【この記事は約 8 分で読み終わります。】

人工知能を武器に付加価値を高める士業

士業などはロボットに代わられるのか?今後どのような未来が待ち受けているのだろうか。

シェアする

  • RSSで記事を購読する
  • はてなブックマークに追加
  • Pokcetに保存する

士業向けAI(人工知能)のニーズ

士業というのは、弁護士、弁理士、司法書士、行政書士、税理士、公認会計士など「士」のつく職業を指す。基本的には国家試験に合格し、特殊なノウハウを持っている人たちである。ただし、消防士や救急救命士などは除く。

さて、この士業。一般には企業と契約し、その法務面や財務面のサポートをしているわけで、高度な専門性を持ってクライアントとやりとりをしているイメージがある。だが、彼らと話をしてみると、問い合わせの9割くらいはFAQ(Frequency Asked Question:良く訊かれる質問)で済むだろうと思われる内容なのだそうだ。

例えば「書類の書き方がわからない」「経理処理の方法を忘れたから説明して欲しい」「契約書の内容をチェックして欲しい」など。最後の契約書については内容によっては高度なものもあるが、中小企業からの相談に限ると、どちらかというと定型的なものが多いのだという。

もちろんこれらも立派な仕事ではあるため、事務所に所属している若手に対応をさせている場合が多い。しかし、このような問い合わせに忙殺され、より高度な仕事に着手できないようでは本末転倒でもある。

そこで、士業を支えるAIの登場となるわけだ。実際、士業以外の業種では、「AIが質問にお答えします」などという触れ込みのチャットボットや、音声による問い合わせに自動で返答を行う音声アシスタントが導入されつつある。士業の現場でも、これらを利用することによる親和性は高いものと考えられる。

士業 ロボット

会計事務所にやってくる問い合わせ

では実際に、士業の現場にやってくる問い合わせをいくつか紹介しよう。

まずは公認会計士事務所に寄せられた内容である。

「タクシーチケットは『事務費雑費』で処理するのか」

「賞与引当繰入額の予算計上について」

「クリーニング代や弁護士顧問料は業務委託費で処理して良いか」他

これらは経理処理としてどのように計上するかを問い合わせられたものである。長年経理に携わり、簿記についても相当詳しい社員であれば別だが、新人や小さな法人の経理担当者では、迷うような内容である。しかも会計事務所のメンバーに話を聞くと、同じ担当者から何度も同じ質問を受けるそうだ。つまり以前にどの様な処理をしたのか探すよりも、公認会計士に質問した方が早いと考えているということらしい。

これらは質問されるシチュエーションが変わっても、問い合わせてくる企業が変わっても、返事をする内容は変わらない。むしろ変わると問題になる。そこで株式会社TKCでは、それをQ&A(Question & Answer:質問と回答)として公開している。TKCに所属している会計事務所の方と話をすると、こういうものがあってさえ検索をするのが面倒なのか、結局電話のかかってくる本数dは変わらないそうだ。

であるならば、これらは音声アシスタントと連携させ、電話がかかってきたときに音声で自動回答してくれれば良い。うまく開発すれば、電話先の相手が様々な言い回しで質問をしてきたとしても、正しい返答を返すシステムとして成立すると考えられる。

起業相談で良くある問い合わせ

次に起業を考えている人たちからの相談である。ここには先ほどの会計事務所とは異なり、法律に関する質問(弁護士が対応)、登記などの手続きに関する質問(司法書士が対応)、特許や知的財産に関する質問(弁理士が対応)、資金調達や経理に関する質問(公認会計士や税理士が対応)など、多岐にわたる質問が寄せられる。つまり、単独の士業では対応することはできない。

しかし、こちらも起業に必要な情報は業種を問わず基本的に同じである。

「会社を作ったときの資本金は使えないのか」

「創業時に使える助成金制度について」

「個人事業主から法人化する場合の手続き」

など、問い合わせ内容に対する回答が定型文で済むようなものもあり、起業家を支援している団体ではすでにFAQのような形で情報を蓄積しているところもある。これをAIに学習させ、簡単な問い合わせについては自動で回答させてしまいたいという要望がある。実際にAI関係の仕事をしているとそういう相談を受ける。

