もしAI(人工知能)市場に詳しくないビジネスパーソンが、AI企業について調べなければならない場合、アメリカの半導体大手エヌビディアを調査対象に加えるべきだろう。
もし大学の経済学部の学生が、日本のAIビジネスについてのレポートを書かなければならない場合も、エヌビディアを調べるべきだ。
トヨタ、ホンダ、ファナック、ソニーなどが自社製品のAI化にエヌビディアの技術を必要と考えているからだ。
有名企業がエヌビディアに近寄る目的
エヌビディアは半導体メーカーである。そして半導体の中でも、GPUという高性能製品をつくっている。これが同社の強みとなっている。
GPUについては後で解説するとして、本章ではなぜエヌビディアに有名企業が集まるのかみていく。
例えばトヨタと独フォルクスワーゲンは、世界で最も車を売っている企業であり、毎年どちらが年間生産台数1位になり、どちらが2位になるのかが話題になる。
その2社がエヌビディアに周波を送っているのだ。そしてこれまで自前主義を社是としていたホンダですら、エヌビディアに接触している。
自動車部品メーカーが複数社に部品を納入することは珍しくないが、エヌビディアのGPUに「群がる」様子は、一種異様である。
自動運転車に欠かせない技術
世界の自動車メーカーのいまの最大の関心事は、自動運転車である。人が運転しなくても車が勝手に目的地まで走ってくれる機能を備える。
自動運転車の技術は、人がまったくいない場所であればほぼ完ぺきに自由走行できるレベルにまで達している。
ただ人が往来する普通の街中では、まだ交通事故への対策が100%ではないので、完全自律型の自動運転車は公道で走っていない。アメリカでは自動運転車による死亡事故が複数回起きている。
いまの自動運転車にも「相当賢い」AIが搭載されている。例えば「道路標識を間違えず把握する能力」「100メートル先に存在する危険の察知」「万が一のときの急ブレーキ」「前を走る車との距離を一定に保つ運転技術」などは、自動運転車のほうが人を上回っている。
それでも各国の交通規制当局が、自動運転車の公道走行を全面解禁にしないのは、道路環境を完全に読み切れる技術を開発した自動車メーカーがまだ現れないからである。
ではなぜAIは道路環境を読み切れないのだろうか。それは道路環境にある情報があまりに多すぎて、自動運転車に搭載したAIの計算が追いつかないからである。
人にとって簡単なことほどAIは苦手
例えば歩道に人が歩いていたとする。もし自動運転車が「歩道を歩いている人が車道に出てくるリスクがあるので徐行をしなければならない」と認識したら、都心部の道路はいつもノロノロ運転による渋滞が起きるだろう。
では「人が歩道を歩いているなら安全に走行できる」と自動運転車が判断したら、子供が突然飛び出してくるケースに対応できなくなる。
人が運転していれば、「歩道に人がいるが、その人はスーツを着たサラリーマンなので飛び出してこないだろう」と判断できるし、「子供が歩道でボール遊びをしている。危ないなあ。徐行しておくか」とアクセルを緩めることもできる。
この判断は人にとってはとても簡単である。なぜなら「サラリーマンとは」「ボール遊びをしている子供とは」を知っているからだ。
しかし自動運転車のAIにとっては「考えなければならないことがたくさんありすぎて判断できない」となってしまう。
完全に自律走行できる自動運転車が公道を走るには、大量の情報を超高速で処理できるAIが必要になる。
その超天才AIをつくれそうなのが、いまのところエヌビディアだけなのだ。だから有名自動車メーカーがこぞってエヌビディアに集まるのである。
トヨタはすでにエヌビディアの技術を採用することを決めている。フォルクスワーゲンはCEO自らがエヌビディアのCEOに接触している。
エヌビディアはどのような企業なのか
エヌビディアは1993年にジェンスン・ファン氏とクリスA・マラコウスキー氏の2人が、米カリフォルニア州で創業した、半導体メーカーである。
ファン氏は現CEOである。
同社は最初から付加価値の高い半導体「GPU」を生産した。創業から2年後の1995年には、当時、知名度ではエヌビディアをはるかに上回る日本のゲームメーカーSEGAが「バーチャファイター」でエヌビディア製品を使った。
バーチャファイターは2人の登場人物が戦う格闘技ゲームで、複雑で素早い動きを、鮮明な画像で表現する必要があった。それを実現できたのがエヌビディアのGPUだった。
エヌビディアのGPUは、マイクロソフトのゲーム機「Xbox」にも、ソニーのプレイステーション3にも使われた。そのため、ゲームオタクのための半導体メーカーという異名も持っている。
しかしゲームの世界で画像の美しさや躍動感を追求したエヌビディアの技術は、NASAから必要とされるまでになった。NASAは火星の地形を再現しようと考え、そのためには精巧でリアルなバーチャル画像技術が必要だったのである。
