製薬業界はAIで創薬(新薬作り)で大幅なコスト削減ができる

新薬づくり(創薬)でAI(人工知能)を利用する動きが本格化している。大幅なコストダウンが期待されているが日本はAIに強い国ではない。日本の創薬に未来はあるのだろうか。

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製薬会社による創薬(新しい薬をつくること)には莫大な資金が必要になる。新しい薬をつくるのには膨大な量の調査と研究をして、開発期間が長期化するからだ。

しかも創薬ビジネスは新しい薬を開発しただけでは利益は生まれない。医師と患者に使ってもらって初めて利益が出る。ということは、製薬会社は開発期間中、優秀な研究者や医師たちに高額報酬を支払い、研究・開発コストを負担しなければならないのに、理屈上は収入がゼロである。

そこで日本を含む世界の製薬メーカーは、劇的にコストダウンできる開発手法を探している。

その手法こそ、AI(人工知能)である。製薬業界はいま、AIをどのように創薬に役立てようとしているのだろうか。

ただ日本は世界のAI競争でトップ集団に入っていない。日本の薬は大丈夫なのだろうか。

AI-製薬

AIを使うステージに進むべきとき

株式会社スタージェン(本社・東京都台東区)は、遺伝統計解析やIT技術などを活用し、製薬メーカーの創薬事業ソリューションを提供している会社だ。

そのスタージェンは世界の製薬業界に「変革が起きつつある」とみている。同社のみたてはこうだ。

・100年以上続く老舗の製薬メーカーは、もはや自力では新薬を開発できていない

・大抵はベンチャー企業や大学のシーズを買収するなどして新薬をつくっている

・化合物や動物実験を基礎とした旧来の創薬ビジネスは通用しない

では製薬メーカーは何をしなければならないのか。スタージェンはその問いにも答えを用意している。

それは、病気に関係する遺伝子情報から、研究対象のシーズがどれほどの確率で成功するかを見極め、高い成功率を示したシーズにのみ投資を行うことだ(*)。

*成功モデルに基づいた創薬と育薬事業

http://www.stagen.co.jp/service/%e6%88%90%e5%8a%9f%e3%83%a2%e3%83%87%e3%83%ab%e3%81%ab%e5%9f%ba%e3%81%a5%e3%81%84%e3%81%9f%e5%89%b5%e8%96%ac%e3%81%a8%e8%82%b2%e8%96%ac%e4%ba%8b%e6%a5%ad/

可能性がゼロでないシーズを片っ端から研究・開発していくのではなく、研究・開発する前に「遺伝子情報」を使って成功率を判定し、高い成功率を示したシーズのみに投資していく、というわけだ。これは単純かつ合理的な考え方だ。

そしてスタージェンの鎌谷直之会長はマスコミのインタビューのなかで、製薬業界は最早「AIを知っている」レベルから抜け出し、「AIを使いこなす」ステージに進まなければならない、と話している。

創薬事業のどの部分にAIが必要なのか

では製薬メーカーがAIの導入に踏み切る場合、創薬事業のどの部分をAI化したらいいのだろうか。

がん患者1人ひとりに合わせた新薬開発「客観的データに基づく個別化医療」とは

創薬事業のAI化で進んでいるのはアメリカだ。アメリカではヒトゲノムを解読することで、がんの原因を遺伝子レベルで究明しようとしている。

遺伝子レベルでがんなどの病気の原因が特定できると、がん患者の体質や病状に合わせた薬を開発できるようになる。

鎌谷氏はこうした新薬をつくり出す医療のことを「客観的データに基づく個別化医療」と呼び、今後の製薬業界の主流になるとみている。

さて、ここまでが最新創薬事業の話である。そしてここからがAI化の話となる。

「客観データに基づく個別化医療」の実現でネックになるのは、遺伝子レベルでのがんなどの病気の原因の特定だ。この「特定」とは具体的には、1人あたり30億個のヒトゲノムを解析しなければならない。