また起業したい側もこういう相談事に時間を費やするよりは本業の方に集中したいという思惑があり、基本的な部分についてはあらかじめ情報を入手しておき、ビジネスに固有の特殊な内容だけを対面で相談したいと考えるようだ。

こちらの方も、音声アシスタントにするかチャットボットを使うかは別として、自動化すれば相談する側にもされる側にもメリットとなる。

士業向けAI製品開発のポイント

では、士業向けのAI製品を開発するにあたって、注意すべきポイントは何だろうか。幾つかあるが、ここでは3つのポイントについて解説したい。その3つとは「データの蓄積」「専門用語の置き換え」「音声での対応」である。

データの蓄積

まず、ディープラーニングを利用するAIに共通して言えることだが、データをどれだけ蓄積しているかだ。特に、質問内容の蓄積と、その分類がキッチリと行われていることが大前提となる。FAQやQ&Aは、典型的な質問について解説しているが、これらは元々、さまざまな言い回しであったものを「要はこういう内容」という形でまとめてしまったものだ。

「Q(質問)」に対する「A(回答)」はそれでも良いが、ディープラーニングでAIに学習させる「Q」の部分にはバリエーションが欲しい。とかく、質問する側は同じ内容を訊く場合でも、人によって全く異なる質問の仕方や言葉使いになる。それは専門用語を知っているかどうかというのもあるが、自分の置かれたシチュエーションを前提に質問するためである。一方、弁護士などの士業の方々は、相談受付票などの形で、質問内容やそれに対する回答などを整理して持っているはずである。そこには同じ回答をした場合でも、質問のされ方は千差万別であったことが記録されている。残念ながらこれらは紙に手書きされている可能性が高いが、それをテキストデータとして書き起こすことがまずは求められる。これがAIにとっての学習データになるので、できる限り多くの相談受付票がデータ化されるようにした方が良い。

専門用語の置き換え

次に専門用語の置き換えである。士業関係の問い合わせでは、問い合わせに対する事例は揃っているものの、いかに問い合わせをしてきた人に合わせた回答を返すかが問題となる。ともすれば専門用語が羅列されていて、「回答は得られたけど、何をどうすれば良いのか意味が分からない」という事が起こりかねない。

とはいえ、専門家としては厳密さを追求した結果、難しくなりすぎると使い勝手が悪くなるのも問題だが、わかりやすくしすぎて厳密さが失われてしまうと誤解を生じてしまう可能性もある。従って、表示する回答内容を一般人向けの言葉に直してデータ化する際に、しっかりと監修をしておけば、厳密さとわかりやすさを両立させた自動回答が可能となる。

一方、質問についても専門用語が入っていない内容から、どういうことを訊かれているのかをしっかりと把握し、内容の振り分けを行う事が必要となる。先に相談受付票のデータ化の話をしたが、この点を踏まえながらデータ化しなければならない。

音声での対応

最後に音声での対応である。実のところ、こういう問い合わせについては全員がインターネット上でのやりとりに慣れているわけではない。実際にFAQのような形でまとめていても、面倒なので電話をしてくるという行動を取る人は多い。従って、電話と連携して返事が返せるような仕組みに組み上げることを考える必要がある。

ただしその場合に重要なのは、いかに自然な返答ができるかである。インターネット上での問い合わせに慣れている人であれば、電話や会話アプリからの返答が合成音声でも問題はない。しかし電話でしか質問ができない人にとっては、事務所にかけたつもりが出て来た相手があからさまな合成音声だと、内容がどれだけ丁寧かつ良質な回答であっても、相手が人間ではないということに残念な感じを受けてしまう。臨機応変なやりとりを目指す、または頻繁に内容のアップデートを行うのであれば合成音声が必要になるが、質問内容に対して決まった答えをするだけなのであれば、回答内容をナレーターに読んでもらい、それを音声データとして準備するという手もある。どちらにするかは仕様次第で考えれば良い。

