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42億円調達したAIで小売店舗分析を行うベンチャーに迫る

ABEJA社の店舗向けAIサービスを紹介。また、ディープラーニングが本来持つ課題への近年の取り組みについて紹介する。

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日本におけるディープラーニングの先駆けベンチャー

日本でも、人工知能(AI)を活用した新しいサービスを展開する企業が多く出てきている。

今回は、その中でも有望なある企業を紹介したい。

株式会社ABEJA(以下、ABEJA社)というベンチャーだ。

このベンチャーは、2018年6月には総額約42億5,000万円の資金調達に成功した。

ABEJA社の創業は2012年9月だというから、まだまだ新しい企業だ。

しかし、ABEJA社の誇るサービスの一つ、「ABEJA Platform」では既に100社超の運用実績があり、その蓄積されたAIに関するノウハウを提供する。

ABEJA社の公式サイトを見ると、ABEJA社の提供するサービスで使われているディープラーニングの技術は、全て自社開発だという。

AIの中でも、特にディープラーニングについての経験・ノウハウが豊富であり、自信があるようだ。

なぜABEJA社は、特にディープラーニングに注力できていて、評価されているのだろうか。

ABEJA社とは、どんな会社か

ABEJA社は、公式サイトによると”日本で初めて”ディープラーニングを専門的に取り扱うベンチャー企業であるという。

ABEJA社のCEO兼CTOの岡田陽介氏は、高校時代にはコンピュータグラフィックスで文部科学大臣賞を受賞したこともあるという経歴の持ち主だ。

また、シリコンバレーでディープラーニングの革命的進化を現地で目撃していたという。

そんな岡田陽介氏がABEJA社を設立したのは、前述の通り2012年・・・。

2012年といえば、AIの歴史においてターニング・ポイントとなった年だ。

カナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン教授(現・Google)の率いるチームが、画像認識のコンペティションに「ディープラーニング」を初めて持ち込み、他チームとの圧倒的な差をつけて世界をアッと言わせたのが、この2012年なのだ(なお、松尾豊氏によるとディープラーニングの研究は2006年くらいから始まっていたという)。

岡田氏は、まだディープラーニングの名が一般世間に知れ渡る前にいちはやくABEJA社を起業し、実績を重ねてきたのだ。

なお、ABEJA社の技術顧問には、『鉄腕アトムは実現できるか?』など一般書籍の著作も多く、人工知能関連のテレビでも見かける松原仁氏の名も見える。

ABEJA社は、近年よく見かけるようになった「エンジニア主体」を標榜する、新しいタイプの企業だ。

CEOみずからが10歳からプログラミングに親しんでいたというのだから、それも納得というべきだろう。

小売店舗の経営を柔軟にサポートするAI

ABEJA社が提供するサービスには、「ABEJA Platform」がある。

このABEJA Platformは、AI(特にディープラーニング)に必要とABEJA社が位置づける5つの運用サイクル「データの取得・蓄積・学習・デプロイ・推論/再学習」を、包括的に扱うことができるクラウドサービスだ。

ABEJA Platformは、環境の構築の手間や省力化をすることで、サービス利用者のビジネス活用のハードルを下げるという。

このABEJA Platformをベースに、小売業に特化したサービス「ABEJA Insight」が2018年2月22日より始まっている。

この2月の時点ですでに、PARCOやDVDレンタルのGEOなど100社以上、480店舗以上で提供されているという実績だ。

ここでは、ディープラーニングを使ったABEJA社のサービスの一つとして、このABEJA Insightを紹介しよう。

ABEJA Insightは、店舗を訪れるお客さんの動向を明確な数字として捉え、店舗にとってどのような施策をほどこせば良いのか、小売の”経営を科学”してアドバイスしてくれる。

来店者数はもちろん、お客さんの年齢層や性別などの情報の分析も行う。

また、店内をお客さんがどういう経路で動いているのかという「導線分析」までもこなす。これらのサービスは、店舗内に設置されたカメラ映像からデータを取得するが、その映像分析にはやはり、ABEJA社の得意とするディープラーニングが使われている。

また、小売業界ならではのデータ、POSシステムや天気による影響、さらに従業員のシフトに関するデータも加えて、店舗ごとの課題を見つけ、最適な店舗戦略を提示してくれる。

しかし、最適と思われる施策を行ったとしても、本当に効果が発揮されているのかがわからなくては困る。

また、お客さんの趣向は時間的に変化するはずだ。

したがってたとえ今の時点で店舗としての最適な施策を行えたとしても、時期が変われば施策は柔軟に変えなくてはいけないだろう。

あくまでこのサービスは店舗経営のサポートを行うもので、店舗の経営者の主体的な決定を損なわない。

ABEJA Insightでは、その施策の効果を”一目瞭然”に可視化をすることで、AIを扱う人間の主体性を確保している。

以前から、ディープラーニングを含めたニューラルネットワークには、重要な問題が指摘されていた。

それは、中身がブラックボックス化され、ニューラルネットワークが中で何をしているのかを外の人間には理解がしにくいということだ。

その課題を解決するため、”可視化”技術が注目されている。

ニューラルネットワークの「隠れ層」は、なぜ「隠れている」のか?

