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スポーツ分野でも使われるAI(人工知能)はどのような変化をもたらすのか

AI(人工知能)がスポーツ界に進出している。ITで選手の動きを見える化して、AIで最適な動きを導き出すので、スポーツのダイナミックさが増すことが期待できる。

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将棋、囲碁、チェスは人類の英知と英知がぶつかり合う知的ボードゲームの最高峰だが、いずれも人類はAI(人工知能)に負けてしまった。

しかし筋肉と関節が生み出すスポーツは、さすがのAIでもいかんともしがたいのではないだろうか。

しかしスポーツの現場にITを導入して成果をあげているのは周知のとおりである。バレーボールの監督はタブレットを片手に持ちながらプレー中の選手たちに指示を出しているし、サッカーのゴール判定はテクノロジーが目を光らせている。そうなると、AIがスポーツの姿を激変させる日は近いのではないだろうか。

実はAIはすでに、ひっそりとスポーツ界に進出している。その現状を紹介したうえで、AIスポーツの将来を展望したい。

スポーツ_予測_人工知能(AI)

AI野球とは

AIの導入に積極的なプロスポーツ組織は、プロ野球の福岡ソフトバンクホークスだ。ホークスは親会社のソフトバンクがIT企業なので、AIとも親和性がある。

試合前に決着がつく?

ホークスは投手専用のアプリをつくり、そこに過去の対戦の打席ごとの画像とデータを保存した。投手は登板前にタブレットを入念にチェックして、対戦相手を研究することができる。

投手アプリでは、自分が投げた球の回転数もわかる。回転数が少なくなっていれば、投手はコーチたちと対策を練ることができる。また、タブレット画面で相手チームの打者がヒットを打つシーンを繰り返しみることで、攻めるコースや効果的な球種を絞り込むことも可能だ。これで試合前に決着がつくわけではないが、かなり大きなアドバンテージになるはずだ。

投手アプリのデータを集めているのは、ホークスの本拠地、福岡のヤフオクドームに設置した15台のカメラだ。これが常時、味方と敵の選手を追っている。

このカメラで撮影した投手、野手、打者の投球、打球、走塁のプレーは、次々データ化していく。盗塁が上手い相手チームの選手を分析できれば、牽制球で刺す確率が高まる。

このシステムは打者にも役立っている。相手チームの投手の球種や球速、配球パターンを知ることができるから、「山が張りやすい」のだ。

投手以外の守備でも、打者によって打球が飛びやすい方向や距離がわかるから、捕球しやすくなる。

またホークスでは、選手にウェアラブル端末を装着して心拍数などを測定する取り組みも行っている。

膨大な数の不確定要素から最良の戦略を導き出す

さて、ここまではITやIoT(ネットとモノ)の領域だ。15台ものカメラはホークスの独自アイテムだが、相手チームの投手や打者の情報をITで集めることは他球団も行っている。

そこでホークスは、他球団に先んじるためにAI投資も積極的に手掛けていくという。

現在ホークスが開発しているのは、作戦を立案するAIだ。

野球は個人技の集合体である。またほぼ同じ選手が攻撃と守りの両方を担う。さらにボール、バット、グラブなど扱うのに高いスキルを必要とする道具が多いという特徴もある。人的要素でも、プロ野球になると3軍まで存在する。

つまりプロ野球の作戦立案は、こうした膨大な数の不確定要素から最適解を導き出す「頭脳を酷使する作業」なのだ。

だからAIが活躍する。

ホークスはすでにビッグデータを蓄積しているので、AIシステムさえ開発してしまえばあとはディープラーニングでAIに学ばせればよい。

またプロ野球選手はハードなトレーニングを重ねなければならない。そしてケガをしやすい事情もある。そこで個々の選手に適した練習メニューをAIに立案させることも検討している。

ホークスは現行システムを、スポーツコンサルティングのライブリッツ株式会社の支援を受けて開発した。同社はホークス以外にもプロ野球球団を支援しているのだが、同社が関わった球団は2013年から2017年までの5シーズンで4度日本一になっている。

近い将来、選手の年棒と同じくらいAI投資額が優勝を左右する要素になるかもしれない。

AIを引き寄せたのはスポーツが巨大ビジネスだから?

AI開発には多額の費用がかかる。そのため、AIが活躍する分野には大抵、多額の資金が集まっている。例えば医療分野はAI投資に積極的な領域だが、日本の医療費だけでも年間40兆円以上にのぼる。多額の費用があればAIの開発費を捻出できるし、またAIがその領域にマッチングできればコストダウンにつながり、より効率的な事業やビジネスが展開できるわけだ。

ではスポーツ業界にどれほどのマネーがあるのだろうか。

年5.5兆円の市場を10年で15兆円にする

政府はスポーツを国の重要な産業に位置づけていて、その市場規模を2020年には10兆円、2025年には15兆円に拡大する目標を掲げている。ちなみに2015年の日本のスポーツ産業の市場規模は5.5兆円なので、10年で2.7倍にしようというのである。

スポーツ産業の魅力は、ドラマ性があるコンテンツと産業の裾野の広さだ。

スポーツ以外のコンテンツには、客の「飽き」という大きな課題があるが、スポーツは長年にわたって同じチームが同じルールを用いて同じ場所で戦っているにも関わらず、観客から飽きられにくい。それはスポーツが常にドラマを生む優れたコンテンツだからだ。

またスポーツ産業は、次のようなビジネスや事業を展開することができる。

・観戦・チケット・飲食・グッズ・球場運営・セキュリティ・旅行・放映・映像・撮影・用品・ウェア・スクール・関連イベント・清掃・整備・広告・トレーニング・メディカル・データ分析・IT・AI・教育・地域活性化・自治体業務

