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AIで新卒採用とタイヤ検査を効率化したら新ビジネスが見えた

一般企業がAI(人工知能)に求めるのは、圧倒的な業務の効率化ではないだろうか。ソフトバンクとオートバックスによる成功事例を紹介する

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AI(人工知能)と企業の関係は、大きく2つにわかれる。AIビジネスを展開する企業と、AIで業務効率化を図ろうとする企業だ。圧倒的に多いのは後者で、「AIを使えば業務が効率化して、生産性が向上するのではないか」という期待を持っている。

しかしまだまだAIを導入している企業はそう多くはない。

圧倒的多数の一般企業は、「AIを導入しないとライバルに負けてしまう」という危機感を持ちつつも、AIの潜在能力を知らず導入に踏み切ることができていないのだ。

ということは、企業の経営者や社内インフラ責任者たちが、AIの業務処理能力を実感できれば、社内のAI化が一気に進む可能性があるともいえる。

ソフトバンクの人材採用業務のAI化とオートバックスセブン(以下、オートバックス)のタイヤ検査業務のAI化の2つの事例をみてみよう。

この2社は業務の効率化を圧倒的に進めた。しかもいずれも、自社のAIソリューションで新たなビジネスをつくりだそうとしている。

人材採用

新卒採用業務を75%も減らしたソフトバンク

新卒採用の仕事をしたことがある人なら、大きな喜びと大きな失望を同時に味わった経験があるだろう。喜びが得られるのは、ダイヤの原石を発見したときだ。採用した人が社内で活躍したら人事部としてはこれより嬉しいことはない。

ただダイヤの原石はとても少ない。ほとんどの学生は、ありきたりな志望動機と尊大な自己PRをエントリーシートに書いてくる。それに目をとおすことは、徒労でしかない。しかしそのなかにこそダイヤの原石が眠っているので、すべてに目をとおさなければならないのだ。

そこでソフトバンクの人事本部は、新卒のエントリーシートのチェックをAI化した。その結果、業務時間が680時間から170時間へと75%も削減できたのである。

業務の効率化を躊躇しない素地があった

ソフトバンクの人事本部の業務課題は、1~3月に集中するエントリーシートのチェックだった。これまではスタッフ全員ですべてのエントリーシートを読み込んでいた。

仮に通常100の仕事が特定の期間に300に膨れ上がったからといって、人員を3倍に増やせるわけではない。しかもエントリーシートのチェックが終わったら、間髪いれずにリクルーター面談や大学訪問、採用面接が始まる。

ソフトバンク人事本部には、業務改善の素地はあった。2010年にはペーパレス化に着手し、業務データの一元管理もできていた。なので、「AI化すればさらに業務の効率化を図ることができるだろう」という発想がすぐに浮かんだ。

社内のAI開発部門に相談することができた

さらにソフトバンクはIT企業なので、社内にAIを開発する部署があった。そう、ソフトバンクはAIで業務効率化を図ろうとする企業であり、なおかつAIビジネスを展開する企業なのである。

人事本部の責任者がAI開発部署に相談したところ、長期に及ぶ採用業務のうちエントリーシートのチェックならAIを活用できることがわかった。AIの導入では、この「AIに何をさせて、何をさせないか」の見極めが重要になる。

実際のAI技術は他社から調達することになった。

人事本部はまず、過去のエントリーシートをすべてAIに学習させ、分類器をつくった。分類器とはAIのなかのシステムのことで、よいエントリーシートと悪いエントリーシートを分類する仕事を担う。

しかし当初は、AIがよいと判定したエントリーシートにNGエントリーシートが入っていたり、AIが悪いと判定したエントリーシートに「ダイヤの原石人材」が入っていたりした。

人事本部スタッフはAIに、正しかった答えと間違った答えを教えたうえで、さらになぜ間違っているかも覚えこませた。あたかも小学校の教師が児童に教えるような地道な作業を繰り返し、約2カ月後に人事本部スタッフが「100%正解するわけではないが十分頼りにできる」と感じられる結果が得られる分類器ができあがった。

そしてソフトバンク人事本部は、それ以上の精度を求めることはせず、AIが「不合格」と判定したエントリーシートを人のスタッフがチェックすることにした。

ここでも「AIに何をさせて、何をさせないか」を見極めた。業務時間が75%削減できたことで「とりあえずよし」としたのである。

「とりあえず試す」精神がAIをビジネスに育てる

ソフトバンクではAIを使った業務改善プロジェクトが約40も立ち上がっているという。ネットワーク保守や見積書作成など、AIにさせたい仕事は多種多様である。

そのなかには難航しているプロジェクトもあるが、ソフトバンクは費用対効果だけにこだわってはAIを実用化するのは難しいと考えている。

そのチャレンジ精神が今回紹介した「AIエントリーシート判定システム」の開発につながった。そしてソフトバンクは、この「AIエントリーシート判定システム」を他社に販売することを検討しているという。