ニューラルネットワークやディープラーニングは、もともと人間の脳をモデルにして作られてきたものだ。

人間の脳をどれだけ細かく分析しても、脳がどのような働きをしているのかを完全に把握することはできないように、

ニューラルネットワークがブラックボックス化してしまう問題は、ニューラルネットワークが持つべくして持っている問題だ。

現時点での主なニューラルネットワークでは、ニューロンを段階的に層状に分けて順次的に処理が行われる(なお、人間の脳はこのような層に別れた線型的な順次処理ではなく、Webのような複雑にこんがらがったネットワークになっていると思われる)。

ニューラルネットワークでは、最初に入力層、最後に出力層があるが、その間にある層を中間層と呼ぶ。

この中間層は、別名「隠れ層」とも呼ばれる。

なぜ中間層を「隠れ層」と呼ぶのかと言えば、人間からは中間層の中身が不可視だからだ。

ニューラルネットワーク/ディープラーニングが従来の論理ベースの人工知能手法を凌駕できたのかは、この隠れ層が見えないことに秘密がある。

古典的な人工知能は明快な論理をベースとして発展してきたが、それでは行き詰まってしまった。

人間の考える論理では限界があり、AIはその限界に引きづられ壁を突破することはできなかった。

ニューラルネットワークの隠れ層が人間の理解を超えた表現をできる(つまり人間にとって不可視)からこそ、AIの発展の限界を越えることができたのだろう。

ニューラルネットワークが人間にとって不可視であることは、開発者たちの言動にもしばしば表れている。

最近よくニュースに「チャットボットが差別発言をした」とか「自動運転車が事故を起こした」などがある。

すると開発会社が「AIは○○○と認識してしまった”ようだ”」と他人事、無責任に思えるような説明をよくしているが、

これは、AIの中身を理解することが人間には難しくなっているからだ。

ニューラルネットワークの入力データがどんなものかは人間は把握している。

また、出力データも把握してその意味を解釈できている。

しかし、その出力された結果に対し、「どうしてそういう結果になったのか」という中間の因果関係が、ニューラルネットワークでは原理的にわかりにくい。

それが、ニューラルネットワークの長所でもあり、同時に短所でもあるのだ。

このようなニューラルネットワークの短所に対し、近年改善の兆しがある。

たとえばGoogleのディープラーニングフレームワークであるTensorFlowのTensorboardのように、

精度や誤差の変化の流れを2次元グラフで簡単に把握できるような、メタな視点での可視化の仕組みを持っている。

原理的なニューラルネットワークの”可視化”技術は、順次他のフレームワークにも装備されてきている流れがある。

Tensorboardなどは隠れ層の可視化ではないが、比較的シンプルな画像処理などについては、隠れ層の出力を画像化することも可能だ(*1)。

ディープラーニングの頭の中を覗きたい!

「なぜAlphaGoがこんな奇妙な手を打ったのかわからない」。

テレビで囲碁の一流棋士がよくつぶやく言葉だ。

囲碁AIの打った手の意味を、AIは何も教えてくれないのだ。

人間が自分で試してみて、「こういう意味かも?」と人間がAIの頭の中を推測しているのが現状である。

しかしニューラルネットワークでの可視化技術が進歩すれば、ある程度はこの問題も改善されるだろう。

そうすれば知的ゲームの人間側の実力も向上されていき、人間の知的能力の新しいステージに上がれるようになるかも知れない。

また、視覚化の技術向上は単に知的ゲームなどの効果があるだけではない。

将来AIが暴走をして人類を支配してしまうかも知れないと思う人はたくさんいるだろうが、それを防ぐためには

AIの思考回路を視覚化して理解する技術は重要だ。

視覚化技術は、ディープラーニングそのものの技術と同程度に、非常に重要な課題なのだ。

視覚化技術は意外に重要

ここでは、ABEJA社の店舗経営のサポートを行うAIのサービスと、ディープラーニングの可視化問題について触れた。

AIの頭の中の”可視化”は、今後も大きなテーマになりつつある。

少なくとも今の所、AIは「自意識」を持っていない。

したがって「心」や「欲」もない、ただの道具/機械の段階だ。

その道具を使いこなせるかどうかは、使う人自身と、使う人にどう直感的に理解させることができるかという可視化技術の問題でもある。

ビジネスの現場でも、AIを少ない手間で存分に使いこなしたいという欲求を持っている人が多いはずだ。

その意味でも可視化技術は重要で、ABEJA社を始め近年のAIサービスを提供する企業も研究に力を入れている。


<参考>

  1. 株式会社ABEJA (株式会社ABEJA)
    https://abejainc.com/ja/
  2. *1: Chainerで中間層の出力値を取得する方法について (ハックマン.com)
    http://enjoy-programing.com/chainerで中間層の出力値を取得する方法について/
  3. 『認知科学の基底』(M.ミンスキー他著)所収 「計算の複雑さと論理の普遍的受容」(C.チャーニアク著)
  4. 『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』(松尾 豊著)
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