならないからである。例えば、日常生活のITサービスではインターネットがつながらない事故が頻繁に起きている。大企業のシステムも簡単にダウンしている。もし医療業界が大々的にIT化された後にこうしたトラブルが起きたら、患者の命と健康に大きなダメージを与えてしまう。それで医療現場も厚生労働省も、少しずつIT化しようとしているのだ。
ことにAIは、ITのなかでも「新参者」の技術である。AI研究には60年以上の歴史があるが、それでもAIが世間に知られるようになったのは、2015年に囲碁のトッププロを破ったAI「アルファ碁」以降といわれている。つい最近の出来事である。
つまりこれまでは、医療現場が納得できるAIが存在しなかった。そして「今」になってようやく、医療で使っても問題のないレベルのAIが完成したというわけである。
医療費の膨張が公的医療保険制度の存続を危ぶませているから
AIを使えば、効率的な医療が実現するかもしれない。なぜならAIは、人の代わりに仕事をしてくれるからだ。医療が効率化できれば、医療の質を落とさずにコストダウンを図ることができる。
2017年度の医療費は42.2兆円に達した。前年より2.3%増加、過去最高を更新した。医療費とは、病気やけがをした患者を治療した病院やクリニックに支払われた報酬(お金)のことである。42.2兆円はどの程度の規模かというと、日本人1人あたり33.3万円の医療を使っている計算になる。
厚生労働省は「高齢化と医療の高度化で医療費が増加する傾向は今後も変わらない」と話している。
医療費には多くの税金が投入されている。したがって医療費の膨張は国の財政悪化に直結する。つまりこのまま医療費が増え続ければ、税金を上げるか、保険料を値上げするか、患者の負担割合を増やすしかない。実は、公的医療保険制度の存続を危ぶむ声は、10年以上前から経済界からあがっている。
そこで医療を効率化して、お金をかけず医療の質を維持、向上させる方法の実施が急務になった。
AIならそれができると考える人が増えてきたのが「今」なのである。
厚生労働省が販売を認めたAIを活用した医療機器とは
2018年12月、厚生労働省が画期的な判断を下した。AIを使った医療機器の販売を許可したのである。
厚生労働省は医療のIT化に慎重で、しっかり検証して安全性が確認できたものしか承認しない。その厚生労働省がAI医療機器の販売を許可したのだから、医療関係者にもIT関係者にも驚きのニュースとなった。
その医療機器は「AIを搭載した内視鏡診断支援プログラム」(以下、AI内視鏡支援プログラム)という。名称だけ聞くと難しい内容のように思えるが、その「すごさ」はシンプルである。
AIを搭載した内視鏡診断支援プログラムとは
AI内視鏡支援プログラムを開発したのは、昭和大学、名古屋大学、日本医療研究開発機構だ。
内視鏡とはいわゆる胃カメラや大腸カメラのことで、細い管を体内に挿入し胃のなかや大腸のなかを目視できるようにする医療機器である。これにより、胃がんや大腸がんが発見できるばかりか、内視鏡の先端から医療用のはさみを出すことによって、がん細胞を切り取ることもできる。胃内視鏡や大腸内視鏡は検査機器でありながら治療機器でもある。
今回のAI内視鏡支援プログラムは大腸がんと大腸内視鏡に関する技術である。
大腸がんには、医師が大腸内視鏡で目視すれば明らかにがんであるとわかるものもあるが、なかにはポリープという、がんなのかそうでないのか簡単にはわからない突起物もある。
ポリープががんであれば切除しなければならないが、がんでないのならそのまま放置しておいてもかまわない。大腸内視鏡の医療用ハサミで大腸を切ることは患者の体に負担がかかるので、がんでないポリープはむしろ切らないほうがよいこともある。
「大腸がんの可能性89%、大腸がんでない可能性11%」と明示
そこで研究グループは、大腸内視鏡で撮影したポリープの画像をAIに読み込ませて、がんの可能性を数値化させることにした。
AI内視鏡支援プログラムは、あるポリープ画像について例えば「腫瘍(がん)の可能性89%、非腫瘍(がんでない)の可能性11%」と表示する。
AIには大量のポリープの画像を読み込ませた。その結果AIが、がんの疑いが濃いポリープの形状を学習できたのである。
クラスⅢ・高度管理医療機器として販売可能に
AI内視鏡支援プログラムは医薬品医療機器等法(旧薬事法)に基づく、クラスⅢ・高度管理医療機器として、2018年12月に厚生労働省に承認された。
高度管理医療機器とは、機器が故障すると人の生命や健康に重大な影響を与える恐れがあり、適切な管理が必要とされる医療機器のことだ。そのクラスⅢには人工透析や人工呼吸器、人工骨頭、放射線治療機器などが含まれる。
つまり高度管理医療機器とは「患者の命を直接支えている」機器といえる。それがないと患者は生命を維持できず、その医療機器が故障すると患者が命を落としかねない極めて重要な医療機器に、AIが採用されたのである。
