ある企業がAI(人工知能)を使ったシステムを導入したいと考えたとき、どうしたらいいだろうか。ITやネットに関する知見がない企業であれば、AIシステム会社に外注するしかない。
しかし企業内に、ITとネットとシステムに十分精通しているが、AIについてはまだ「勉強中」という技術者がいたら、グーグルのTensorFlow(テンソルフロー)を使えば、AIシステムを構築できるかもしれない。
しかも無料で。
TensorFlowは「オープンソース機械学習プラットフォーム」や「機械学習モデルの開発に役立つライブラリ」と呼ばれるが、これは、次のような意味を持つ。
・TensorFlowは誰でも無料で使うことができる(オープンソースである)
・TensorFlowはAIシステムの「元」となる(機械学習モデルを開発できる)
・TensorFlowをそのまま自分がつくったコンピュータ・プログラムに組み込むことができる(ライブラリである)
なぜグーグルはTensorFlowを無料で開放したのか、TensorFlowで何ができるのかを解説したうえで、TensorFlowの特徴を紹介する。
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TensorFlowとは
機械学習とは、特定の作業をコンピュータに学ばせて実行させることである。機械学習したコンピュータはプログラムを必要とせず作業を実行できるようになる。機械学習はAI技術のひとつである。
TensorFlowは機械学習の技術のひとつなので、広い意味ではAI技術ともいえる。
TensorFlowはどのような位置づけになるのか、概念図で説明する。
例えば、椅子が必要になったとき、家具店で購入すれば手間がかからないが、完成品は製造費が含まれているので価格が高い。そして必ずしも自分が望むデザインや大きさでないこともある。
しかし、椅子の設計図を描き、木を切り倒して木材にしてパーツをつくっていくのは大変である。
そこでホームセンターでパーツを買って自分で椅子を組み立てれば、コストがかからず、手間もそれほどかからず、しかも自分好みのデザインと大きさにすることができる。
TensorFlowはDIYで椅子をつくるようなものだ。グーグルの公式ページからダウンロードして、自分がつくっているAIシステムのプログラムに組み込むことができる。
AIシステム自体はオリジナルなので、自分好みのシステムになる。
TensorFlowが開発された背景は
TensorFlowの開発秘話は、いかにもグーグルらしいものだ。
2015年に無料公開されたTensorFlowは、実は第2号である。
グーグルは2011年に、第1号となるDistBeliefという機械学習プラットフォームをつくったが、特定の製品とのつながりが強すぎて汎用性が低いと判断し公開しなかった。汎用性が低いプラットフォームを無料公開しても、多くの人に使ってもらえないからだ。
そこで、どの製品にも依存しない、汎用性が高いTensorFlowをいちからつくり直したのである。しかもただ汎用性を高めただけでなく、性能を2倍にした。
開発期間が長期化した分だけ性能を高めるのだから、グーグルの開発陣は相当苦労したろうが、ユーザーはさらにグーグル製品を信頼するようになる。
ではなぜ、グーグルは高額なコストをかけて高度な技術を投入したTensorFlowを無料開放(オープンソース化)したのだろうか。
それは、今後の世界のAI開発をグーグル主導で進めたいと考えているからだ。
無料でAIの基礎技術(TensorFlowのこと)を使えるとなれば、世界のAI開発者がTensorFlowを使おうとするだろう。彼らはグーグルが想定していなかった使い方を考えるかもしれない。
そうなれば、消費者も短期間でAIの恩恵を受けられるようになる。AIの利便性に目覚めた消費者はより便利なAIシステムを求めるようになる。このようにしてAIのない世界が考えられない世界ができあがる。現代のネット社会のようなものだ。
AIの世界になったときに、開発者の多くがグーグルの技術を使っていれば、グーグルは彼らから頼りにされるようになる。このタイミングでグーグルがより高度なAI技術を有料で販売すれば、グーグル方式に慣れている開発者はそれを購入するようになる。
それはグーグルに莫大な利益をもたらすだろう。
TensorFlowのオープンソース化は、グーグル方式によるAI開発を世界中に広めるための先行投資というわけである。
TensorFlowで何ができるのか
