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農業や漁業などの一次産業こそAIを必要としている

動物や植物を扱う一次産業は、AI(人工知能)から最も遠い事業分野のひとつだ。しかしだからこそAIを投入すると生産性が格段に向上する。

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AI(人工知能)を含むIT業界は「何次産業なのか」という疑問がある。パソコンやスマホつくる工場は二次産業に属するが、クラウドサービスやeコマースなどは三次産業になる。しかしスマホをつくりながらAIサービスを提供している企業もある。AIの新しさや革新性からすると、既存の「〇次産業」ではくくりにくい。

ただ、AIは「農業や漁業などの一次産業には属さない」ということだけは確かだ。

一次産業は太陽と土と水の世界なので、無菌室のほうが居心地がいいAIには不向きである。しかし不向きという先入観があるから手をつける人が少ない。ということは、一次産業はAIビジネスにとってブルーオーシャン(手が付けられていない市場)なのかもしれない。

そしてAIは、一次産業にソリューションを提供している。

一次産業とAIの相性を探ってみた。

AI(人口知能) 一次産業

AI導入の下地づくりとしてのIT導入

慶応義塾大学准教授(環境情報学)の神成淳司氏はAIの専門家であり、政府のIT政策に深くかかわっている。神成氏は内閣官房情報通信技術総合戦略室長代理という肩書を持っている。

神成氏は、農業の高付加価値化に取り組んでいる。日本は食糧自給率が低く、農業の国際競争力が低いといわれている。

しかしその一方で、11万円のマンゴーや1500円のイチゴをつくっている農家もいる。年収1,000万円以上を稼ぐ農家も、少なからず存在する。

神成氏のミッションは、最先端技術で高付加価値農家を増やすことだ。ただ氏は、お得意のAIをあえて封印し、ITでそれを達成しようとしている。

日本の農業にはAIはまだ早い?

AIITは概念的にも質的も異なるが、歴史的にはITの発展のなかでAIが誕生した。そういった意味では、AIITより新しい技術であるといえる。

なぜ神成氏は、進化形のAIではなく、あえて古い(というと語弊があるが)ITを使っているのだろうか。もちろん氏には深い考えがある。

神成氏は日経BP社のインタビューに対し、次のように答えている。

・人の可能性には天井がない

AIのディープラーニング(深層学習)でも無作為な情報からひらめきを得ることは難しい

神成氏は日本の農業を観察して、熟練した農家のほうが、ITAIなどの機械より優位にあるとみている。これが「天井知らずの人の可能性」というわけだ。

そして神成氏は、現代の技術レベルでは、AIに農業を教えることは労力がかかりすぎる、とみる。いまは「まだ」AIを使わずに、人(農業の後継者たち)を育成しようと考えたのである。

しかし、ただ人を育成しようとしてもうまくいかないので、まずはITで効率的な農業の仕組みをつくり、新人農家がスムーズに農業スキルを獲得できるようにしよう、というのだ。

つまり、いま「AIという種」を「日本農業という農地」にまいても枯れてしまうので、まずは「ITという耕運機」で「農地」を耕すというわけだ。

暗黙知を解析できれば高付加価値化と生産性向上の二兎を追える

神成氏のいう農業のIT化は、暗黙知を形式知に置き換えることだ。暗黙知とは、「うまく言葉で説明できないけど、体と頭が覚えているからできている」というスキルだ。

一方の形式知は、資料に書かれてあったりデータ化されたりしている知識や情報のことだ。

神成氏が熟練農家と新人農家にアイカメラを装着したところ、作業中の視線の動きがまったく違うことがわかった。熟練農家の無意識の動きが暗黙知で、アイカメラで判明した視線の軌跡が形式知である。アイカメラというITが、見事に暗黙知を形式知に変換した。

このような農業のIT化を1つひとつ積み重ねれば、1人前の農家になるまでにこれまで10年かかっていたものが、5年に短縮できる。

そこまでITの素地ができあがれば、そこにAIを導入すれば農業は加速度的に進化できる。

農業では流通がボトルネックになることがあるが、AIで流通革命が起きれば、高付加価値化できた農産物を効率よく販売できる。

またAIが気象や土壌の状態や食物の生育を観察・予測できれば、生産性は格段に向上する。さらにAI化された植物工場をつくれば、日本の新たな輸出産業になるかもしれない。

AI(人口知能) 一次産業

漁労長の経験と勘をAIに落とし込む

漁業のAI化を目指しているのは、航海や海洋気象観測に関わる機器類の保守・修理を行っている長崎県佐世保市の株式会社佐世保航海側器社と、福岡市のAI企業である株式会社グルーヴノーツなどの九州勢だ。

漁業の今日的な課題

一次産業における担い手の高齢化と後継者不足は社会問題になっているが、漁業ではさらに、資源保護の観点から漁獲量制限がある。日本の漁業は、獲りたくても獲れないし、獲れるときでも獲れないという、二重苦を抱えている。

しかしそのうち、「獲れるし獲っていいといわれても獲れない」状況になるかもしれない。それは漁労長たち熟練漁業者の技術を引き継ぐ者がいないからだ。

漁労長は漁船の司令塔だ。その日の漁場や漁法を決めたり、漁に出るタイミングを図ったりする。複数の漁船が同じ海域に入っても、漁労長の腕次第で水揚げ高がまったく異なるといわれている。

