将棋や囲碁といったボードゲームで、AIが競技者を凌駕するパフォーマンスを発揮することをご存知の人も多いだろう。スポーツもまたアスリート同士が競う点でボードゲームと類似するが、AIがスポーツに介入する余地があるのだろうか。
今回は、スポーツでAIが活用される事例をいくつか確認していきたい。
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対戦相手の戦術分析
2018年の平昌オリンピックにおいて、カーリング競技で女子日本代表が銅メダルを獲得したことは記憶に新しいだろう。カーリングは、氷の上で行なうスポーツだ。
カーリングのルールは、一旦理解すれば、それほど難しくない。4人1チームで、各プレーヤーが与えられた2個のストーンを交互にショットする。円形をした「ハウス」の中心にもっとも近いストーンを置いたチームに得点が与えられ、両チームがその合計で競う。カーリングは「氷上のチェス」とも呼ばれ、競技に勝利するための戦略が重要となる。
このカーリング競技の戦略を考えるAIが開発されている。公立はこだて未来大学の松原仁氏が参加する研究グループが開発したカーリングAI「じりつくん」だ。松原氏は人工知能の研究者であるだけでなく、将棋に特化したAI研究の第一人者でもある。カーリングのルール上、その戦略を考案するAIに関心をもつのも自然な流れだ。
研究グループが開発した「じりつくん」にオリンピック女子日本代表の試合を分析させ、北海道新聞電子版に掲載したところ、反響が大きかったという。
たとえば、終盤戦第8エンドにおける日本代表が放つショットとして、2点取りにいく戦略と1点取りにいく戦略とが考えられる。全部で10エンドであることから、残りのエンド数を考慮すると、日本代表としては2点取る戦略を選択したい。このような状況下で、じりつくんが戦略毎の勝率を見積もるという。具体的には、2点取ったときの勝率が73パーセント、1点取ったときの勝率が37パーセントといったように数値化される。これにより戦略の有効性だけでなく、ショットに成功することの重要性などが可視化される。
カーリング競技の特異性は、チームが交互にプレイを行なう点にある。両チームが最善と思われるプレイを行なうのは、将棋や囲碁、チェスといったボードゲームでも同様だが、明確な違いも存在する。将棋では、ある手を指したとき、その手を指した後の局面は一意に決定される。他方カーリングでは、同一のプレイをしたとしても、選手の技量や氷のコンディション等に結果が左右されるという不確実性をもつ。この点が、カーリング競技で最善のプレイを探索する困難さである。
他のボードゲームと同様に、じりつくんもニューラルネットワークで評価関数を学習する。局面を左右反転したものを含めて100万局面を生成し、そのうち90万局面で学習を行なった。この評価関数に基づき、局面の評価を行ない最善のプレイを探索するという。
研究グループによると、カーリングAIの目的はあくまで、人間の戦術支援や観戦者への情報提供だという。カーリングAIを活用し、日本のカーリング技術が向上することが期待される。
選手のコンディション管理
スポーツ選手を支えるのは、道具や筋力のトレーニング、練習だけではない。選手のメンタルのコンディションを整えるのも重要だ。音声認識によって、選手のコンディション支援を行なう興味深い取り組みがなされている。それが、音声感情解析AI「Empath」だ。
Empathを開発したEmpath Incは、2017年に親会社のスマートメディカルから独立し、Empathに関するすべての権利を譲渡された。医療やメンタル向けに始まったサービスだったが、メンタルヘルスの範囲を超えて活用されたのが理由だという。
Empathは、音声の物理的な特徴量から気分の状態を可視化し、数万人分の音声データベースをもとに喜怒哀楽や気分の浮き沈みをリアルタイムで判定できる。具体的には、喜び、落ち着き、怒り、悲しみ、元気度の5種類の感情がそれぞれ黄、緑、赤、青、白と色をもち、これにより被験者の感情を可視化できる。
Empathの活用範囲は幅広い。メンタルデータを可視化することでEmpathが高齢者の見守りを支援するだけでなく、診療所や病院、学校などでも活用の機会があるという。とり分け注目されるのが、災害被災者のメンタルヘルスだ。Empathを活用することで、災害被災者のサポートを行なう試みも実施されている。
