小売業界が抱える大きな課題の1つに、リアル店舗での販売不振がある。ネット通販が台頭し、店に行かない消費者が増え、リアル店舗のショールーム化が進んでいる。ネット通販は店を所有、維持するコストがかからないから、商品の販売価格を抑えることができる。リアル店舗が価格競争でネット通販に勝つことは簡単ではない。
そこでリアル店舗を展開している小売企業は、モノ消費からコト消費への転換を図ろうとしている。買い物という体験(コト)をエンターテイメント化して、客を楽しませながら商品の販売につなげようというのである。
客を楽しませる手法にAI(人工知能)を活用する動きが、一部のリアル店舗で見られる。AIといえば「究極のデジタル」という印象があり、「アナログ」であるリアル店舗と合わなそうな印象があるが、AIはどのように来店客をもてなしているのだろうか。また「AIリアル店舗」が見据える未来の小売の形態はどのようなものなのだろうか。
三越伊勢丹はAIフクロウで客をもてなす
AIを活用した店づくりに熱心なのは百貨店の三越伊勢丹ホールディングスだ。AIは裏方で活躍することがほとんどで、AIを「仕込んでいる人」しかAIの存在を気づかないのが普通だ。しかし三越伊勢丹はあえて客にAIを見せている。
2017年に実証実験として導入したのが、フクロウ型ロボットによる商品紹介だ。手の平サイズのフクロウ型ロボット「ズック」に客が話しかけると、フクロウのそばに置いてあるテレビモニターがおすすめの商品を映し出す。ここまではよくある仕掛けである。
ズックにはカメラ、スピーカー、マイクが内蔵されていて、さらにネットともつながっている。ズックは、自分に話しかけた客の情報をデジタルデータにしてクラウドに送信している。クラウドに届いた客の情報はAIが解析し、性別、年齢、人数、表情などを推測し、その属性の人が興味を引きそうな商品を割り出し、ズックの横のテレビモニターにその商品をPRする動画などを映し出す。これがズックの仕組みである。
ズックは客にどのような驚きを提供しているのか
ズックは実証実験のレベルなので、紹介できる商品は8つのみである。8つ程度であればそのなかから目の前の客に合った商品を選ぶことは、新人のデパート店員でも可能だろう。だからAIが客の好みを言い当てたとしても、驚く要素はないかもしれない。
しかしズックは次のような体験を顧客に提供している。
ズック体験の驚き1
自分(客)の特性がフクロウ型ロボットによって読み取られる
ズック体験の驚き2
自分(客)の特性がデパート内からクラウドに送られる
ズック体験の驚き3
クラウドにAIという「よくわからないもの」が存在していることを知る
ズック体験の驚き4
そのAIが自分(客)の特性に「興味を持った」
ズック体験の驚き5
AIとコミュニケーションを取ることができた
ITやネットに詳しくない人からすれば、クラウドもAIも、光回線というワイヤーとコンピュータという箱にすぎないかもしれない。そのワイヤーと箱が自分(客)に興味を持ったことに、客は「AIと触れ合った」という新鮮な驚きを持つことができる。これはいまが「AI黎明期」でAI体験をした人が少ないからこそ効果があるわけだが、しかし三越伊勢丹によると客の評判は上々だったらしく「AIショー」は成功した。
AI利き酒やAIソムリエも登場
伊勢丹新宿本店はさらに、ワイン売り場に期間限定でAIソムリエを導入したことがある。AIソムリエは普通のタブレットのなかに入っている。客は3種類のワインをテイスティングし、それぞれについて甘みの好み、余韻の好み、渋みの好みなどついてタブレットに入力していく。するとAIソムリエが客の好みそうなワインを選び、タブレット画面に映し出す。客はAIソムリエが選んでくれたワインを買って帰り、家でそのワインを飲んだとき「さすがはAI」と喜んだりすることができる。伊勢丹では同じような取り組みを日本酒売り場でも行った。日本酒なのでこちらは「AI利き酒」とした。
さて、これだけ続くと、「簡易版のAIをいろいろな売り場に取り付けているだけ」という印象を受けなくもないが、三越伊勢丹の狙いはもっと高いところにある。
統合と個性を同時に追求する難しさ
三越伊勢丹が考えているのは店舗をロボット化したりAI化したりすることではない。キーワードは「統合」と「個性」である。
三越伊勢丹は、三越と伊勢丹というまったく別のデパートが合体してできた会社である。そのため、各店舗が「個性」を出してグループ全体でさまざまな層の客を取り込んでいく一方で、裏ではオペレーションを「統合」させてスケールメリットを生かした低コスト体質の会社にしていかなければならない。個性と統合は、普通は相反する概念である。統合しないから個性が光るし、統合を強制すれば個性が死んでしまう。
しかし統合と個性の両立は、三越伊勢丹に限らず小売業界全体に突きつけられている課題でもある。なぜなら統合は生産性の向上を生み出し、個性は顧客価値を高めるからだ。
リアル店舗は顧客情報のデジタル化に手間がかかるからAIを使う
