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トヨタとBMW、ソフトバンクまで引き寄せた米ナウト(Nauto)の正体

トヨタとBMWが出資した米ナウト社は2015年に創業したばかりのAI・自動運転車ベンチャーだ。ソフトバンクも出資し、日本への進出も果たした。ただ「謎」の部分もある不思議な会社でもある。

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今回紹介する海外AIベンチャーは、米カリフォルニア州シリコンバレーのナウト(Nauto)社である。ナウトがAIを使ってやろうとしていることは自動運転である。アメリカの自動運転技術といえば、ネット検索のグーグル、配車サービスのウーバー、電気自動車のテスラなどが有名だが、ナウトの注目のされ方はまた格別だ。

トヨタとBMWが、ナウトに出資し技術提携を結んだのである。自動運転技術の分野ではベンチャーの活躍が目立つが、それにしても世界一多くの自動車をつくっているメーカーと、世界最高峰の高級車をつくっているメーカーを同時に引き寄せたAI企業はないだろう。「良い企業をみつける」ことが上手なソフトバンクもナウトに出資し、日本にも進出を果たした。ナウトの「すごさ」を紹介する。

自動運転

ナウトが引き寄せた企業たち

ナウトが何をしているかをみるまえに、ナウトが引き寄せた企業を紹介する。
ナウトは2015年に創業したばかりの新興ベンチャーで、CEOはステファン・ヘック氏。同社は創業からわずか1年後の2016年に、トヨタの米子会社でAI開発の「トヨタ・リサーチ・インスティチュート」と、BMWの投資部門「BMWiベンチャーズ」、そしてドイツの保険大手アリアンツの投資部門「アリアンツベンチャーズ」から投資を取りつけた。

一流企業に危機感か

トヨタとBMWは高級車部門で競合するのだが、スポーツカーを一緒につくるなど「仲のよさ」も知られている。しかも両社には、ガソリン車では世界の自動車業界のダントツの勝ち組だが、自動運転車の開発では「並」にとどまっているという共通点もある。

気が合うライバルどうしが同時に嵐に巻き込まれ、一時的に休戦して力を蓄えようとしているときに、荒波を乗り越えるボートを見つけた――ということだろうか。
つまり、トヨタもBMWも、単に優秀なベンチャーを育成しようと考えたのではなく、2社で協力して自動運転車分野で勝負をかけるためにナウトと提携した、と映る。ちなみに自動車メーカーでは米GMもナウトのパートナー企業に名を連ねている。

新時代の自動車保険の開発にも寄与

アリアンツの狙いは自動車保険の開発とみられている。自動運転車による自動車事故は、現代の自動車事故とは異なる事情が発生する。アリアンツは自動運転車開発に関与することで、未来の交通事故を予想し新しい保険商品の開発につなげようというのだ。

ソフトバンクは自動運転子会社とのシナジー狙いか

ソフトバンクは2017年にナウトへの出資を発表した。ソフトバンクの出資額は不明だが、ナウトがこのとき集めた資金約180億円の一部をソフトバンクが負担している。

スマホのソフトバンクがナウトに出資するのはなぜか。ソフトバンクグループには、自動運転車を開発するSBドライブという子会社があるので、ナウトの技術は直接的な相乗効果を生む。またソフトバンクはロボット「ペッパー」を開発するIT企業でもあるので、ロボット開発に欠かせないAI技術を持つナウトへの出資は理にかなっている。

ナウトの製品と戦略

次にナウトのいまのビジネスをみていこう。

センサーとカメラとAI

ナウトは車に搭載する「センサー」や「カメラ」を開発している。自動運転車の最終目標は、人が運転するより安全な自動走行である。そのためには自動車自体が、人が運転中に収集している道路情報の量をはるかに上回る情報を集め、人が運転中に行っているあらゆる運転動作を人を上回る正確さで行う必要がある。

センサーとカメラは、道路情報の収集に欠かせないツールである。そしてAIによって、集めた道路情報から、安全で正確で快適な運転動作を導き出すのである。

双方向カメラ

またナウトは、現行のまだ自動運転になっていない普通の自動車の安全装置も開発している。その1つが「双方向カメラ」で、人が運転する自動車の前方と車内の人の様子をカメラで撮影する。自動車の外の状況とドライバーの様子をモニタリングすることで、ドライバーの運転能力を評価するのである。

ドライバー自動識別システム

ナウトの「ドライバー自動識別システム」は、顔認証技術を使って「誰が何時間運転しているか」を測定する。このシステムを長距離バス会社が導入すれば、バスドライバーの疲労リスクを可視化することができる。

ドライバー・スコア

「ドライバー・スコア」は、ドライバーの運転情報を記録するシステムだ。このシステムで収集した情報と交通事故との因果関係を調べれば、事故リスクを事前に予測することも可能になる。また交通事故を起こしたときに、原因は車両の欠点なのかドライバーの責任なのかも評価できる。

ライブマップ

「ライブマップ」は、営業車を多数保有している企業向けのサービスで、車の位置を24時間365日追跡し、地図上に落とし込むことができる。

カスタムビデオリクエスト&パニックボタン

「カスタムビデオリクエスト&パニックボタン」は、一言でいえば進化したドライブレコーダーだ。このシステムを搭載した自動車が交通事故を起こしたとき、車内外のカメラが自動で動画を録画する。
さらにその事故動画はインターネットを使ってデータを保管できる。しかもナウトが、事故が起きたときの日時、場所、天候、運転速度を記録している。
またこのシステムをドライバー自身が発動させることもできる。ドライバーがボタンを押すと、車内外を撮影するのである。

