AI(人工知能)を学校教育の現場に導入する動きがじわりと広がっている。学校教育の専門家も「教育の多くはAIに置き換えることができる」といっている。
しかし教育といえば、知識がある人が知識がない人に知識を授ける極めて人間的な活動だ。そして知識がない人が知識を持つことが難しいからこそ、教師という専門職が生まれたわけである。
確かにAIを使えば勉強効率くらいなら上がりそうだが、本当に「教育の多く」をAI化することができるのだろうか。
AIと学校教育の相性とメリットとは
そもそもAIと学校教育の相性はよい。
もちろんAIが苦手な部分はある。部活動の指導や思春期特有の悩みへの対応、道徳や人生哲学のようなもの、物事の善悪、情操教育といった「子供の心」に関することは、「まだ」人間の教師に任せたほうがよいだろう。
ただ将来的には「子供の心」に関する教育でも、AIが活躍するかもしれない。
AIの「得意技」を知ると、学業との相性のよさが理解できるだろう。AIは次の項目に関して、人間より正確に行うことができる。
AIは人でごった返す空港のなかから指名手配犯をみつけることができる。また駅のホームでうずくまった人が、靴ひもを結んでいるのか、腹痛を起こしているのかも見分ける。つまりAIは大群衆の観察が得意だ。
学校にも大人数の子供たちがいて、思い思いの行動を取っている。しかしAIはしっかりと1人ひとりの子供をサーチして、その言動を観察できる。1人の教師では到底こなせない観察の量を、AIはやすやすとこなすだろう。
そして人間の教師の記憶力には限界があるが、AIにはほぼない。そのため子供たちの教科の成績や部活動での活躍、または問題行動といった情報を完全に記録することができる。
そしてAIは大量の情報のなかから法則性をみつけることが得意なので、1人の子供が生み出す大量の情報からその子の傾向を分析することもできるだろう。
そしてAIは成功事例と失敗事例の両方から学び、解決方法を導き出すことが得意である。これを教育現場に応用すれば、特定の子供の特定の問題に焦点を当てた解決策を出すことができる。
これらのアイデアはあくまで仮説だが、AIのビジネスシーンでの使われ方から類推すると、十分可能性があるだろう。
「AIと教育」のマッチングの検討が始まっている~東京学芸大の取り組みとは
AI教師の将来性をみたところで、次に、AIが代替できる教育現場の具体的な業務を考えていこう。
小中高校などの教師の養成機関として全国有数の実績を誇るのが、東京学芸大学だ。幼稚園から高校まで11の附属教育機関を持ち、先生の卵(学生)たちに実習をさせている。
その東京学芸大学の副学長で教員でもある松田恵示氏が、「教育の多くはAIに置き換えることができる」といっているのである。
AIを開発する企業が「AIは学校教育もできる」と提案するケースは珍しくないが、教育のプロ中のプロが「AI教育」を有望視しているのは、意外な印象を受けるのではないだろうか。
しかし、松田氏の狙いを聞くと、確かにAIは学校教育とマッチングさせる必要があると感じるだろう。
東京学芸大学は2016年10月に、株式会社リクルートマーケティングパートナーズのシンクタンク部門、リクルート次世代教育研究院と「AI×教育」というプロジェクトを立ち上げた。
その狙いについて松田氏は次のように話している。
AI時代における「生きる力」とはなにか、その生きる力を子供たちに身につけさせる「学び」はどうあるべきか、その学びを教える教員養成はどうあるべきか、を考えなければならない。
AIは工業もサービス業も農業も変えるだろう。ということは、いまの子供たちはAI時代に生きなければならない。IT時代を乗り切るために、子供のころからスマホやパソコンに接するように、AI時代を乗り切るには子供のころからAIに接していなければならない、ということだ。
AI×教育プロジェクトには、東京学芸大学の総合教育科学、人文社会科学、自然科学、芸術・スポーツ科学などの分野の教授ら十数人が参加する。
東京学芸大学は文部科学省にさまざまな提言を行っている。すなわち日本の学校教育をリードしている立場にある。
そのため近い将来、日本の学校教育にAIが現れることは十分考えられる。
AI教育を受けた受験生がセンター試験の数学を44点上昇させた
東京都中央区に本社を置くアタマプラス株式会社という会社が、AIを使った受験教育システムをつくり驚異的な実績をあげた。
ある学習塾で、まだこのAI教育を受けていない高校3年生たちに2016年のセンター試験の追試(過去問)の数学試験を受けさせ、その後、このAI教育を受けさせた。
しばらくして同じ生徒に2016年のセンター試験の本試験(過去問)の数学試験を受けさせたところ、平均20点も上昇した。なかには31点から75点に44点も上がった生徒もいた。
同じ年の本試験と追試験の難易度はほぼ同じなので、この結果はAI教育の実績を考えていい。
