医療分野には、医師や看護師のほかにも、検査技師や病院事務など幅広い専門業務が存在する。医療業務は専門的かつ労働時間が長いため、仕事の負担が大きい。
人工知能(AI)はさまざまな作業の効率化を実行できることから、幅広く産業に利用されている。そこで医療分野でどのようにAIが活用されるのかについてみていこう。
続きを読む医療分野で活用されるAIとは?
医療に限らず、製造業やサービス業などあらゆる産業で役に立つのが、人工知能(AI)だ。とりわけ応用が期待されているのが、「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる機械学習である。ビッグデータを学習し特徴量を導き、それをもとにAIが判断を行なう。囲碁プログラムAlpha Goで実証されたように、作業さえ限定すればディープラーニングの威力は人間をも凌駕する。
医療分野においても多種多様なビッグデータが眠っている。カルテの情報や医学論文といった目に見えるビッグデータはもとより、遺伝子情報や医薬品に使用される化学化合物のデータベースに保管されるビッグデータ。また他業種同様、センサーを設置し、見える化を施したビッグデータなど広範に及ぶ。これらのビッグデータをAIで学習させれば、病院業務の効率化や医師への医療支援、患者の健康管理など、さまざまな分野に応用できる。
AIの側からみれば、ディープラーニングはさまざまな作業に強みを発揮する。画像認識や言語認識はもとより、作業の効率化、意思決定の支援などさまざまなシーンでの活用が期待できる。医療やヘルスケアの場合、患者の健康増進や医師による手術の支援、高精度な診断や医師の労働負担の軽減といった目的が明確化しているため、AIの活用方法に頭を悩ませることもない。
つまり、AIと医療分野との相性は高いといえるだろう。
医療分野でのAI技術の導入例
PHR(個人健康記録)
パーソナル・ヘルス・レコード(PHR)は、患者が自らの医療健康情報へのアクセスや管理、共有することができるシステムである。PHRが登場した背景には、インターネットなどのIT技術の進歩がある。PCやスマートフォンからインターネットにアクセスできるだけでなく、遺伝子情報などがコンピューターの進歩で明らかになるなど、共有できる情報もまた爆発的に増加している。このPHRに目をつけたのがアメリカである。医療費の増大から、予防可能な疫病を抱えるアメリカ国民が増加しているという。そこで、PHRを活用し健康増進に向かうことが国民に求められている。
このPHRを効率化できるのが、IoTやAIといった最新技術である。病院が保管するカルテなどの情報(EMR)とPHRとを統合し、医療に活用したり、心拍数等のバイタルデータ等が管理される。これらをAIで解析し医療の発展に活用する取り組みが始まっている。
創薬
創薬もまた、近年は様変わりしている。かつてはどの薬が効果的であるか、臨床実験などによってひとつひとつチェックしていた。薬に含まれる化学化合物が被験者の体内にあるタンパク質と結びついて病気に有効か等がチェックされる。ところが薬に使われる有機化合物の数は数千万単位で存在する。そのため、どの有機化合物が医薬品に使えそうかについてタンパク質を実際に使って検証していたのでは、時間と予算がかかる。そこでタンパク質をスーパーコンピューターでシミュレーションし、化学化合物と結合しやすいか等が計算されるようになった。この計算にAIの活用が検討されている。AIを活用することで、膨大な計算が効率よく行なえるようになる。医薬品の開発には10年もの歳月がかかるといわれているが、どの有機化合物が病気に有効かをAIで計算できれば、開発サイクルを短縮することも可能だ。
病院業務の効率化
病院業務は、医師の診断や手術といった専門的業務に限定されない。看護師の分担といった病院経営、病院への医療的な相談など数多く存在する。病院の看護師を効率よく病棟に配備するためには、病院の状況が「見える化」されなければならない。どの病棟が忙しい状況なのかや、看護師の余裕があるかといったデータをもとに、看護師の配備を効率化することも可能だ。これらの効率化には、AIが有効である。見える化したビッグデータを学習することは、ディープラーニングが得意とする分野だ。
またオンライン上の医療的な相談窓口にチャットボットを導入することも可能だ。わざわざ医療スタッフが返答しなくても自動的に返答するので、業務の省人化にも貢献する。AIを搭載したチャットボットは、数多く入力された会話を学習することで、適切な回答が自動的に作られる。
このように病院業務も多種多様で、各シーンでAIの活用が期待できる。
AIの導入で医師は不要になる!?
