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進化する金融機関 〜AIの波はどこまで来ているのか

日銀のマイナス金利政策で「儲からない体質」になった金融機関は大規模リストラに乗り出す。人員が減った分はAIでフォローするという。

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日本企業の好景気が続いている。多くの大手企業が最高益や増収増益となり従業員の賃金も上昇傾向にある。

そのようななかで一人負け状態なのが金融機関だ。日本の好景気は日本銀行のマイナス金利政策が支えているが、この政策は利ざやで稼ぐ金融機関には痛手となる。

メガバンクは最近、相次いで大規模リストラを発表している。稼げないなら人件費を減らして利益を確保しようということだろう。金融機関は賃金が高い業界だ。

ただ、大規模リストラを敢行すれば、人手が足りなくなる。人手不足が社会問題になるなかで、大丈夫なのだろうか。

もちろん金融機関は手を打っている。AI化だ。

AIに人の仕事をさせて、人を減らしても業務が滞らないようにする。

金融機関のAI活用法を紹介する。

銀行_フィンテック

金融機関が置かれている状況

金融機関のAI戦略をみる前に、銀行などが現在どのような状況にあるのか紹介する。

みずほフィナンシャルグループは2017年に、約2万人を2026年度までに減らす方針を発表した。同社社長はこの大規模リストラを行う理由について「10年後には金融機関の姿がまったく変わっている」から、としている。これによりみずほは、経費を1,000億円以上圧縮ができるという。

メガバンクの中でも王者といわれ、財務的にも余裕があるとされていた三菱UFJフィナンシャル・グループも9,500人のリストラ策を明らかにしている。

金融機関がこぞって危機感を強めるのは、日銀のマイナス金利政策のためだ。三菱UFJは2017年の本業の儲け(実質業務純益)が前年より13%減った。みずほに至っては41%減である。

ただ、儲かっていないから人を減らすのでは、余計儲からなくなる可能性がある。それでもリストラを進めるのは、秘策があるからだ。

それはフィンテックとAIである。

フィンテックとはIT化した金融のことで、例えばコンピュータとネットで「お金」をやりとりする仮想通貨はフィンテックの代表格だ。

みずほはAIを使って組織のスリム化を図るとしている。また、金融機関では意外に手作業が多い。それをAIに置き換えると生産性が向上する。

AIは人の代わりに仕事をこなす技術だし、フィンテックは新しい金融商品を生む。人件費を削りながら利益の拡大を目指す金融機関としては、どちらも「渡りに船」というわけである。

これが、金融機関がAIに食指を動かす動機である。

信託銀行なのに手作業だった

フィンテックを持ち出すまでもなく、金融機関といえば国内の全産業のなかで最もITが進んでいるイメージがある。

しかし、みずほグループの金融機関のひとつ、資産管理サービス信託銀行株式会社(TCSB)は、悪い意味でそのイメージを裏切る。というのも、このTCSBではある重要業務がつい最近まで手作業で行われていたのである。

TCSBではデリバティブという金融商品を扱っている。顧客がこの取引をするには証拠金が必要になる。デリバティブ取引で利益が出れば証拠金の残高が増え、損をすると減る。証拠金がなくなったら取引は継続できない。

そのためTCSBは残高を常に確認しておかなければならない。

TCSBのデリバティブ取引の顧客は10社ほどあり、計約30口座にのぼる。TCSBはこの残高チェックを、4人が毎日2時間かけてこなしていたのだ。

なぜ電子化やIT化ができなかったかというと、顧客が自社のフォーマットで報告書をTCSBに提出するからだ。スタッフ4人は30口座分の報告書を読み、必要な数字を拾ってパソコンに入力していた。

TCSBがこの前時代的な人海戦術の改善に乗り出したのは2015年末だ。AIに顧客から届く報告書を読み取らせることにしたのである。

しかしさすがのAIでも、ばらばらのフォーマットの報告書から必要な数字を拾うことはできない。そこでAIに処理させる前に、光学的文字認識(OCR)技術を使うことにした。OCRは新しい技術ではない。紙に印刷された手書きの文字や数字を読み取り、テキストデータに変換してコンピュータに読み込ませるものだ。

報告書内の数字がOCRによってテキストデータになれば、あとはAIが適切な数字を判断して、証拠金の残高を計算してくれる。

TCSBがこのAIシステムを本格稼働させたのは2017年3月だ。プロジェクト着手の2015年末から約1年半かかった。

その成果は大きく、4人で2時間かかっていた作業が、2人で20分にまで縮まった。480分(=4人×2時間×60分)の作業が40分(=2人×20分)になったので、単純計算すると作業量は12分の1になった。

AIの「リストラ能力」は相当なものである。

信金は社内の問い合わせ業務をAI化

金融機関の苦しい状況は大手行に限らない。むしろ小さな金融機関のほうが苦労は多いかもしれない。IT投資をする体力も乏しいし、参入障壁が高いフィンテックに挑戦することも容易ではない。

