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AIで完全自動運転車は実現するのか

自動運転車にAI(人工知能)が搭載され始めた。AIは安全な運転を実現するが、完全ではない。事故を起こす可能性が0でないAIに運転を任せることは許されるのだろうか。

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世界のトヨタは、「現代の自動車業界は100年に一度の大変革時代に入っている」と認識している。その言葉にはさまざまな意味が含まれていて、例えば消費者の自動車離れがある。これまで生活の必需品として、または富の象徴として自家用車を求める人が多かったから、自動車産業はすべての産業のなかで優位な位置にあった。ところが自動車を所有しなくても支障がないことに人々が気がつき始めた。これは自動車メーカーにとって大きな痛手となる。
そして自動車関連の技術も100年に一度のバージョンアップが図られようとしている。そう、自動運転車だ。

これまでの自動車は、「走る止まる曲がる」の性能を向上させるだけでよかった。しかし自動運転車の開発では「絶対に交通事故を起こさない方法」を考えなければならない。なぜなら自動運転車は、人のサポートを受けずに走行しなければならないからだ。
そこで開発者たちは、人を超える運転能力が期待されるAI(人工知能)を自動運転車に搭載しようとしている。その試みは成功するのだろうか。

AI(人工知能)-自動運転

自動運転車の現在のレベル

自動運転車の定義は難しい。SF映画などに登場する、意思を持った自動車も自動運転車だが、すでに自動車に搭載されている自動ブレーキシステムも広義の自動運転車に含まれる。
そこで各国の政府は、自動運転車のレベルを次の5段階に分けている。
レベル0:人がすべて操作する
レベル1:加速、操舵、制御のうち1つを自動で行う
レベル2:加速、操舵、制御のうち2つを自動で行う
レベル3:加速、操舵、制御のすべてを自動で行うが、運転者も介在する
レベル4:加速、操舵、制御のすべてを自動で行い、運転者の介在は不要

レベル2の自動運転技術は、すでに市販車に搭載されている。例えば日産の自動車に搭載されている「プロパイロット」という技術は、次の内容を実現している。
・自動で先行車と車間距離を保ちながら、先行車を追尾する
・先行車が停止したら、自車も自動で停止する
・先行車が発進したら、ドライバーがアクセルを踏むと自動で追尾する
・道路の中央を走行するよう、自動でハンドル(操舵)を制御する

実験車レベルでは、すでにレベル4に到達している自動車メーカーもある。
しかし世界中のどの自動車メーカーもまだ、「レベル4の自動運転車を公道で走らせても絶対に安全」とは宣言できていない。
そして世界中のどの政府もまだ、「レベル4の自動運転車を公道で走らせてよい」と許可していない。
2018年現在の自動運転車はまだ、絶対的な安全に達していないといえる。

<関連記事>
自動運転の開発を加速させる大手自動車メーカー

自動運転に使われるAI技術と開発事例

2018年現在の自動運転車は「絶対的な安全」は獲得できていないが、すでに「人の運転よりは安全」というレベルには到達している。
例えば人はまれに、高速道路を逆走してしまうが、自動運転車はそのようなミスを犯さない。
逆走のような極端な例を持ち出さなくても、自動運転車の空間把握力は優秀で、道路に起きる危険予知はすでに人の運転者を上回るといわれている。
AIは、この空間把握力や危険予知能力の向上に貢献する。
詳しくみていこう。

ディープラーニングで何ができるのか

AIの基本技術のひとつにディープラーニング(深層学習)がある。自動車部品大手のデンソーとIT大手の東芝は2016年に、自動運転車や安全運転支援システムを共同開発すると発表した。デンソーは東芝のAI技術を必要とし、東芝はデンソーの自動車開発のノウハウを必要とした。まさにWIN=WINの提携といえる。

両社が目指すのが、ディープラーニングを取り入れたDNN-IPという技術の確立だ。
DNN-IPは、ディープ・ニューラル・ネットワーク・インテレクチュアル・プロパティの略で、「画像認識システム向けの人工知能技術」と訳される。
DNN-IPは、人間の脳の神経回路を模してつくったアルゴリズム(計算手法)によって、人間以上の認識処理能力を獲得しようとしている。

<関連記事>
AIとして注目されるディープラーニングとは

画像認識で何ができるか

認識処理能力と自動運転車の安全走行は密接に関係する。
人による自動車の運転でも、自動運転車の走行でも、認識処理能力こそが安全を確保する。例えば走行中の車道に突然サッカーボールが飛び出してきたら、運転者(人)も自動運転車も「サッカーボールなので自分の自動車がぶつかっても問題はない」ことと、「サッカーボールの後に子供が飛び出してくるかもしれない」ことの両方を認識しなければならない。
その2つを認識したら、運転者(人)も自動運転システムも、次の行動を起こさなければならない。

・サッカーボールを回避するために隣の車線に移ってはならない(サッカーボールに当たっても支障はないが、隣の車線に移ると事故リスクが上がるため)
・子供が飛び出してくるかもしれないので急ブレーキをかける