高度管理医療機器に承認されれば、販売することもできる。
先ほどから「厚生労働省に承認された」と表現しているが、正確には高度管理医療機器は、厚生労働省が管轄している医薬品医療機器総合機構や医療機器センターなどが承認すれば、製造販売については厚生労働省が承認したのと同じ効力を発生することになっている。
AI医療を進めている企業
AI医療や医療AIを開発している企業が現れ始めている。
エムスリーのAI電子カルテ
エムスリー株式会社はAI搭載クラウド型電子カルテを開発した。カルテとは、患者の個人情報や病歴、治療内容、受けた手術の概要、使用している薬剤名などを記録する媒体だ。かつては紙を使用していたが、最近はコンピュータでカルテを運用、管理する電子カルテが普及してきた。AI搭載クラウド型電子カルテは、AIが医師による電子カルテの入力をアシストする。つまり医師は、事務作業を大幅に効率化できるようになる。
アイメッドのAIセルフ診断
株式会社アイメッドは、病院やクリニックの検索や予約から、医師による診療までをインターネットで行うシステムを開発した。そのシステムのなかに、患者自身がセルフ診断することができるAIを搭載した。
TXP Medicalも電子カルテをAI化
TXP Medical 株式会社は、医療情報や治療データを効率的に収集するシステムを開発する会社である。
そのTXP Medicalも、マイクロシフトなどと連携しクラウド型のAI電子カルテを開発している。
あのLINEも医療に進出
無料チャットアプリLINEを運営するライン株式会社は、先ほど紹介したエムスリーとともに遠隔健康医療相談サービス事業に着手した。
こちらはAIを使っているわけではないが、ネットを使って地方にいる患者が都心部の医師に健康医療相談をできる仕組みだ。
「あのLINEが医療に進出した」ということで話題になった。LINEは、患者のプラットフォームを提供したいとしている。
まとめ~10,000本の医学論文を簡単に暗記する
AIにとっては、10,000本の医学論文を暗記することはたやすいことだ。医学論文には、最も新しい医療情報が載っている。なにしろ、誰も気がつかなかったことを発見したときにしか医学論文にならないからだ。
医師は忙しい。しかも誤解されている。過労死すれすれまで働いているのに「1時間待ち、3分診療」などと揶揄されることもある。
AIの能力は医師の仕事の軽減につながるだろう。それによって医師は患者と向き合う時間をつくれるようになるはずだ。AI医療の未来には、期待しかない。
<参考>
- 医療費最高42.2兆円 2年ぶり更新、高齢化で増加傾向続く
https://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201809/CK2018092202000160.html - 医療制度のあり方について~制度存続のための公的給付費の効率化・重点化~(概要
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyou/dai9/9siryou4.pdf - AIを搭載した内視鏡診断支援プログラムが承認~医師の診断補助に活用へ~
https://www.u-presscenter.jp/item/60dee44c79edb0cf61e75f23e4e1934b.pdf - 高度管理医療機器
https://kotobank.jp/word/%E9%AB%98%E5%BA%A6%E7%AE%A1%E7%90%86%E5%8C%BB%E7%99%82%E6%A9%9F%E5%99%A8-671248 - エムスリーデジカル誕生
https://digikar.co.jp/lp/20180807?code=adw_broad&gclid=CjwKCAjwiN_mBRBBEiwA9N-e_vefa8ogblYFjdjwf8v3JG9BIUrTQujQN0Gtf3__8o50LyqzJheUdxoCgIYQAvD_BwE - アイメッド
https://ai-med.jp/ - AIによる電子カルテ構造化技術を開発クラウドを基盤とした「構造化カルテ」が新しい地域医療連携を推進
https://xirapha.jp/wp-content/uploads/180903_pressrelease.pdf - TXP Medical
https://txpmedical.jp/ - LINE とエムスリー、オンライン医療事業を目的とした 共同出資の新会社「LINE ヘルスケア株式会社」を設立
https://corporate.m3.com/ir/release/2019/pdf/20190108_02.pdf
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