AI開発者は、TensorFlowを使って何ができるのだろうか。
TensorFlowを搭載したAIシステムは、次の作業を行うことができる。
・言語翻訳
・音声認識
・画像認識
木材とネジと接着剤を使って、椅子をつくることもテーブルをつくることも本棚をつくることもできるように、TensorFlowのこの3つの機能を使えばさまざまな用途のAIシステムを構築することができる。
言語翻訳機能を使えば、自動翻訳機をつくることができる。グーグルはすでに独自の翻訳サービスを無料公開しているが、100%完璧に翻訳できているわけではない。
そこで翻訳会社が独自の翻訳ノウハウとTensorFlowを合体させれば、優秀な翻訳ソフトを開発できるだろう。
ブラジルの熱帯雨林で、不法伐採の監視装置にTensorFlowの音声認識機能が搭載された。
携帯電話を樹木に隠すように設置して、森のなかの音声を集める。その音声をTensorFlowに分析させ、チェーンソーやトラックの音を抽出する。
犯人たちはトラックで森のなかに乗り込み、チェーンソーで木を伐採するので、その音を検知できたときに現場に向かえば、犯人たちを逮捕することができる。
画像認識機能は、網膜の写真から糖尿病性網膜症という病気の兆候を発見したり、害虫に食われている野菜をみつけたりすることに使われている。
TensorFlowの特徴は
TensorFlowの最大の特徴は「テンソルであること」だ。テンソルとは多次元配列という意味である。
AIでデータを処理するとき、データは管のなかを通る水のように流れていく。多次元配列の配列とは、管のことである。
管が1本しかない状態のことを、単なる配列という。複数の管が横一列に並んでいる状態を、一次元配列という。そして管が横にも縦にも奥にも並んでいる状態を多次元配列という。
多次元配列になると、データは大量に、かつ短時間で流れていくことができる。そうなれば、膨大なビッグデータでも、AIは短時間で処理・分析できるようになる。
TensorFlowには「データフローグラフ」という特徴もある。データフローとはデータの流れという意味であり、「データを流す」とは計算をすることだ。
グラフは、データフローの順番を定めたもの。複数のデータをどの順に計算していくかを定めたものが、データフローグラフである。
データフローグラフを設置すると、複数の計算を同時に進めることができる。しかしデータフローグラフではない計算では、順番に計算していくしかない。
グーグルはさらに、TensorFlowには、他社製品より次の点において優位性があるとしている。
・C++でプログラミングできるので柔軟性がある
・CPU用のコードとGPU用のコードを書きわける必要がなく、互換性が高い
・グーグル製品との相性がいいので、既存のグーグル製品ユーザーは開発しやすい
・各種チュートリアル(基本操作プログラム)が用意されているのですぐに試作できる
まとめ~取り込まれる覚悟があれば
グーグルはAIの世界において独自のエコシステムを構築しようとしている。エコシステムとは、市場や業種や業界の枠を超えた相互依存的なビジネス生態系のことだ。
つまりグーグルは、AI研究、AI開発、AIシステム、AIサービスなどすべてのAIにグーグルが関わっている状態を目指している。
これだけ壮大な構想を持っているグーグルには、TensorFlowの無料提供など「安い投資」なのだろう。将来のグーグルAIエコシステムに取り込まれることを容認できるのであれば、TensorFlowを使ったAIシステム開発は「あり」だろう。
<参考>
- エンドツーエンドのオープンソース機械学習プラットフォーム(グーグル)
https://www.tensorflow.org/
- グーグルが開発したオープンソースの機械学習サービスTensorFlow(テンソルフロー)とは?(データのじかん)
https://data.wingarc.com/tensor-flow-16087
- オープンソースのAI・人工知能/TensorFlowとは(OSS × Cloud News)
https://www.ossnews.jp/oss_info/TensorFlow
- ビジネスエコシステムとは何か――その定義と背景を学ぶ(京都大学経営管理大学院
- 教授椙山泰生氏)
https://businessecosystem.unisys.co.jp/definition-of-ecosystem-01/
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