この塾の講師は、短期間での学習では、1人や2人の生徒の成績が上がることはあるが、塾全体を底上げできたことはない、とその威力に舌を巻いている。
アタマプラスのAI教育は、タブレットで学習する。生徒たちはタブレットの動画をみながら、解説音声をイヤホンで聞く。
塾では生徒たちが並び、黙々とタブレットに向かっているが、学んでいる内容は全員異なる。それはAIが「その子」の苦手分野を分析し、集中的に「勉強させている」からだ。
ではこの塾の講師は何をしているのかというと、生徒たちのやる気を引き出す。講師の手元のパソコンには、どの生徒がどの学習をしていて、どのような状況にあるのかが、リアルタイムで表示される。
そして生徒がある学習テーマをクリアできそうになると、講師のパソコンに「合格間近」と表示されるので、講師はその生徒のところに行って「合格したね」と声をかける。
このAI教育システムを使えば、生徒1人ひとりにマッチした学習を提供することと、やる気を引き出すことを、分業することができる。
AIは生徒1人ひとりの学習状況を把握することが得意だ。そして1人ひとりの生徒の弱点も強みも把握できる。生徒が弱点克服に力を入れたいときは獲得できていない知識を教え、得意科目を伸ばしたいときは応用問題や難問を出すことができる。
しかし子供たちのやる気を引き出すことは、「まだ」AIでは難しい。それを人間が担当するのである。
AIによって教師の教育力が上がるはず
AIは、教師の教育力を上げるはずだ。なぜなら1人の教師が生徒1人ひとりの習熟度に合わせて教育を提供することはとても手間がかかるからだ。
学校の教室には30~40人もの子供がいる。授業内容をどのレベルに合わせても、別のレベルの子供には不満が残る。
このジレンマは、例えば東大を狙う成績優秀者のみを集めた教室でも生じるはずだ。
しかし子供たち1人ひとりの習熟度に合わせた授業を提供することは、理想の教育のはずだ。AIを使えばその理想をかなえることができる。
教師には、AI教育を使いこなすプロデューサーのような役割が求められるだろう。子供たちの「勉強スイッチ」をONにしてあげる必要もあるし、タブレットとイヤホンによる学習に飽きた子供への対応もしなければならない。
また、AI教育だけでは人と人とのかかわり合いやコミュニケーションが減ってしまうので、「人間味」を与えることも、人間の教師には求められる。
また、AIに学習させる教師も必要だろう。例えば英語教育は、読むから聞く、そして話すへと、長い年月をかけて様変わりしてきた。それは、日本人が必要とする英語力が時代とともに変わってきたからだ。
AIに「英語の読解力を高める教育をせよ」と教えれば、AIは一生懸命、子供たちの読む力を磨こうとするだろう。
そのAIに「今度は英語のヒアリング力を高める教育をせよ」と、方針転換を伝えるのは、やはり人間の教師の役割である。
AIは教育方針を決めることも、教育方針を変更することもできない。子供に何を学ばせると「生きる力」が身につくのか、それこそ教師が考えるべきことである。
まとめ~「賢い」ことは確実なのだから教育現場で使わない手はない
AIは「賢い」とよくいわれる。そして学校や予備校の教師や講師も「賢い」人の代表だ。ならば、賢い者どうしタッグを組んで、子供の教育に尽くせば、最良の教育が生まれるに違いない。
「AI教育によって教師の仕事が奪われる」と考えるのはナンセンスである。いくらAIが教育現場に浸透してきても、教育の主は人間の教師であり、AIは従でなければならないだろう。
<参考>
- AIで勉強のつまずき分析 東京学芸大、指導改善へ大学院(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H0U_U7A510C1CR8000/ - AIは教育をどう変えるのか(前編)産学連携で進む「AI×教育」研究の最前線(ビジネスエコシステム)
https://businessecosystem.unisys.co.jp/artificial-intelligence-in-education-01/ - 第2回AI×教育シンポジウム「未来の教育はAIに何を求めるのか?」(東京学芸大学)
http://www.u-gakugei.ac.jp/pickup-news/2018/11/2aiai.html - すべての子どもたちに教育の機会を(リクルート次世代教育研究院)
https://ring.education/ - 「勉強」がAIで激変!?テクノロジーで挑む”教育革命”(テレ東プラス)
https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/2018/018168.html - AIで、一人ひとりに、最短で「わかる!」を。(アタマプラス)
https://www.atama.plus/
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