AIによるデータ解析や血液検査で癌を早期発見する技術が開発されている。海外ではどのようにこれらの技術が、現段階で、利用されているのだろうか。
昨今、巷に溢れ居ている“人工知能”は、実は1970年台から注目を集めている分野だ。特に2010年台はエキスパートシステムと呼ばれるAI技術を応用する取り組みが実装されたり機械学習やディープラーニングの技術が現れることによって更なる期待がもたれている。さらに、IBMのワトソンプロジェクトや将棋王決戦など専門家のみならず大衆をも惹きつける出来事とも重なり今では大きく注目を集めている。
AI技術を応用して様々な分野に適用させることによって、更なる利益を生み出すのがこの技術の強みなのだが、人の命に関わる医療の分野でもその利用は少なくない。これまで培ってきたアルゴリズムの発展やディープラーニングによる診断支援、さらには現存する電子カルテ等のデータによる診断支援、新薬開発へのAI技術の応用などが次々と実装されてきている。
では、具体的にこれまでどのような取り組みがされてきたのかをIBMが開発している、診断支援を行うWatoson for Oncologyと、Grailが開発する血液検査によるがん検知技術
Guardant360の実例をみていく。
事例1「患者の最適治療法をみつけてくれる医療用AI」
2016年に開催されたサンアントニオ乳がんシンポジウムでIBMが開発する人工知能診断支援システムのWatoson for Oncologyが大きく評価され、現在医療機関への導入を進めている。Watoson for Oncologyというのはがんの診断支援を行うクラウドサービスであり、様々ながん(肺がん、乳がん、結腸・直腸がんなど)を対象にしている。取り入れられた電子カルテから年齢や症状、他の検査結果などの患者の基本情報を読み取って属性データを特定し、事前に組み込まれた治療方針データの中から最適なものを示すことが可能である。
先述のシンポジウムで示されたWatoson for Oncologyを実際に利用しているインドのManipal総合がんセンターとManipal病院から実際のデータが示された。600人以上もの乳がん患者を対象に医師が最適な治療法を特定するために情報収集やその解析に要する時間を人間が行ったときの時間とWatoson for Oncologyがそれを行ったときの時間で比較した結果、驚くことに、人間がそれを行ったときに約20分費やしたのに対してWatoson for Oncologyは40秒で割り出したのだ。
しかしこの技術には傑出して優れている部分とあまり得意ではない分野があり、以上の実験を行った際、全体として90%の特定した最適治療法が医師と合致したのに対して転移がんは45%しか一致しなかったのである。そのため、まだこの段階ではこの技術は医師の代替要員として導入されることはできず、あくまでも補完要員として導入されるべきだと、このシンポジウムで評価された。
この評価を受けてIBMはさらなる研究開発を進め、2017年の6月にWatoson for Oncologyはいくつかの調査結果を発表した。まず、治験を行う際の患者選別に要する時間を、自然言語処理技術を通して治験実施計画書を読み込み、その選択・除外基準と比較して自動的に不適格な患者を自動的に排除することで、これまでの1時間50分を24分に短縮させることに成功した。また、最適治療法に関して肺がんの症例では96%、直腸がんに対して93%の一致率を達成することに成功した。さらに、がん治療を支援するWatoson for Oncologyの導入した医療機関も追加されインド、中国、スペイン、アメリカなど約50か所で利用されることになった。これにより情報量も増えるためにさらなる信頼度向上が見込められる。
事例2「1液の血液でガンを早期発見するGuardant360」
アメリカのGrailでは血液検査を通じてがんを診断するGuardant360の開発に取り組んでいる。この技術は、血液の中に存在する微小ながん遺伝子を検知するもので、患者の血液に含まれている遺伝子情報を分析し、がん治療に対してがん細胞がどのような反応をみせるのかを調査している。
Guardant360が目指す目標は1液の血液からがんを早期発見するという今まで人間が夢に見ていた技術“リキッドバイオプシー”の実現である。これによって簡単な血液検査を通じて、がんを発症しているがまだ症状としては現れていない健康な人に早期の診断を下すことができる。
しかし、この技術の実現は困難を極め、これまでに多くの研究者たちを苦しめてきたのだ。というのも、早期の段階で血液の中に存在するがん細胞の質量は非常に乏しく、腫瘍のDNAの含有量の割合は0.1パーセントなのである。また、この微細ながん細胞を検知できるという信頼を勝ち取るための方法もまた難しく、何千人もの患者をテストし、実際にその患者ががんを発症するのかどうかを待たないとこの技術の信ぴょう性を得ることは出来ない。また、Guardant360をはじめ乳がんを早期発見するマンモグラフィー検査や前立腺がんを発見するたんぱく質測定検査などは誤診をしてしまうことも多い。これによって患者は不要な不安や経済的負担を被ることになってしまう。
以上のことから現段階でGuardant360が普及して実際の医療現場で利用される見込みはあまりない。ハーバード大学ダナ・ファーバーがん研究所で胸部腫瘍学を研究しているジェフ・オクスナード教授は、下記のように、この技術に対して懐疑的な姿勢を見せている。
「この種の検査は、がんの家族歴がある人や、すでにスキャン検査で異常が見つかっている人については、リスクの程度を見極めるために役立つでしょう。しかし、リキッドバイオプシーがあらゆるがんを診断できることを裏付けるデータは存在しないと思います。結局のところ、手順を短縮する方法のひとつにすぎないのです」
出典:WIRED
しかし、オクスナード教授はGuardant360の技術における大きなメリットをいくつか挙げている。まず、腫瘍があるであろう位置を機械学習モデルを追加することで、特定することができるようになり、従来の技術ではこれは難しいことであった。実際に数種のガンにおいておよそ80%の精度で特定することに成功している。また、コスパの面でもこの技術は患者にとって大きな貢献を与える。この検査は1回500ドル前後で利用できることが分かっている。
現在も研究が進められているGuardant360は、様々な国内外問わず様々な大企業から経済的支援を受けて、今やシリコンヴァレーの一部と肩を並べて活動しているためどこまでこの技術が多くの患者に貢献を与えてくれるのか、注目が集められている。
まとめ
現段階において医療用AI技術が完全実装されているわけではなく、あくまでも補完要員としてであったり実験の段階ではあるのだが、史上最高に盛り上がりを見せているAIブームによって多くの研究機関や企業がこの技術を支援することで。やがては結果に実を結ぶのを我々は期待して待っていたい。
<参考>
- 独立行政法人情報処理推進機構AI白書編集委員会 編『AI白書2017人工知能がもたらす技術の革新と社会の変貌』(アスキー総合研究所)
- がんは「1滴の血液」から早期発見できるのか──進化するリキッドバイオプシー技術の「夢」と現実 (Wired)
https://wired.jp/2018/02/19/cancer-diagnosis-liquid-biopsies/ - がん診断支援システムIBM Watson for Oncologyが医師の推奨と高い一致度を示す (海外癌医療情報リファレンス)
https://www.cancerit.jp/53450.html
- 臨床医がWatsonのコグニティブ・テクノロジーとがん治療の新たな根拠をASCO 2017において発表 (IBM)
https://www-03.ibm.com/press/jp/ja/pressrelease/52549.wss
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