AIで業務効率化を図ろうとしているうちに、AIビジネスを開発してしまったわけである。

人口知能_写真

オートバックスは業務改善しながら客の取り込みを図る

オートバックスは、カー用品の卸、小売、車検、整備、車両買取・販売、板金、塗装など、自動車製造以外の自動車ビジネス全般に関わっている。

そのオートバックスのAI化は、画像認識技術を使ったタイヤの点検だ。

「かんたんタイヤ画像診断」を開発した動機

オートバックスの「かんたんタイヤ画像診断」は、客に自分の自動車のタイヤの摩耗状態を確認してもらうスマホアプリだ。

自動車ユーザーがタイヤの交換時期を正確に把握することは難しい。タイヤは自動車部品のなかでも高価なものなので、1日でも長く使いたい。しかしタイヤの劣化が基準を超えると燃費が悪くなったり、最悪、事故につながる。そうなるとタイヤの交換時期を延長したコストダウンは簡単に吹き飛んでしまう。

そこでスマホアプリによって自動車ユーザーが簡単にタイヤの劣化を判断できれば、自動車ユーザーは安全でコスト安なタイヤ交換タイミングを把握できるし、オートバックスはタイヤを販売する商機を得ることができる。

オートバックスの目の付けどころ

オートバックスが「かんたんタイヤ画像診断」アプリを開発するきっかけになったのはあるデータだ。

・自動車の日常点検をしていない自動車ユーザーは35%

・メンテナンス不良による自動車事故は年1,500件

・そしてメンテナンス不良のなかでも、タイヤ不良が大きな割合を占める

つまりタイヤを適切な時期に交換できれば自動車事故を減らせるのだが、自動車ユーザーに日常点検させることは容易ではない。

そこでスマホアプリという手間要らずなツールを活用することにしたのである。

タイヤ画像診断の仕組み

「かんたんタイヤ画像診断」のアプリをスマホにダウンロードした自動車ユーザーは、自分の自動車のタイヤを撮影し、その画像をアップロードする。その画像をオートバックスのAIが画像認識して、自動車ユーザーに「摩耗大」「摩耗中」「摩耗小」を知らせ、交換タイミングをアドバイスする。

――と、これだけの説明だと「何がすごいのか」がわからないだろう。タイヤが摩耗していれば、タイヤ表面の溝が浅くなっているので、人の目でも簡単に認識できる。スマホで4本のタイヤを撮影するくらいなら、自分で溝の深さを計測したほうがよさそうだ。

しかし「かんたんタイヤ画像診断」のAIは、プロの整備士と同レベルの「目」を持っている。実はタイヤは、溝がしっかり残っていても危険なこともある。走行距離が短い割に、購入から時間が経過していると、ヒビが入ったり傷ができたりしてしまうからだ。

「かんたんタイヤ画像診断」のAIは、画像認証という「目」で溝の深さ以外の摩耗の種類と摩耗レベルを計測しているのである。

オートバックスのビジネスモデル

自動車ユーザーが「かんたんタイヤ画像診断」を使ってタイヤ交換を決断したとしても、オートバックスでタイヤを購入する必要はない。

ではオートバックスのメリットはなんなのだろうか。

それは、高齢者や若者や女性といった、自家用車のメンテナンスに興味が薄い客層に関心を持ってもらうことだ。

例えばオートバックスにカー用品を買いに来た高齢者や若者や女性の自動車のタイヤを、オートバックスの店員がチェックしていたら作業効率が悪い。そこで客自身にタイヤをチェックしてもらうわけである。「かんたんタイヤ画像診断」を使った客は、まずはスマホアプリを提供しているオートバックスに「『摩耗大』という診断結果が出たのですが、どうしたらいいでしょうか」と問い合わせるだろう。

オートバックスはこのAIシステムで客との接点を増やそうとしている。

オートバックスはこれまで、客が「カー用品が必要になった」と決断するまで待っていた。しかし「かんたんタイヤ画像診断」は、客に「タイヤ交換が必要かもしれません」と促すことができる。客へのアプローチ方法がまったく異なるのだ。

しかもオートバックスの店員の業務を増やすことなく、それを実現するのである。

まとめ~コストダウンと売上アップは同時に狙える

ソフトバンクの事例もオートバックスのケースも、自社の業務改善を目的としてAIを導入しながら、次のビジネスにうまくつなげている。

一時期、「AIが人々の仕事を奪う」という話がまことしやかに語られたが、AIが単純・退屈な作業を担い、なおかつ創造的な仕事を創造するのであれば、どの層の労働者にとってもAIは歓迎すべきツールなのではないだろうか。

企業はAIでコストダウンと新ビジネスの想像と売上アップを同時に狙うことができるのである。


<参加>

  1. ソフトバンク、AI活用で新卒採用業務を75%削減(IBM)
    https://public.dhe.ibm.com/common/ssi/ecm/wr/ja/wr112349jpja/watson-and-cloud-platform-watson-marketing-wr-article-wr112349jpja-20180409.pdf
  2. クラス分類とは(AI研究所)
    https://ai-kenkyujo.com/term/classification/
  3. オートバックス+IBM(IBM)
    https://public.dhe.ibm.com/common/ssi/ecm/wr/ja/wr112369jpja/_.pdf
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