漁労長の海の知識も暗黙知のひとつである。もし漁労長が、後継者を育成する前に引退してしまったら、漁獲高が減って船員たちの収入に打撃を与える。それだけではない。1つの漁港で相次いで漁労長が現役を退いたら、漁業組合や卸業、水産加工場の経営も傾いてしまう。

つまり漁労長の暗黙知は、漁業のマチを支えている。

そこで海のビジネスをしている佐世保航海側器社とAIのグルーヴノーツがタッグを組んで「漁労長のDNAの継承」に乗り出したわけである。

過去の日誌と現在の漁の情報でAIを鍛える

AIは一般的なアプリやソフトと異なり、コンピュータに搭載してすぐに力を発揮することはできない。AIは先生から教えてもらうことで賢くなる。

漁業AIの先生は、漁労長たちだ。佐世保航海側器社などはまず、漁労長たちの日誌を入手して、そこに記されている毎日の漁獲量や海水温、漁を行った海域などを入力した。それと同時に過去の海洋気象データも入力していく。これにより、漁と気象の関連性も把握できる。

日々のデータを入力することは、どのAI導入現場でも行う作業だ。

人間の先生が人間の生徒を教えるときは、やり方をまず見せる。人間はビジュアル情報のほうが短時間で鮮明に記憶できるからだ。人間の生徒がいきなりデータだけ渡されてもとまどうだけだ。

しかし新人AIは、なにより大量のデータを必要とする。AIに大量のデータさえ入力すれば、後はAIがデータのなかから法則を探し出す。つまりAIはデータ化された暗黙知を形式知に加工していくのである。

よく獲れる海がわかる

佐世保航海側器社などは次に、漁労長たちに「トリトンの矛」という名称のアプリを搭載したタブレットを渡した。漁労長たちはこれに「操業した地図」「操業日誌」「休日」「気象データ」「潮目」「獲れた魚種」「漁獲量」などを入力していく。

過去の日誌の内容やタブレットに入力した情報やデータは、ほかの漁労長にも他社にも公開しない。

佐世保航海側器社などが提供するのは、情報やデータを元にAIが解析した、よく獲れた海域と、あまり獲れなかった海域の情報だ。

若手漁師がこの情報を手掛かりに漁を行えば、一気にベテラン漁労長との距離を縮めることができるというわけだ。

長崎の海を活用しながら守る

佐世保航海側器社は、漁業者から後継者不足の問題を頻繁に耳にしていて、それがこのAI漁業を開発する動機になった。同社の地元である漁業のマチ長崎が抱える課題を解決するために立ち上がった。

同社はこのAIシステムを宮崎県に「輸出」し、さらに巻き網漁向けAI、定置網漁AI、養殖業向けAIも随時開発していくという。

まだある。

小売店や消費者の魚介類需要を把握して漁師たちに情報提供できれば、供給量を調整できるようになる。獲れすぎによる魚価の低下を防ぐことができ、漁師たちの収入が安定する。それは同時に無駄な漁を減らすことにつながり、自然な資源保護ができ、漁師たちの労働時間や漁船の燃料費を減らすことができる。

まとめ~技術の引き継ぎの短時間化が急務

ITでしっかり地固めしてからAIの導入を目指す神成氏の構想も、漁猟長のスキルをAIで見える化して若い漁師に引き継ぐ長崎の海の取り組みも、解決すべき課題は同じだ。

一次産業の担い手たちが築き上げてきたスキルという名の財産を、どのように継承していくか、だ。

もし継承できなければ、先達が50年かけてつくりあげた技術を、またいちからつくっていかなければならない。そうなればまた50年かかることになる。

後継者不足は、人口減少が起源になっている。人口減少は日本全体の問題なので、一次産業だけでこの課題を解決することは難しい。そこでAIの力を借りるわけである。

AIは大量のデータから法則を見つけだす。AIは疲れ知らずだから、大量のデータを読み込むことを苦にしない。またAIの記憶力は完璧だから、最初に読み込んだデータと、終盤に読み込んだデータの関連性も見逃さない。いずれも人間が不得手とする作業である。

しかも人間は、特に一次産業の担い手は自然を相手にするので、どうしてもトライ&エラーを繰り返すことでしか、熟練の域にたどり着くことができない。トライ&エラーは人をとても疲弊させる。AIはそのしんどさを解消してくれるかもしれない。

AIはまだベテラン農業者にもベテラン漁業者にも追いついていないが、ITになじみのある若手の担い手たちには強い味方になるはずだ。


<参考>

  1. 「水やり10年」から「AI農業」へ、農業を主要産業の一つに押し上げたい(日経BP)
    https://business.nikkeibp.co.jp/atclcmp/15/030900037/080400010/?P=1
  2. ベテラン漁師のノウハウ、AIに 佐世保航海測器社(日本経済新聞)
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO3418105015082018LX0000/
  3. この国を守る人を、護り続ける。(オーシャンソリューションテクノロジー株式会社)
    http://www.ocean5.co.jp/
  4. 株式会社佐世保航海測器社(佐世保工業会)
    http://www.industry-sasebo.jp/corporation/%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%80%80%E4%BD%90%E4%B8%96%E4%BF%9D%E8%88%AA%E6%B5%B7%E6%B8%AC%E5%99%A8%E7%A4%BE
  5. 株式会社グルーヴノーツ
    https://www.groovenauts.jp/company/
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