エヌビディアはこれまでに、マスコミや大学や出版社などから「世界トップの成績を誇るCEO」や「世界で最も称賛される企業」「アメリカで最も環境に優しい企業」「働きやすい職場トップ50」の称号を贈られている。
その時価総額は10兆円を超え、これは日本のメガバンクに匹敵する規模である。
エヌビディアのGPUとは
エヌビディアの主力製品であるGPUは日本語では「画像処理装置」と呼ばれる。GPUと似た製品にCPUがあり、これは「中央処理装置」と呼ばれる。
画像と中央が、GPUとCPUの差である。
CPUはコンピュータの中枢を担う部品で、人がコンピュータに出した命令を解釈したり、その命令に従って計算を実行したりする。またコンピュータの行動を制御することもCPUの重要な仕事である。
GPUも命令を解釈したり計算したり制御したりするのだが、「業務内容」は3D画像をつくることだけである。
比ゆ的に説明すると、CPUに画像処理をさせても「職人」ではないからあまり上手な画が描けない。それで「プロの画家」で「画を描くことだけしかしない」GPUに高度な画の仕事を任せることにしたのである。
では、エヌビディアのGPUはどれほどすごいのだろうか。
同社は当初、独の自動車メーカー、アウディと組んで自動運転車向けの製品を開発していた。しかし当時は、アウディのセダンのトランクいっぱいの機械が必要だった。それが2016年に発表した「ドライブPX」は、手の平に乗るまでに小型化した。
そして最新の「エグザビア」はわずか1個のGPUで30兆回の演算が可能になった。しかも従来品よりはるかに省電力化できた。
30兆回も演算できれば、「歩道に歩いているのはサラリーマンだから通常速度で走行可能」「ボール遊びしている子供は飛び出してくるかもしれないから徐行の準備が必要」という判断ができるようになるかもしれない。
地味な仕事もコツコツこなす
エヌビディアによってバーチャファイターやプレステ3、さらにトヨタやフォルクスワーゲンの自動運転車が動くことは、とてもわかりやすい成果といえる。世間へのアピールもしやすい。
しかし同社のGPUは、もっと地味な仕事もコツコツこなしている。
ファナックが目指す完全自動工場にも寄与
日本の生産ロボットメーカー大手のファナック株式会社も、エヌビディアの技術を活用している企業の1つである。
ファナックとエヌビディアがタッグ組んで生まれるものは、自動工場である。
日本をはじめとする先進国の工場については、「かなり自動化されている」という印象を持っている人が多いだろう。例えばビール工場の見学会に参加すれば、作業員はほとんど見つからない。ただ缶ビールが無限に流れてくるだけだ。
しかしファナックなどが目指している自動工場は、その先を行く自律した自動工場である。
それにはまず、工場内のすべての機械やロボットにたくさんのセンサーを付ける必要がある。そしてすべての機械とロボットをインターネットでつなぐ。
こうすることで、機械やロボットに起きていることのすべてをデータとして収集することができる。
この莫大な情報をAIに計算させると、例えば製造ラインのスピードを秒速何センチにすれば最も効率よく工場を回せるかがわかる。また「この機械のこの部品は3年に一度壊れる」ということもわかるようになる。それがわかれば、2年半ごとに部品を交換すれば「壊れない機械」になる。
つまり工場自身が最適な運営を考えるようになる。その結果、24時間365日止まらない工場をつくることができる。
これだけの大量の計算をするにはエヌビディアのGPUが必要であると、ファナックは考えたのである。
まとめ~とにかく大量の情報を処理すること
エヌビディアのことを調べると、GPUがAI進化のカギを握っていることがわかるだろう。イメージとしては、GPUが1歩進めばAIが100歩進む、といったところだ。
トヨタやファナックなどの製造業はこれまで「やりたいこと」をずっと抱えてきた。技術の制約があったため、それができなかった。
ところがAIが出てきて、さらにAIの進化の道筋も見えてきたため、「いまこそやりたかったことをやろう」という機運が盛り上がってきたのだろう。
<参考>
- NVIDIAについて(エヌビディア)
http://www.nvidia.co.jp/object/ai-computing-jp.html - AI半導体「エヌビディア」は何がスゴいのか~トヨタやコマツが頼る新たな巨人の実力(東洋経済)
https://toyokeizai.net/articles/-/201392?page=2 - 1個のGPUで30兆、NVIDIAが放つ自動運転時代のAI戦略(Forbes)
https://forbesjapan.com/articles/detail/19648/1/1/1 - FANUC(ファナック)
https://www.fanuc.co.jp/index.html
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