他のアイデア

もう一つ、こちらは世の中でよく言われている「AIが人間の仕事を奪う」という話に関連したものだ。ここでも士業はAIによる代替が可能だと言われている。例えば弁護士の場合、裁判に必要な資料として、関連法規や判例を集めるのは若手の仕事とされている。しかしこれは人間よりもコンピューターが得意な分野であり、こういった部分は速かれ遅かれAIに取って代わられる。この辺は弁護士にとってはあくまでも仕事の目標を達成するための「作業」でしかないため、自動化できるのであればそれに越したことはない。ただし、これは検索ノウハウをどの様にしてAI化するための教育データを作成するかは問題となる。

一方、資格を取ったばかりの若手はこの「作業」を行うことで一人前になっていくとされる。従ってこの部分がAI化されてしまうと、若手の育成については何か他の方法を考えないといけなくなる。

これは会計士や税理士など、簿記・会計の分野でも同じ事が言える。帳簿での仕分や転記、そこから基本的な財務諸表を作成するところまではほぼ自動化できる。それは仕事ではなく、単なる作業でしかないためである。士業は最終的な財務諸表をどの様に見せるのか、財務諸表から経営へのアドバイスを行うといった、より高度な仕事内容へシフトしていく必要があるが、やはり下積みによる業務経験をどのように確保していくのかが問題になる。

とはいえ、AIもしくはRPA(Robotic Process Automation)による自動化はどんどん進んで行くものと思われる。

最後に:AI化の先にある世界

経理上の相談や法律相談など、士業を営んでいる組織も、チャットボットや音声アシスタントの導入には向いている。簡単な相談についてはある意味、手順や手続きの案内でしかないため、士業を営んでいる方にしても、良くある質問に回答するという「作業」に時間を取られる事なく、より高度で難易度の高いミッションに注力する事ができるようになる。

また、若手の行う作業については、AIやRPAに取って代わられる可能性が高い。そういう意味ではこれらを導入することによって作業を自動化していくことになるだろう。

このように、AIによる自動化により、人間はより難易度が高く、より付加価値の高い仕事に注力できるようになる。今後はAIを使いこなし、作業を効率化することにより、より多くの、そしてより高度な仕事を行えるようになった事務所が、士業として伸びていくことになる。一方、「作業」の効率を高めることができないところは、自動化とそれによる仕事の処理速度向上の流れに取り残され、だんだんと苦戦していくこととなる。AIに使われる側ではなく、AIを使う側に回れたものだけが生き残っていくだろう。


<参考>

  1. 日本弁護士連合会 よくある「相談内容」
    https://www.nichibenren.or.jp/contact/attorney.html
  2. 起業相談FAQ:わたしと起業
    http://www.watashi-kigyou.com/faq.htm
  3. 社会福祉法人会計Q&A(株式会社TKC)http://sysqa.tkc.co.jp/SystemqaSWInternet/Main/SystemIndex.aspx?system_id=1044&category_id=1615
  4. AIで士業は変わるか? 【第2回】「AI時代に変容を遂げる士業の姿」
    https://profession-net.com/professionjournal/reading-180/
  5. AIで士業は変わるか? 【第5回】「AIの時代の税理士業を予想する」https://profession-net.com/professionjournal/reading-185/
  6. AIで士業は変わるか? 【第6回】「AIにできること、ヒトだけができること」https://profession-net.com/professionjournal/reading-186/
  7. AIで士業は変わるか? 【第18回】「AIで税理士業は変わるか」https://profession-net.com/professionjournal/reading-203/
  8. AIで士業は変わるか? 【第19回】「ITの進化・AIの活用と会計事務所業界」https://profession-net.com/professionjournal/reading-204/
  9. 「“作業”と“仕事”の違いは何だと思いますか? 」http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090612/197453/
  10. 弁護士と司法書士、税理士等の業務の違いhttps://www.bengo4.com/about_lawyers/3/
  11. AIで弁護士も大量に失業する時代が来る
    https://toyokeizai.net/articles/-/207912
  12. Watsonハッカソン
    http://event.samurai-incubate.asia/watson-hack/
  13. THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?
    https://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf
  14. 日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に
    https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspx
  15. RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)https://home.kpmg.com/jp/ja/home/insights/2016/05/robotic-process-automation.html
シェア

役にたったらいいね!
してください

シェアする

  • RSSで記事を購読する
  • はてなブックマークに追加
  • Pokcetに保存する