サッカーボールをサッカーボールとして認識する能力と子供が出てくるかもしれないという予測、そしてそれに伴う行動。これらができるかどうかは、認識処理能力にかかっている。

運転者(人)の認識処理能力は、自動車教習所などで人から習うことで身につく。では自動運転システムの認識処理能力は、どのように高めるのだろうか。

AIを搭載したDNN-IPは、「どのような画像のときにどのような行動を起こすべきか」を学習する。
画像とは、自動車に装着したカメラが撮影した道路や道路周辺の画像のことだ。
まずは、「障害物がない道路」の画像と「障害物が現れた道路」の画像の違いを学習する。そして道路に障害物があると、何らかの対応をしなければならないことを学ぶ。
「道路に飛び出したサッカーボール」という画像に対しては、車線を変えずに急ブレーキをかける、と覚え込ませる。そして「道路に飛び出した人」という画像に対しては、車線を変えてでも回避しなければならない、と覚え込ませる。
まさに「画像」を「認識」させる作業が必要になるわけである。

<関連記事>
人工知能を支える「画像認識」とは?歴史や基本技術を解説

トロッコ問題をどう解決するか

自動運転車の開発では、トロッコ問題が話題になっている。自動運転車に搭載されたAIはトロッコ問題に対し、どのように回答を出すべきなのだろうか。

トロッコ問題の概略はこうだ。
線路を、制御を失った無人のトロッコが暴走している。その進行方向には分岐点があり、トロッコは分岐器によってA方向に行くこともB方向に行くこともできる。
分岐点には人物Cがいて、分岐器を動かしてトロッコの行き先を決めることができる。
A方向の線路上には5人の作業員がいて、B方向の線路上には1人の作業員がいる。
この場合、Cは分岐器をどのように動かすことが正義にかなうだろうか。

もしCが分岐器を動かさなかったことでトロッコがA方向に進んだら、Cは消極的に5人の死を選択したことになる。もしCが分岐器を動かしたことでトロッコがB方向に進んだら、Cは5人を生かすために積極的に1人の死を選んだことになる。

トロッコ問題は、自動運転システムに次のような課題を突きつけている。
公道を走行中の自動運転車が、ブレーキと同乗者によるハンドル操作機能の両方が故障したとする。
暴走する自動運転車の前方左には5人グループがいて、前方右には1人がいる。
自動運転車の開発者は、自動運転車がこのシチュエーションに遭遇したらどちらに「突っ込め」と教えるべきなのだろうか。

人が運転者であっても同じ問題は起きる。ただ自動車の運転者(人)がトロッコ問題に直面して人を殺(あや)めてしまった場合は、裁判という方法で事後的に処理することができる。
例えば自動車に欠陥があれば、運転者を責めるのではなく、自動車メーカーの責任問題になる。もしくは、そこまでスピードを出していなければ被害者は死亡せず、骨折程度で済んでいたのであれば、運転者の責任が重くなる。

ところが、死亡事故を起こした自動運転車のAIを裁くことはできない。では、自動運転車の開発者が自動運転車に「5人と1人のいずれかに突っ込まなければならないとき、1人のほうに突っ込め」と教え、実際に自動運転車がそのように動いて1人が死亡したら、その開発者は殺人罪に問われてしまうのだろうか。

トロッコ問題

まとめ~AIは完全無欠にはならない

完全自動運転車は完成するのかどうか。この質問に対する答えは2つあることがわかった。
・技術的には完成する
・倫理的には完成しそうにない

自動運転車は、運転の労力がなくなるだけでなく、実は安全にも寄与することがわかっている。高性能センサーや画像認識技術によって、人の目では見えない場所も「見える」ようになるからだ。つまり、すべての自動車が自動運転車になったら、いまより交通事故が減ることが期待される。
それでもなお完全自動運転車の実用化にブレーキがかかっているのは、人災による被害より「AI災」による被害のほうが、人々の心理に与えるダメージが大きいからだ。
多くの人は運転する人に完全無欠の運転を求めないが、多くの人はAIの運転には完全無欠を求める。
ただ原子力発電所や飛行機、鉄道、さらに現行の自動車など、完全無欠どころかかなりの危険を含みながら市販化されている科学技術はいくらでもある。
完全自動運転車を実用化できるかどうかは、人々が「どこまでAI災を許せるのか」にかかっているのだろう。


<参考>

  1. 自動運転×ディープラーニングの実力とは?(CHANGE MAKERS)
    https://www.change-makers.jp/technology/11400
  2. 【AI入門】今話題の自動運転!AIはどう使われているの?(Samurai)
    https://autoprove.net/supplier_news/bosch/50695/?a=all
  3. 自動運転にAI人工知能は何故必要なのか?【ボッシュ・モビリティエクスペリエンス2017レポートvol.3】(AUTO PROVE)
    https://www.sejuku.net/blog/62032#i-3
  4. 自動運転にAI(人工知能)は必要?倫理観問う「トロッコ問題」って何?(自動運転LAB)
    https://jidounten-lab.com/y_1931
  5. 画像認識システム向け人工知能技術(DNN-IP)(DENSO)
    https://www.denso.com/jp/ja/innovation/technology/adas/partner/
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