スポーツに話を戻すと、トップアスリートを支援するユーフォリアとEmpath Incとが2018年に業務提携した。アスリートが大事な試合で力を発揮するためには、体調やコンディション管理を日々行なう必要がある。ところが、フィジカルの状態と違い、メンタルの状態は表面に現れにくく、把握するのが難しいという。高度の緊張やプレッシャーにさらされることの多いトップアスリートの場合、メンタルがパフォーマンスに及ぼす影響は大きい。そこで、Empathを通じて、アスリートのメンタル状態を可視化しようというのだ。ユーフォリアが開発したトップアスリートの体調やトレーニング、ケガを管理するクラウド「ONE TAP SPORTS」に、Empathを組み合わせるのだという。具体的にはEmpathでアスリートの感情を認識し、体調や怪我のデータ等とともにデータベース化することで、体調やパフォーマンス、怪我の状況などの報告が可能になる。
Empathのスポーツへの活用は始まったばかりだ。今後の進展を期待したい。
採点AIとは
体操競技などの採点競技では、技が高度に、そして複雑化しているため、その判定や採点が年々困難になっている。リオ五輪の代表選手であった白井健三選手が行なう「シライ3」は、1秒間に後方伸身宙返りを2回、同時にひねりを3回実行する難易度の高い技だ。これに対し審判員は、選手が繰り出した技を瞬時に判別し、難易度等を判断したのち、判定する必要がある。加えて、技は次から次へと出されるので、メモを取りながら技を判定しなければならない。そのため、判定でのミスが増加傾向にあるという。
日本体操協会は富士通と提携し、技を採点するシステムの開発に乗り出した。選手の動きを3Dレーザーセンサで測定しながら、技の種類と難易度をリアルタイム判定し、自動的に採点するという。
採点AIのメリット
・観客側のメリット
観客が体操競技の凄さを実感できても、細かく何を行なっているのか理解するのは難しい。採点AIを使用すれば、演技の途中でもリアルタイムで技の名前が表示され、観客にとってもその理解が容易になる。
加えて、システムの導入が判定の時間の短縮にもつながる。判定の時間が減る分、観戦の楽しみが増え、放映枠内に競技の中継を収めるのも可能になる。
・選手側
審判員を補佐するという点で、自動採点システムが審判員の負担を減らすのに貢献するだけでなく、運営コストの削減につなげられる可能性がある。
それだけではない。選手側にとっても、育成支援に大いに役立つという。指導や練習にビデオ映像は従来から用いられたものの、数値化したデータで好不調時や他の選手との比較ができないため、定性的なトレーニングにとどまっているという。3Dで違う角度から見ることができれば、技の完成度を高められる。もう少し足を高く上げたい、あるいは最後の着地をきちんと止まれるよう改善したい等の微調整によって、選手の技術向上につながる。
AIが判定を下す
回転やひねりの数を認識するためには、レーザーセンサのデータから選手の骨格の動きを抽出する必要がある。ところが、骨格の動きを抽出する処理において、速度と精度とを両立するのが難しい。
判定の高速化にはAIの導入が不可欠だ。センサで取得した3Dデータで骨格を認識し、人の動きをデータベース化する。ところが、データベース化された大量の情報をもとに機械学習したモデルは認識処理を高速で行なえるものの、その精度は不十分だというのだ。そこで選手の関節部分のみを機械学習によって処理し、首や背中、骨盤といった体感部は、3Dデータから幾何形状を求めることで精度を向上させたそうだ。
これにより、採点や選手のトレーニング支援が可能になるだけでなく、観客にとっても画像コンテンツが増加する。
まとめ
ボードゲーム以上に、スポーツには選手のプレイに不確実性が伴う。しかしセンサ技術の向上や感情など従来では扱えなかった分野でもAIが活躍できるなど、技術の進化はすさまじい。
現状ではAIのスポーツへの活用は始まったばかりだが、今後は実用化されることで、ますますスポーツの進化が期待されよう。
<参考>
- 3位決定戦 イギリスを追い込んだラストショット(北海道新聞)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/167785 - 音声感情解析AIを利用して日本代表/プロスポーツクラス・トップアスリートの体調・コンディションをサポート(PR TIMES)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000030514.html - 「カーリングとAI」(『情報処理』Vol. 59 No.6)
- 「音声感情AI「Empath」が目指すレジリエンスな社会」(『測量』2018年10月号)
- 「アスリートの動きをリアルタイムに数値化する3Dセンシング技術』(『FUJITSU』Vol.59 No.2)
- 「ICTによる体操競技の採点支援と3Dセンシング技術の目指す世界」(『FUJITSU』Vol.59 No.2)
- 「回転とひねりを超秒速判定」(『NIKKEI MONOZUKURI』2016年8月号)
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