AI(人工知能)が様々な分野・業種に導入されつつある。そして国家資格が必要な「士業」の部分でも活用が進みつつある。今回は弁護士の仕事を奪うのか、奪うとしたらどの程度なのか、さらにはAIと人間はどの様に棲み分け、協力し合えるのかを考える。
弁護士の大まかな仕事
弁護士の仕事は何かと問われると、一般には裁判での弁護というイメージが強いのではないだろうか。だが、実のところ弁護士の仕事はこれだけではない。そこでまずは弁護士の仕事を大まかに分けると、5つの仕事を行っている。
1)依頼者と話をし、その要望や不満を聴く
裁判を行うというのは、依頼者が不満に思っていることを何とかしたいと考えているから発生する。とかく犯罪や事件についての裁判が注目されるが、むしろ近隣トラブルや離婚調停をはじめとする家庭内の問題などもある。話し合いで決着が着かない場合、裁判という形で争われるわけだ。従って、最初にキチンと依頼者の不満を聴き取ることが求められる。
2)依頼者の話を整理する
そして話を聴き取ることができたら、それを整理することだ。重要なのは聴き取った内容から事実を抜き出して整理しする必要がある。裁判を行うにせよ示談にするにせよ、重要なのは依頼者の不満や要望から客観的な事実のみを取り出す必要があるためだ。
3)法律を確認して、事実を法的に組み立てる
事実の整理が終わったら、今度は事実を組み合わせて法的に構成する必要がある。ある事実が法的構成にとってどの様に役立つのかは、ベテランの弁護士であれば、先に頭の中で法的構成のイメージを組み立てておいて、その後に、そのイメージに沿うように事実を集め、関連しそうな判例をチェックするわけだ。
4)損害賠償額の決定を行う
上記のことをクリアし、裁判に掛けうるだけの十分な法的構築ができたのであれば、最後に損害賠償額の決定である。この額は法的構築の内容によって変動するが、もちろん依頼者の状態によっても変動する。ある程度の相場観があるのは事実だが、最終的には裁判官が決定する。
5)その他
それ以外に、契約書の文面を精査する、新製品や新サービスについて法的に問題が無いかをチェックする仕事などがある。これは別に誰が行っても構わないのだが、餅は餅屋であるため、法律の専門家である弁護士に頼むのが手っ取り早い。
AIに取って代わられそうな分野とその際にAIはどのように使われるのか
弁護士のように法律などの専門家であり、しかも国家資格を必要とする高度な技能が必要な職業には、医師や税理士、会計士、弁理士、行政書士などがある。これらの職業はAIが進化する中、これからも生き残っていけるのか。
オックスフォード大学のCarl Benedikt FreyとMichael A. Osborneが2013年に発表した「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」や、2014年にイギリスのデロイト社による報告書はAIの進歩に合わせて消えて行く職業を予想している。その中では、無くなると考えられる職業の上位には調達事務員、融資担当者、保険の集金人、データ入力者などが挙げられている。
これらの職業には共通した特徴がある。それはマニュアルが整備されたルーチンワークや単純作業である。つまり、マニュアルに沿ってさえいれば誰にでもできるような「作業」はAIやAIを組み込んだロボットにも教えることができるため、代替されやすいのだ。
逆に無くならない職業の上位には作業療法士、振付師、医師、教員などが入っている。これらに特徴的なのは人と直接対話する必要がある職業だということだ。しかも対面する人はすべて異なる状態にあるため、個々人に合わせた、生身の人間による対応が必要な職業である。
この話で行けば、弁護士をはじめとする士業は依頼者の状況に合わせた対応が求められる職業であるため、簡単にはなくならないと言っても良い。とはいえ、現在の業態のままで続けられるわけではない。
例えば先に紹介した弁護士の仕事で言えば、3)、4)については、大量のデータさえ整備されていれば、AIが得意な分野である。過去の判例と照らし合わせる作業や、そこからの損害賠償額の決定は、レアな裁判例でも無い限り事例が数多く存在するからだ。例えば交通事故に関する判例などは最たるものだろう。
また5)も同様である。これは法律との突き合わせが必要なわけだが、これも法律の条文と、これまでの契約書や製品、サービスなどに対するデータを対照すれば比較的簡単にAIで判断できる。問題はこれらをAIが利用できるようなデータに変換しているかどうかである。もしこれが紙ベースで大量に蓄積されているだけだとしたら、まったく活用ができない。その場合はAIを導入した弁護士事務所と、導入していない事務所では処理できる案件数に大きな差が出て、導入していないところはたちいかなくなってしまう可能性がある。
人工知能弁護士「Ross」とは
2016年、アメリカのBaker & Hostetler弁護士事務所がAI弁護士と契約したというニュースが流れた。このAI弁護士「Ross」はIBMのWatsonが持つ自然言語処理エンジンを利用して開発されている。開発元はROSS Intelligence社である。