以上の導入例から示唆されるように、AIは医師の負担の軽減に大きく寄与する。ではAIにすべての業務を任せられるのかといえば、そうではない。
複合的な業務を担う医師
野村総研とオックスフォード大学の共同研究によると、2030年までにAIやロボットによって代替可能な労働者人口は、全体の約49パーセントにも及ぶ。これらの職種は主に、運転手やレジなどの単純労働だ。他方、医師には専門的かつ複合的な業務が課せられる。診断や手術だけでなく、医療技術向上に向けた取り組みなど、その業務は多岐に及ぶ。そのため、高度な専門性を有する医師が不要になることは当面起こりえないだろう。
安全性にかかわる仕事をAIに任せる危険性
AIによる診断の信頼性もまた、問題として挙げられる。ディープラーニングは、病院業務の分担を最適化する等の「効率化」に関しては強みを発揮する。その一方で、安全性に関わる意思決定をAIに任せるのは、危険が伴う。AIの意思決定が100パーセントに近い安全性が保証されているのでなければ、その意思決定システムは実用化できないのだ。
ではAIによる診断や手術が医師の支援なく100パーセントの安全性を保証できるのかといえば、そうではない。ディープラーニングの処理はブラックボックス化しているため、AIにその処理を完全に任せることは難しい。医師がなぜこのように診断や手術をしたのかを説明するためには、ディープラーニングがビッグデータから導き出した特徴量を医師が理解する必要がある。だがこの特徴量は人間に理解しにくい形をしているので、AI専門家でない医師が理解するのは事実上不可能に近い。
AIの処理を医師が説明できないからといって、AIが不要ということでもない。むしろAIが下した判断を参考にしながら、医師が総合的な知見をもとに最終判断を下すことは可能だ。これならば、AIによる判断に医師が疑問に感じたとしても、自らの経験をもとに診断を行なうことができる。つまりAIと医師との協働が今後求められるだろう。
AI技術の研究開発が着実に進む
医療分野に限っても、AI技術は着実に進化している。IBMが開発したAIコンピューター「Watson」は、意思決定を支援できる計算機だ。かつてアメリカのクイズ番組で、クイズ王に勝利ことでもWatsonは知られている。
専門家が疑問符をつけたWatsonの医療診断
このWatsonを使って、医療診断の支援を行なう取り組みが行われている。有名な事例では、Watsonが白血病の難症例患者の正しいタイプを10分で見抜き、患者の命を救ったことがある。Watsonはカルテや医学論文などを学習することで、適切な医療診断を支援するという。
だがWatsonは専門的な医学的知識があるとは思えないという専門家の意見もある。背中に痛みがあった患者を診断した場合、大動脈解離や狭心症といった循環器系の疾患がまず疑われる。だがWatsonは難治性の感染症ではないかという診断を下したという。
画像による診断なら専門家と同レベルまで進化
その一方で、医療診断用AIの進化も見逃せない。囲碁コンピューターのAlpha Goを開発したGoogle傘下のDeepMindは、医療診断用AIにも着手している。X線画像などから病気の診断を行なう画像解析にAIを活用したのだ。これにより、目の病気に関しては医師と同程度で診断可能になったという。
DeepMindの事例はAIの画像処理技術の高さに依拠しているが、生体情報は病気の診断に不可欠だ。これらのビッグデータを活用すれば、さらに精度の高い診断が行なえるようになるかもしれない。
まとめ
医師や看護師等の職業は、一部の地域や診療科に人材が偏っているという現状がある。それとも関連し、労働時間の増加が懸念されている。医療分野での効率化が急務であり、AIの活用はそれを支援する。
AIは日進月歩であり、特定分野では医師と変わらない精度の診断も可能だ。だがAIの診断を鵜呑みにはできない。AIと医師とが協業するかたちが望まれるだろう。
<参考>
- Watson(ワトソン)がもたらす医療業界のパラダイムシフト(HealthTech+)
https://healthtechplus.medpeer.co.jp/people/409 - IBMの人工知能「Watson(ワトソン)」による医療診断システムは「実用に耐えうるものではない」という主張
https://gigazine.net/news/20180816-watson-expose-current-ai-limit/ - ブロックチェーンやAIを活用したPHRを開発(日経デジタルヘルス)
https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/news/16/080311368/?ST=health - 『パーソナルヘルスレコード』(Holly Dara Miller, William A.Yasnoff, Howard A.Burde 著)
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