AI(人工知能)-製薬

AIに患者1人ひとりの30億個のヒトゲノムを解析させる

つまり、AとBの2人のがん患者がいたら、Aの30億個のヒトゲノムを解析し、それとは別にBの30億個のヒトゲノムを解析しなければならない。

がん患者はA、B以外にもC、D、E…とたくさん存在するので、その全員に「客観データに基づく個別化医療」を提供することは、スーパーコンピュータを使ってでも対応しきれない。

しかしAIは30億個のなかから特徴をみつけだす作業が得意だ。

例えばAIはすでに、4万人が入場しているスタジアムのなかから特定の1人をみつけだすことができる。囲碁や将棋では何十億とおりの次の一手を間違いなく差すことができる。

要は、「AIに何をさせるか」ではなく、「AIにさせる仕事を探す」段階に入っているというわけだ。

ところがそれすら問題にならない。なぜなら最近は、ヒトゲノムの情報を入手しやすくなったからだ。情報さえあれば、それを学ばせることでAIは適切な個別化医療を提供できるようになる。

このように、「客観データに基づく個別化医療」を患者に提供することは、もはやAI抜きには考えられないのである。

伊藤忠は「情報戦を制さないと製薬メーカーは生き残れない」とみている

スタージェンの鎌谷氏同様に、情報戦を制さないと製薬メーカーは生き残ることはできない、とみているのは総合商社、伊藤忠商事株式会社の子会社、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、伊藤忠)だ。

世界的な総合商社のソリューションとAIの融合

伊藤忠は、国内の製薬メーカーが持つ特許数も承認された医薬品の数も、この15年で減り続けていることに危機感を持っている。

製薬メーカーが新薬を開発しづらくなったのは、新薬の「元」となる化合物が枯渇してきたためだ。では製薬メーカーはこの難局をどう乗り越えたらいいのだろうか。伊藤忠は次の3項目を提案する。

・バイオ医薬品開発へのシフト

・オープンイノベーション

・新技術を持つベンチャー企業との提携またはM&A(合併と買収)

そしてこの3項目を実現するために行わなければならない具体的な行動は次の7点だ。

1:科学論文や特許技術の活用

2:医療ビッグデータの活用

3:競合他社の治験動向の情報収集

4:提携先となりうるベンチャー企業の情報収集

5:これまで蓄積してきたデータの活用

6:今後生じる膨大な情報の解析

7:迅速な意思決定

このうち3、4、7は総合商社が得意な領域だ。そして残りの1、2、5、6はAIが得意な領域だ。

つまり総合商社系列のIT企業がAIを活用して難局に直面する製薬メーカーにソリューションを提供することは、理にかなったビジネスであるといえる。

海外の事例と国内製薬メーカーの状況

伊藤忠もやはり、AI創薬では海外のほうが日本よりはるかに進んでいると分析している。海外の製薬メーカーではすでに、治験、製造、MR(医療情報担当者)の活動、販売の5分野でAIを導入し、その結果コストと時間の削減に成功した事例が報告されているという。

伊藤忠は、国内の製薬メーカーは、膨大な科学的データを保有しながら、「それをどうやってAIで活用したらいいのかわからない」状況にあると推測している。

同社はそこに商機を見出しているのである。

京大+理化学研究所の「ライフインテリジェンスコンソーシアム」への期待

AI創薬で出遅れ感が否めない日本勢だが、京大と理化学研究所が共同で立ち上げが「ライフインテリジェンスコンソーシアム」(LINC、代表・奥野恭史、事務局・京大など)が反転攻勢を展開できるかもしれない。

LINCのミッションは、次のとおり。

・AIとビッグデータの技術を使い、製薬、化学、食品、医療、ヘルスケアのライフサイエンス分野の産業振興を図り、国民の健康寿命を延伸させ、生活の質を向上させる

LINCに参加している機関・企業の一部を紹介する。

大阪大学、京都大学大学院医学研究科、東京工業大学、東京大学医科学研究所、理化学研究所、アステラス製薬、アストラゼネカ、エーザイ、大塚製薬、小野薬品工業、塩野義製薬、第一三共グループ、カネカ、JT、東レ、富士フイルム、伊藤忠テクノソリューションズ、日立製作所、富士通、みずほ情報総研