統合を図りながら個性を出し続けるには、綿密な戦略が必要である。それだけ高度な戦略をつくるのに、カリスマ店長やカリスマバイヤーたちの経験と勘と情報だけでは足りない。顧客情報や社会化された情報をビッグデータとして収集し、AIを活用して効率よく分析・推測していかなければならない。
例えばフクロウ型AIズックにしても、AIソムリエもAI利き酒も、収集した顧客情報はすべてデジタルデータで保存されるので、ビッグデータにしやすい。
AIは大量の「特殊情報」のなかから「一般的な法則」を導き出すことと、一般的な情報の山のなかから特殊な情報を見つけ出すことが得意だ。三越伊勢丹はグループ内のデパートから顧客情報(特殊情報)をかき集め、AIで分析・推測してグループの生き残り策(一般的な法則)を導き出す。この生き残り策は全店舗が同時に実施することができる。次にAIで各店舗の地域事情や客層、売れ筋商品などを分析させ、店舗ごとの戦略(特殊情報)を打ち立てるのである。
アマゾンや楽天といったネット通販は、文字通りネットで取引を行うので、取引のスタート段階からすべての顧客情報をデジタル化している。一方で三越伊勢丹などのリアル店舗は、顧客情報をデジタル化するのに手間がかかる。よってAIだけでなく、IT技術やIoT(モノとネット)技術も駆使していかなければならないだろう。
なぜアマゾンがリアル店に回帰しているのか
三越伊勢丹がAI化に取り組むのは、ネット通販によって小売業界が一変したからだ。そういった意味ではネット通販は小売業界の勝ち組のようにみえる。しかしネット通販の世界最大手のアマゾンが、リアル店舗への回帰をみせているのである。アマゾンは2016年からリアル店舗で本の販売を始めた。つまりアマゾンがリアル書店を出しているのである。アマゾンのビジネスのスタートはネット書店であり、アマゾンはリアル書店キラーだったはずである。
さらにアマゾンは、アメリカのリアル店舗の高級スーパーマーケット・チェーン「ホールフーズ・マーケット」を2017年に買収している。自己否定ともいえる、アマゾンのリアル店舗への回帰が意味するのは、「リアル店舗にしか演出できない買い物体験の価値はアマゾンの想像以上に尊かった」ということだろう。
日本のリアル店舗の王者セブンイレブンを擁するセブン&アイホールディングスは、リアル店舗とネット通販を融合したオムニチャネル事業を展開している。アマゾンの「ネット→リアル」の流れに対し、セブン&アイは「リアル→ネット」の流れをつくっているが、いずれも行き着く先は「ネット+リアル」である。
AIで徹底的に効率化してリアル店舗で楽しませるため
アマゾンとセブン&アイが同時期に「ネット+リアル」に執心するのは偶然ではないだろう。
効率化できる部分はネットとビッグデータとAIで徹底的に効率化し、客を飽きさせない取り組みや客を楽しませる仕掛けはリアル店舗で展開する――これが厳しい小売業界を生き抜く戦略なのだ。
「AI小売」は消費者にどのようなメリットをもたらすのか
三越伊勢丹が取り組んでいるAIを使ったエンタメ戦略も、アマゾンやセブン&アイなどが進めているAIとリアル店舗の二刀流も、「顧客をどう喜ばせるか」に焦点を当てている。AI小売店がどのような買い物体験を提供してくれるのか楽しみである。
<参考>
- AI、ビッグデータを小売の現場で活用する(OrangeEC)
https://ec-orange.jp/ec-media/?p=9490 - NYで強まる「リアル店舗」への回帰、「体験」の再評価(事業構想大学院大学)
https://www.projectdesign.jp/201707/digital-shop/003742.php - 三越伊勢丹、売り場にAI導入の狙い(ITmediaビジネス)
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1708/28/news029.html - 三越伊勢丹「人工知能ソムリエ」が示すショッピングの未来(SENSORS)
http://www.sensors.jp/post/isetan-ai-sensy.html - 人工知能ソムリエすごい 感激のうまいワインをチョイス(アスキーグルメ)
http://ascii.jp/elem/000/001/231/1231338/ - アマゾンが今さらリアル書店を大量出店するワケ(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO97105500Z00C16A2000000/ - ホールフーズ買収は序章 アマゾンがAIで販路改革(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22069720Q7A011C1000000/ - omni7(セブン&アイホールディングス)
https://www.omni7.jp/top
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