日々進化しているAI(人工知能)。IBMのWatsonががんを発見したなどの話題もあるが、イギリスではすでにAIドクターが医師の診断をサポートしている。法律の改正ができれば、将来的には多くの症例についてはAIドクターのみで診察が終わってしまう可能性すらある。これらは医療に大きな革命をもたらし、医師の長時間勤務抑制や、より高度な診療への注力を促すようになるだろう。
続きを読むAIが医療診断してくれる?Babylon Healthとは
IBMのWatsonが画像から人間の発見できなかったがんを発見し、また人間の医者が思いも付かなかった治療法を提案したとして話題になったのが2016年。それから3年が経ち、医療現場で利用されるAIは更に進歩している。
ロンドンに本社を置く医療系スタートアップである「Babylon Health」は、2013年に設立され、スマートフォンを利用して「いつでも、どこでも」簡単に医療診断を受けられるアプリを開発した。
同社を設立したAli Parsa氏は、同社の目的を「地球上の全ての人が手軽に医療サービスを受けられるようにする」ことだという。Parsa氏は、Babylon Healthの開発したようなAIドクターを積極的に活用することで高騰する医療費を抑え、国の健康保険や保険会社のコストを削減することが可能だと考えている。同時に、手軽に医療サービスを利用できるようになえば、病気の早期発見にもつながり、人々はより健康的な生活を送ることができるようにもなる。
Babylon Healthは設立から5年間で約94億円(8500万ドル)を投資家から調達した。現時点では法律などの規制により、同社が開発したAIドクターは医療アドバイスを提供することしかできない。しかし、将来的には実際の医療現場での活用が認められる可能性もある。人間が見落としがちな症例も、蓄積されている大量の症例データからしっかりと診断ができると考えられているので、医療現場に革命をもたらしてくれる可能性もある。
AIドクターの診断は信頼できるのか?
とはいえ、AIドクターの診断というのは、人間と比較した場合にどれくらい信頼できるのだろう。いくら手軽にアプリで診断されたとしても、精度が悪ければ使い物にならない。
だが、心配は必要なさそうだ。Watsonの例でもそうだが、実は症例を大量に学習しているAIドクターは、場合によっては人間よりも優秀であることがわかっている。例えばBabylon Healthは、MRCGPという、イギリスで研修中の一般開業医師(総合診療医:GP)が受けるテストをAIドクターに受験させた。このテストに合格すれば、独立開業するにあたって、十分に高いレベルの能力および臨床技能があると認められる。
その結果として、Babylon HealthのAIドクターは81%というスコアを出した。ちなみに公開されている人間の医師による2012~2017年の平均は72%である。つまり、人間の平均よりも10ポイントも高い成績を取っているわけで、少なくとも人間の医師の中でも、比較的高い信頼性を持っているレベルと考えて良い。
また、プライマリ・ケアに特定し、100の個別に考案された症例集を使用して、7名の極めて経験豊富なプライマリ・ケア医師とAIドクターとの比較も行われている。
ちなみにプライマリ・ケアとは、WHOの定義によると「ケアやゲートキーパー以上の役目であり、最初の第一線としてアクセスされ、継続的・統合的に調合されたケアを提供する保健制度の中心的な役割である。必要とされた際の第一線コンサルタントであり、短期の疾病に限らず個人の長期的な保健状態を診る」とされている。
さて、比較の結果だが、Babylon HealthのAIドクターは80%という高い精度を発揮した。一方、7名の医師の精度は64~94%であったという。こちらも十分な精度と考えて良いだろう。
さらにプライマリ・ケア症状で頻繁にみられる症状に限定すると、AIドクターの精度は98%であるのに対し、同じ測定により経験豊富な臨床医を評価したところ、彼らの精度は52%~99%だったという。
AIを今後も継続して学習させていくことで、診断に対する信頼性は更に高くなっていくと考えられる。特にプライマリ・ケアの自動化は、人間の臨床医の作業量を減らし、より難しい診療に注力できるようにするだろう。
AIドクターのメリットとは
では、診断への信頼性が高い以外に、一体どの様なメリットがAIドクターにはあるのだろうか。ここでは患者側のメリットと医師側のメリット、そして国や企業のメリットという複数の視点で考えてみたい。
まず患者側のメリットであるが、何と言っても、「いつでも、どこでも受診可能」な部分だろう。近くに病院がない場合や、忙しくてなかなか病院に行けない場合、さらには土日などの休診日でも、簡単な病気については診断してもらう事ができる。もちろん難しい病気や怪我などは治療も必要であるため通院しなければならないが、風邪程度のものからメニエール病まで、プライマリ・ケアについては問題なく診断してもらえる。
また都心部で、たった5分の診察時間のために1時間待たなければいけない場合など、これまで無駄な時間を過ごしていた人にとっても、その時間を節約できるというメリットがある。
一方、患者側だけではなく、医師側にもメリットがある。簡単な診察をAIドクターが対応してくれれば、より難しく、人間が対応しなければならない症例だけに集中することができる。当然、勤務時間の短縮など、これまで超ブラックだと言われてきた病院の勤務医に対する働き方改革となる。
特にプライマリ・ケアは取り扱う範囲が広いため、先に試験結果を紹介したようにGPによる診療精度の平均は72%ほどである。従って、AIドクターの結果を参考にしながら診療を行えば、精度を上げていくことができる。
最後に、国や保険会社にとっても、このAIドクターはありがたい。AIドクターを導入すれば、1回の診療にかかるコストが人間の医者よりも安く抑えられるからだ。
国は保険診療費の削減を行う事ができ、保険会社はAIドクターが早期に診療を行えば予防医療につながり、保険料の支払いを抑えることができると考えている。詳しくは次の章で解説する。
一番の顧客はNHS?