これはほんの一部で、総勢101の機関と企業がLINCに参加している。

LINCが手掛ける10つのこと

まさにオールジャパンでAI創薬を含むAI医療を構築しようというのがLINCだ。

これだけ多くの機関・企業が参加すると、当然のことながら興味の対象が異なってくる。これだけの機関・企業が1つの研究テーマで統一することは不可能だ。

そこでLINCは10のワーキンググループを立ち上げ、それぞれ興味がある分野に機関・企業が参加する形をとっている。

その10のワーキングループの研究テーマは次のとおり。

1:未病・先制医療

2:臨床・診断

3:創薬テーマ創出

4:分子シミュレーション

5:メドケム・分子設計・ADMET

6:トランスレーショナルリサーチ

7:バイオロジクス・製剤・ロボティクス

8:治験・市販後・メディカルアフェアーズ

9:知識ベース・NLP

10:AI基盤

このうちAIが関係するものは2、4、7、8、10となり、ちょうど半分の5領域となっている。これを言い換えると、現代の医療の半分はAIで改善できる可能性がある、ということだ。

まとめ~そろそろ意識を変えるべきとき

AIについてよくいわれるのは、日本人は「AIによって奪われる仕事」について気にしすぎる。AIが便利になれば、企業はAI投資を増やし人件費を削るようになる、という見方だ。こうした雰囲気が世間に蔓延すれば、AIは歓迎されない技術になってしまう。

しかしAI先進国のアメリカも中国も、AIが世の中を劇的に改善すると信じて研究開発を進めている。

この差は大きい。こうしたマインドの違いは、予算付けでも開発モチベーションにも影響するからだ。

日本の医療は実は、AI化の前段階であるIT化でも遅れている。例えば電子カルテを導入している医療機関は3割強にすぎない。また患者のスマホと医師のパソコンをインターネットでつなぐオンライン診療(遠隔診療)に対してもネガティブな意見を述べる医師は少なくない。

日本の製薬メーカーがAI創薬の分野で一度でも敗北を喫すれば、そこから挽回することは困難だろう。そろそろAIやITに対するアレルギーを治すべきときにきているのではないだろうか。


<参考>

  1. 成功モデルに基づいた創薬と育薬事業(StaGen)
    http://www.stagen.co.jp/service/%e6%88%90%e5%8a%9f%e3%83%a2%e3%83%87%e3%83%ab%e3%81%ab%e5%9f%ba%e3%81%a5%e3%81%84%e3%81%9f%e5%89%b5%e8%96%ac%e3%81%a8%e8%82%b2%e8%96%ac%e4%ba%8b%e6%a5%ad/
  2. AIの理解なくして産業の進歩なし、医薬で活用が加速 スタージェン会長、医療人工知能研究所所長 鎌谷 直之氏に聞く(XTECH)
    https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00026/00023/?P=1
  3. 製薬業界におけるAI活用の最新動向(Best Engine)
    http://www.ctc-g.co.jp/about/pr/magazine/article/2018/0305a_01.html
  4. 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(略称CTC)
    http://www.ctc-g.co.jp/about/corporate/outline.html
  5. LINCについて(健康“生き活き”羅針盤リサーチコンプレックス)
    https://rc.riken.jp/life-intelligence-consortium/
  6. ワーキンググループ(WG)とプロジェクト(PJ)の概要(健康“生き活き”羅針盤リサーチコンプレックス)
    https://rc.riken.jp/life-intelligence-consortium/wg/
  7. 医療情報システム(オーダエントリ・電子カルテシステム)導入調査(JAHIS)
    https://www.jahis.jp/action/id=57?contents_type=23