データ収集

上記で紹介したビジネスがナウトのハード事業だとすれば、車載カメラが集めた情報を集めるデータ収集ビジネスはソフト事業といえるだろう。
そして実はこのデータこそが、ナウトのドル箱になっている。圧倒的なデータ量を保有する企業がその業界の覇者になるという構図は、アマゾンやグーグル、フェイスブックが証明している。

トヨタとBMWがナウトと組んでやろうとしていること

ナウトの強みは、「トヨタとBMWがほしがっているモノ」から推測することができる。
トヨタとBMWは、ナウトの技術とデータを利用するライセンス契約を結んだ。ナウトはいま、全米各地で交通事故情報を収集している。しかも高度なセンサーやカメラを使っているから、その事故情報の精度の高さは折り紙付きである。

「生の交通事故情報」は、自動運転車の開発にも、普通の自動車の開発にも大きな影響を及ぼす。なぜなら自動車メーカーが集めることができる交通事故の動画は、決められた条件下で人為的に起こした衝突実験ぐらいだからだ。しかも衝突実験の「運転手」や「同乗者」はダミー人形である。
ナウトが保有している膨大な量の交通事故動画は、安全装置の開発のヒントをトヨタとBMWにもたらす。

ナウトはいま、自動車に取り付けたカメラで撮影した映像と、GPS(全地球測位システム)で収集した位置情報をクラウドで集め、AIで分析している。
このような情報も新しい自動車づくりに大きく貢献することだろう。

日本に進出したナウトの謎?

ナウトは2017年に、ナウトジャパンという合同会社を設立し日本進出を果たした。それ自体は珍しいことではないが、小さな「謎」がある。

トヨタ出身者が日本支社の代表

興味深いのは、ナウトジャパンの代表に就任した井田哲郎氏だ。井田氏は2006年に新卒でトヨタに入社しているのである。井田氏はその後トヨタを退職して渡米し経営学修士を獲得。さらに中古車ネット販売企業を経てナウトに入社している。井田氏がナウトにいたからトヨタとの提携がスムーズに進んだのかどうかは不明である。ただナウトジャパンについては、代表の経歴以上に気になるところがある。

なぜ合同会社なのか(株式会社ではなく)

まず、なぜナウトジャパンは合同会社なのか。合同会社は、「経営者と出資者が同一」「出資者全員が有限責任社員」という2つの特徴がある。それに対し株式会社は経営者と株主が分離する。一般的に合同会社には、株式会社より設立コストが低いことと、決算の公表義務がないというメリットがあるとされる。ナウトほどの企業が株式会社の設立コストを節約するとは考えにくい。
となると決算の公表義務というメリットを重視したのだろうか。

公式ホームページに社名がない

なぜこのような「邪推」をするかというと、ナウトジャパンの公式ホームページの「会社案内」のページには、社名も、代表者名も、社長あいさつも、資本金額も、本社住所も、本社の電話番号も記載されていないから。

ただ、公式ホームページには「お問合せフォーム」のページがあり、サイト上のメール機能を使って、ナウトジャパンに問い合わせすることはできる。だから外部からの連絡をシャットアウトしているわけではない。また「お問合せフォーム」のページにはナウトジャパンの社名と住所が記載されているが、目立たない位置に配置されている。

この記事で紹介したナウトジャパンの企業名も代表者名も設立年も、日本経済新聞などのマスコミ記事から転記した。外資系企業が日本進出するとき、株式会社でなく合同会社を設立することは珍しくない。また例えばグーグルの日本支社の存在も、インターネットで探すことは事実上不可能だ。

まとめ~アンドロイドの生みの親もその実力を認めた

トヨタよりもソフトバンクよりも早く、ナウトジャパンの実力を認めた「大物」がいる。それはグーグルのスマホ用OSアンドロイドの生みの親、アンディ・ルービン氏だ。ルービン氏は自身が率いるファンドから、ナウトに出資した。しかもトヨタやBMWより早い段階で。

ルービン氏はグーグルで副社長まで務めて退社している。ナウトジャパン代表の井田氏がトヨタ出身で、ナウトの実力をいち早く見つけた人物が自動運転車開発に力を入れているグーグルの元幹部というのは、偶然なのだろうか、必然なのだろうか。今後のナウトの事業展開はとても興味深い。


<参考>

    1. トヨタ・BMWなど、米AIベンチャーと提携(日本経済新聞)
      https://www.nikkei.com/article/DGXLASGN08H1K_Y6A001C1000000/
    2. トヨタ出資の米VBが日本進出 AIで運転支援(日本経済新聞)
      https://www.nikkei.com/article/DGXLZO18085140V20C17A6TJE000/
    3. ソフトバンクなど、運転支援技術の米VBに出資 総額180億円(日本経済新聞)
      https://www.nikkei.com/article/DGXLZO19028200Z10C17A7TJ1000/
    4. AIで運転支援 日本進出 トヨタ出資の米VBナウト(日本経済新聞)
      https://www.nikkei.com/article/DGKKZO1808514025062017TJE000/
    5. 運転情報を技術開発に活用 米ベンチャーがトヨタなどに協力(SankeiBiz)
      https://www.sankeibiz.jp/business/news/180117/bsa1801172058006-n1.htm
    6. 運行管理を安全に(ナウトジャパン)
      https://www.nauto.com/product
    7. 会社案内(ナウトジャパン)
      https://www.nauto.com/about
    8. お問い合わせフォーム(ナウトジャパン)
      https://www.nauto.com/contact
    9. トヨタとBMW、米ベンチャーと提携…自動運転車の開発促進(Response)
      https://response.jp/article/2016/10/12/283402.html
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