とはいいながら、現時点ではBabylon HealthのAIドクターが世界を席巻している、というにはほど遠い。まだまだイギリス国内でのローカルなサービスに留まっているのだ。従って、最も大きな顧客はイギリスのNHS(国民保険サービス)である。実際に、2017年以降の1年間で、NHSに加入する2万6000人のロンドン市民が人間の一般開業医師からバビロンのサービスに切り替えたという。ており、2018年時点ではさらに2万人が順番待ちとなっているとしているとしている。NHSはBabylon Healthに患者1人当たり平均80ドルを支払っている。ただしこれは一般開業医師に支払う金額とほとんど変わらない。高齢者や慢性疾患を持つ患者は200〜300ドルの費用がかかるが、若者や健康的な人は30ドル程度しかかからない。したがって、高齢化が進んで行くに従って、AIドクターを導入した方が、特にプライマリ・ケア部分では費用を抑えることができる。
そして残念ながらまだ拡がりをみせてはいないものの、現時点ではアメリカなどの保険会社への導入を図っているという。アメリカでは医療費の高騰が個人にとっても大変な負担となっており、オバマ前大統領が国民保険制度(通称:オバマケア)を成立させたことはご存じだろう。それまでは保険会社に多額の掛け金を支払ってきたのだ。そして保険会社からすると、多額の保険料払い戻しを避けたいはずで、実際にAIドクターの導入が行われれば予防医療が進み、病気の早期発見による保険料払戻金額の抑制に繋げられるのではないかと考えている。
まとめ
日々進化しているAIは、医療分野でもその存在感を増してきている。イギリスのBabylon Healthはプライマリ・ケア領域で人間の診療医に精度的にも負けない、むしろ10ポイント程度は診断の精度で勝っているAIドクターを開発し、提供を始めている。現在は法制度上の問題から医師のサポートに留まっているが、将来的に法律の改正ができれば、多くの症例についてはAIドクターのみで診察が可能になるだろう。これらは医療に大きな革命をもたらし、「病院に行く」という行為が「大きなケガや病気、物理的な検査が必要な場合」のみに限定されるようになるかも知れない。
この動きがより進めば、患者は病院に行かなくても診断を受けることができるようになり、国や保険会社は医療費や保険料の払戻金額を抑制できるようになる。また、普段からAIドクターを活用すれば予防医療にもつながり、健康的な生活を送る人々を増やすという効果も期待できる。
<参考>
- もう病院に行く必要ない? “AIドクター”と人間が共存する未来(Ledge.ai)
https://ledge.ai/babylon-health/ - 「AIドクター」で医療を変える、バビロンヘルスの野望(Forbes JAPAN)
https://forbesjapan.com/articles/detail/22039 - バビロンのAI、世界の医療で初めて医師と匹敵する精度を達成(共同通信PRWire)
https://kyodonewsprwire.jp/release/201806285433 - IBMのWatson、わずか10分で難症例患者の正しい病名を見抜く。医師に治療法を指南(engadget 日本語版)
https://japanese.engadget.com/2016/08/07/ibm-watson-10/ - コグニティブが実現するパーソナライズ医療。IBM金子達哉インタビュー(IBM)
https://www.ibm.com/think/jp-ja/business/watson-healthcare/
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