だからこそ省力化が図れるAI投資は欠かせないし、しかもピンポイントで業務改善する必要がある。

東京都台東区を地盤にする朝日信用金庫は、金庫内の事務問い合わせの効率化にAIを活用することにした。よって、このAI化は朝日信用金庫に預金している人も取引先企業も気がつかないし、利便性を実感できない。「内向きのAI化」といえるが、大きな可能性を秘めている。

金庫内の事務問い合わせ業務とは、支店の職員にわからないことが発生し、支店内でわかる者がいなかった場合、本店に問い合わせる仕事のことだ。

本店は支店の業務支援機能を担っているので、問い合わせに適切に対応しなければならないが、本店の職員はそのたびに自分の業務を中断させなければならない。

さらに、支店の職員も金融のプロなので、わからないことはそう多くはない。本店に問い合わせるということは難解な事案に限られ、そうなると問い合わせを受ける本店職員も調査に時間を取られることになる。

支店職員からの電話相談を受けた本店職員が即答できなければ、その職員は上司に尋ねるだろうし、それでも解決しなければ金融庁や税務署に問い合わせることになるかもしれない。

しかし朝日信用金庫内には、大量の「知」が眠っているのである。支店職員が疑問に思ったことは、過去にも問題になり同じような調べをしていることが珍しくない。

ただ、膨大な知の蓄積のなかから、いま必要な知識を拾ってくることが困難なのである。

そこでAIを使うわけである。ビッグデータのなかから必要なデータだけを抽出するのはAIが得意な仕事だ。

朝日信用金庫が2017年7月に導入したAIシステムの概要は次のとおり。

本部職員が支店職員から事務手続きなどの問い合わせを受けたら、本部職員は問い合わせの内容をAIに質問する。AIへの質問方法は、検索形式とチャット形式がある。

AIは本部職員の質問内容を解読し、膨大な事務規定のなかから複数の回答候補を示す。本部職員は回答候補のなかから適した情報を拾い、支店職員に回答するのである。

この膨大な事務規定こそ、朝日信用金庫の「知」である。

このAIシステムでは、検索もチャットも音声でやりとりできる。人がパソコンに肉声で助けを求め、パソコンが解決策を画面に表示する。

少し前までSF映画のワンシーンだった光景が、信用金庫の普通の事務作業になっているのである。

朝日信用金庫のAIはこれからも進化するという。

AIの使い手は、何も本店職員に限定する必要はない。セキュリティさえしっかり整備すれば、支店職員が使えるし、そのほうがより業務の効率化が進む。朝日信用金庫では支店専用の端末も用意するという。

さらにタブレットとAIシステムをつなげれば、営業担当者が外出先からAIシステムにアクセスできるようになる。

こうなると、全職員が「先輩職員」や「上司」を手元に持つようなものである。若い職員は気兼ねなく何度もAIに問い合わせすることができるし、先輩社員や上司は若い職員の教育業務を減らすことができ、その分顧客サービスに専念できる。

金融機関のAI化は、働き改革に通じる。

まとめ~絶対に間違えられないお金の計算には最適

金融機関が「儲けられない体質」をAIで乗り切ろうとする姿を紹介した。金融機関の危機感と、AIソリューションのポテンシャルが合致した形だ。

しかしコンピュータは数字の扱いが得意なので、「お金という数字」を扱う金融機関の業務は実はAIと相性がよい。資産管理サービス信託銀行株式会社(TCSB)の事例のように、紙に書かれた数字をデータ化できれば、後はAIが一気に省力化してくれる。

金融機関のAI化は、他産業より早く進むのではないだろうか。

<関連記事>

国内の金融機関におけるAIの活用事例


<参考>

  1. メガ銀、リストラの嵐「1.9万人では足りない」(日本経済新聞)
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24253560U7A201C1EA1000/
  2. みずほFG、21年度に8000人減 構造改革へ工程表
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23689520Q7A121C1EE9000/
  3. 諦めていた業務もAIで自動化できた(IBM)
    https://www-01.ibm.com/common/ssi/cgi-bin/ssialias?htmlfid=WR112368JPJA&
  4. 資産管理サービス信託銀行株式会社
    http://www.tcsb.co.jp/about/overview.php
  5. 朝日信用金庫がIBM Watsonを活用し、事務問い合わせ対応業務を効率化(IBM)
    https://www-03.ibm.com/press/jp/ja/pressrelease/52769.wss
  6. 朝日信金がワトソン導入 まず職員向け、顧客対応も検討(日本経済新聞)
    https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS04H2J_X10C17A5EE9000/
  7. OCR(光学的文字認識)(日経×TECH)
    https://tech.nikkeibp.co.jp/it/atclact/activekw/120800030/
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