Watsonの強みは自然言語処理によって、入力された内容(相談内容と言って良い)が学習済みの内容(判例など)とどの程度似ているのかを判定する部分である。AI弁護士「Ross」は、この相談内容がこれまでに相談を受けたどの内容に近いのかを自動的に判断し、その上で適切な回答を返すようになっている。
主に破産関連の業務に携わっているということで、企業や個人の破産に関する手続き処理は人工知能による自動化の対象になったということがわかる。もちろん現在では契約書のチェックなどにも対応している。
Rossは1ユーザーあたり、1ヶ月$125で利用が可能だ。もちろんアメリカの法律にしか対応してはいないが、法律事務所でなくても海外に事業展開している企業であれば、その法務部門で契約書のチェックに利用するなどの活用も考えられるだろう。
弁護士業界において今後AIはどのように使われていくのか
さて、では人工知能は今後、弁護士の業界でどの様に使われていくのだろうか。直近の未来として見えている範囲と、更にその先の2つに分けて考えよう。
まず直近の未来としては、簡単な法律相談や弁護士の仕事の項で挙げた3)~5)はすべてAIに取って代わられるようになるだろう。もちろん電子データ化が行われればという前提ではあるが、これは弁護士事務所への売り込みを考えている民間企業などの手によって進むと考えられる。そうなれば弁護士事務所もその部分は作業でしかないため、人間の仕事ではないとしてシステム化するだろう。もちろん完全にAIに任せてしまうのは問題であると考え、AIが出してきた結果を人間が精査する形になるだろう。つまり、下処理をAIが行い、高度な判断は人間が行うという棲み分けである。そして、この部分をAIに任せてしまうことによって、人間は1)や2)に注力できるようになる。
更に先の未来を考えると、1)や2)の部分すらAIが担う可能性も出てくる。それこそ交通事故に関してはある程度AIができるようになっている。弁護士ドットコムが提供しているサービス「交通事故過失割合Chatbot」は、この部分の自動化を実現できている。これはもっと高度化していく予定だとされているし、他の案件についてもデータが溜まってくれば代替できる部分が増えてくるだろう。
とはいえ、完全に弁護士が要らなくなるかといえば、そういうわけではない。依然として殺人事件などの大きな刑事事件、憲法や法律の解釈を争うような高等裁判所や最高裁判所での案件など、人間が決めなければならない部分が残されるからだ。特に法律の条文解釈を弾力的に運用している判例などは、杓子定規に量刑や賠償金額が決定されるわけではないため、人間の弁護士の出番となる。もちろん100年先になればどうなっているのかはわからないが。
まとめ(AIは弁護士の仕事を奪うのか)
AI(人工知能)が導入されたからといって、すぐに弁護士の仕事が無くなるわけではない。また、将来的にAI技術が進歩したとしても、人間の相手は人間が行う必要があり、弁護士の仕事はそう簡単には無くならない。
とはいえ、「資格」が必要なだけの仕事、いや作業についてはAIに取って代わられる。例えば契約書の文面チェックなどだ。また、交通事故の過失割合の算定については既にAIを活用したサービスが提供されているし、破産手続きなどもAI弁護士が活躍中だ。今後はより何度の高い案件についても、AIによる自動化が進むと思われる。
<参考>
- 弁護士は人工知能(AI)に取って代わられるか?(法と経済のジャーナル)
https://judiciary.asahi.com/corporatelaw/2016030300002.html - THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?
https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf - 有罪率99.9%を覆すAI弁護士が台頭する未来の裁判とは(AIZINE)
https://aizine.ai/ai-lawyer-1008/ - 総理大臣すら必要ない?AI(人工知能)によって仕事を奪われる職業とその特徴!(IoTラボ)
http://iot-labo.jp/blog/ai-lawyer - AI導入で弁護士「報酬基準」激変か…時間チャージ方式はなくなる!?(ROBOTEER)
https://roboteer-tokyo.com/archives/7978 - ROSS Intelligence
http://rossintelligence.com/ - AI時代でも「消滅せずに稼げる」職種10(PRESIDENT Online)
https://president.jp/articles/-/24068 - AIは弁護士の“目”になるか?契約書レビューAI「AI-CON」が法務コストを90%カットする(Ledge.ai)
https://ledge.ai/ai-con/ - 法律を「みんなのもの」に、名探偵コンビが大活躍(Collage Café by NIKKEI)
http://college.nikkei.co.jp/article/107870411.html
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