ITやAIは直接的にスポーツに関わるのだが、間接的にも関与する。

例えばセキュリティの効果と効率を高めるには、AIの顔認証システムが有効だ。放映や撮影にIT、ネット、AIを組み合わせると、コンテンツを2次利用することができ収益力がアップする。

そしてトレーニングでもAIは活躍する。それが次章でみる、AI監督とAIコーチである。

AIは名監督であり名コーチだ

ITは、スポーツのデータを見える化した。これは偉業といってもいいすぎではない。データという証拠があると、監督やコーチは選手に適格な指示を出すことができるし、選手もデータが示すとおりに活動すれば最小限の力で相手に勝利できる。

しかし「IT時代」ではまだ、監督やコーチや選手が自分たちでデータを分析して判断をくださなければならない。これが「AI時代」に突入すると、人間はAIからいくつかの選択肢をもらうことができるようになる。AIが進化すれば、最適解だけを提示してもらえる。

その点で、AIは名監督であり名コーチとなる。

AI監督とAIコーチはすでに、ゴルフとバスケと体操で力を発揮している。

人工知能_スポーツ

ゴルフのフォームを修正する

ゴルフはフォームがとても重要なスポーツのひとつだ。サッカーなどと異なり、ゴルフでは比較的年齢が高くなってもプロの第一線で活躍できる選手が多い。これは力任せや走る速さより、コツやテクニック、そしてフォームが重要だからだ。

しかしゴルフのフォームは、日常生活でほとんど行わない動きになるので、簡単にはベストの形をつくることはできない。

そこで対象となる人の体にセンサーをつけて、その動きをコンピュータで解析する技術が開発された。このIT技術は、ゴルフでは早くから取り入れられてきた。

このIT技術にAIを組み込むと、プロの無数のフォームをコンピュータに学ばせて最良のフォームを導き出すことができる。ユーザーの動きとプロのフォームを比較できるので、どこが間違っているのかが一目瞭然だ。

またAIによって画像認識能力が格段に向上しているので、より詳細なフォーム解析ができるようになる。

バスケでは最適のフォーメーションがわかる

フォーメーションを取るスポーツは、AIを導入する効果が期待できる。その一例がバスケットボールだ。

AIを使うと、味方選手と相手選手とボールの動きを追跡することができる。そのため試合中の10人とボールの動きを細部までデータ化することができる。

そうすると相手チームによって効果的なフォーメーションを選択することができるようになる。もちろん相手に攻め込まれたときのシミュレーションをつくることもできるので、防御フォーメーションも構築できる。

AIは素早い分析が得意なので、例えば前半戦のミスを後半戦で修正することも可能だ。しかもAIは選手1人ひとりを認識しているから、指示や注意も選手ごとに出すことができる。

体操の完成度もAIで判定

スポーツではしばし接戦が展開され、その際の判定はトラブルの元になることがある。それで0.01秒を争う100メートル走には高性能カメラが導入され、野球やサッカーやテニスではボールがラインを超えたかどうかをビデオ判定するようになった。

しかし体操競技は全身の動きをみなければならないので、カメラやビデオで撮影しても再生に時間がかかってしまう。重要な大会では時間をかけることができるが、日頃の練習のときに、技を決めるたびにビデオを巻き戻していたのでは練習が中断されて非効率だ。しかも体操の技は年々複雑化していて、コーチでも選手の技の完成度の見極めが難しくなっている。

そこでここでもAIの力が有効になる。選手の体の動きを3Dでとらえ、それをAIに学習させた正しい動きと比較して技の完成度を測る。

AIに正しいことを学ばせれば、AIは人間の間違いを次々指摘してくれる。

富士通が開発。美の競技の判定も開発中

この章で紹介した、ゴルフのフォームを修正するAIも、バスケの絶妙なフォーメーションを生み出すAIも、そして体操選手の複雑な動きを解析するAIも、富士通が開発した。

スポーツにAIを導入すると、天才アスリートたちの動きを解析できるので、選手たちのスキルアップが効率的になる。またアマチュア選手でも、天才指導者と同じ指導を受けることができるようになるかもしれない。

AIスポーツの可能性は無限だ。

また富士通は、フィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングのような美を採点する競技でもAI判定システムを開発していくという。美を競う競技は客観的な判定が難しいといわれているだけに、AI判定システムが確立されればより公正なジャッジになるわけだ。

まとめ~無駄をそぎ落とすには最適のツール

どのスポーツ競技でも、上達の基本は無駄をそぎ落とすことだ。もちろんトップアスリートたちは無駄をなくしたうえに、神技を披露しなければならない。しかしアマチュアや初心者は、どうしても無駄な動きをしてしまい運動効率が高まらずよい成績が残せない。それが飽きにつながってしまうこともある。

AIは観察力が卓越していて、間違いをみつける能力に長けている。AI監督は豊富なデータを元に「ここを直せば格段によくなる」という指導をしてくれるはずだ。AIはプロ選手のスキルもアマチュアのスキルも向上させるだろう。だからAIは、スポーツを格段に面白くするツールといえそうだ。


<参考>

  1. IoT野球の神采配、ホークス躍進の秘密兵器(日本経済新聞)
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35641680R20C18A9X11000/?n_cid=NMAIL007
  2. ライブリッツ株式会社
    http://www.laiblitz.co.jp/corporateinfo/
  3. 世界企業が続々 日本に押し寄せる「スポーツ×IT」(日本経済新聞)
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO88559310W5A620C1000000/
  4. 平成28年度 医療費の動向(厚生労働省)
    https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000177607.pdf
  5. AIが高める競技スポーツの未来―進化させる選手、監督、審判の技術(富士通ジャーナル)
    https://journal.jp.fujitsu.com/2018/02/23/01/
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