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広告業界でGoogleやFacebookに対抗するDrawbridge社:基幹技術はクロスデバイスマッチング

米国スタートアップ企業であるDrawbridge社は三井物産と提携し、アドテクノロジー分野でGoogleやFacebookに対抗する。Drawbridgeの基幹技術は、機械学習によるクロスデバイスマッチングである。

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AIに特化したスタートアップ企業は国内に限っても、数多い。海外まで視野を広げると、そのすそ野の広さに驚かせる。三井物産と業務提携をしたDrawbridge社は、AIのなかでも広告に特化したスタートアップ企業である。業務提携の目玉は、「クロスデバイスマッチング」という技術だ。

AIや人工知能という言葉自体は表立って登場しないが、その背後にある技術はディープラーニングをはじめとする機械学習である。日本の企業とも業務提携する海外スタートアップ企業は、AI分野での業務提携の多様性を物語っている。

Drawbridgeとはこんな会社

AIに特化したスタートアップ企業は海外に向けると数多い

「スタートアップ」というフレーズが生まれたのは、米国カリフォルニア州サンフランシスコに位置するシリコンバレーだ。シリコンバレーにはGoogleやFacebookをはじめとするITベンチャー企業が数多く存在し、街に住む人は起業家精神に溢れているという。

日本ではベンチャー企業とスタートアップ企業との区別が曖昧な面もあるが、スタートアップ企業とは1つのビジネスモデルに特化したベンチャー企業のなかでも急成長をしたものを指す。単なる「スモールビジネス」とは一線を画す。

AIに特化したスタートアップ企業から将来急成長を遂げるものを100個ピックアップした「AI100」と呼ばれるリストがある。米国のソフトウェア企業CB INSIGHTSが厳選したリストで、そのなかから上位50企業を厳選したグラフを、米国最大のビジネス誌Fortuneが公表している。フィンテックやIoT、ロボットやヘルスケアなど、その分野の広さに驚かされる。上位50のなかには、中国や台湾、イスラエルなどのスタートアップ企業も含まれるが、その大半は米国のものだ。Drawbridge社もそのひとつに含まれる。

Drawbridgeの成り立ちまで

Drawbridge社は、AIのなかでも広告やマーケティングに特化したスタートアップ企業だ。DrawbridgeのCEOは、カマクシ・ シバラマクリシュナン(Kamakshi Sivaramakrishnan)氏。北米を中心に発行される中小企業や事業者向けの雑誌Inc.が2015年に発表した「米国で女性がけん引する急成長を遂げた企業50」の1つにDrawbridge社は挙げられている。

インド出身のシバラマクリシュナン氏は大学院入学を期にアメリカに留学し、スタンフォード大学の博士課程を修了する。専攻は情報理論だという。シバラマクリシュナン氏は、NASAのプロジェクトでエンジニアして参加後、スタートアップ企業であるAdMobにデータサイエンティストのヘッドとして働くことになる。AdMobとは、モバイルに特化した広告を中心に事業展開する企業で、2006年に創設された。2009年にGoogleに750万ドルで買収され、現在AdMobというと「AdMob by Google」という名称で、モバイルアプリに掲載される広告のプラットフォームに名前を残すのみである。

シバラマクリシュナン氏がDrawbridgeを立ち上げたのは、AdMobがGoogleに買収された直後の2010年11月のことだ。後述するクロスデバイスマッチングに目をつけて、ベンチャー企業を立ち上げたという。

Drawbridgeのサービス詳細とその活用事例、メカニズム等

インターネット広告業界とアドテクノロジー

ネット広告業界の進化はすさまじい。日本の広告市場は、約6兆円規模である。2014年に初めて1兆円を超えてから、拡大を続けている。インターネット広告の拡大に寄与したのが、インターネット技術の進歩だ。事業の効率化を図るPDCAサイクルと、ネット環境におけるデータ処理との親和性の高さが、ネット広告事業を活性化させている原因だ。

ネット広告を支えるインターネット技術が、「アドテクノロジー」と呼ばれるものである。アドテクノロジーの誕生は2010年頃。2008年のリーマンショックにより、金融分野のエンジニアが広告業界に流れたことがきっかけだという。

インターネット広告には、リスティング広告と呼ばれる検索結果にリストで掲載される広告と、ディスプレイ広告と呼ばれるウェブサイト上に掲載されるものの2種類が主流である。PCだけでなく、タブレットやスマートフォンなど、ディププレイの解像度の異なる広告に対応しないといけない。

通信機器ごとにディスプレイ広告を考えるのが「マルチデバイス」であるとすれば、ユーザごとで利用する通信機器の連携を考慮するのが、「クロスデバイス」といえるだろう。1人のユーザが複数の通信端末を利用することは珍しくない。SNSやクラウドサービスのアカウントを、PC、スマートフォンそれぞれの端末で使用する。この横断的にやりとりされるデータを活用してディスプレイ広告を表示できれば、広告のリーチが広がるのはいうまでもない。クロスデバイスが、単にディスプレイ広告のサイズやデザインを変更するよりもはるかに複雑な仕組みをしていることがおわかりいただけただろうか。

Drawbridgeが手掛けるのが、このクロスデバイスマッチングと呼ばれる技術であり、2017年に三井物産と業務提携を行なった。大手総合商社の印象が強い三井物産だが、IT業界とのつながりは深い。米国のインターネットサービス会社AOLや日本経済新聞と、AOLジャパンを創設したのが1996年。三井物産はAOLと合弁事業としてアドテクノロジー分野にも参入し、GoogleやFacebookに対抗しようとしていた。ところが、AOLとの事業から撤退することになり、方向転換を迫られたのである。Drawbridgeは、三井物産の新しいパートナーとして、アドテクノロジーに取り組もうとする。

Drawbridgeが目をつけるクロスデバイスマッチング

クロスデバイスマッチングとは、PCやタブレット、スマートフォンなどの通信機器でやり取りされるクッキー(cookie)などから、使用したユーザを推定する技術のことである。なぜ、クロスデバイスマッチングが広告の可能性を広げるのか。それは、ユーザを特定できれば、そのユーザが関心のある広告を、所有するすべての通信機器にディスプレイできるからに他ならない。

Drawbridge社が目をつけたクロスデバイスマッチングだが、GoogleやFacebookといった「ITの巨人」たちが手をこまねいて見ているわけではない。彼らもまた、クロスデバイスマッチングの研究・開発を行う。事実、Google Analyticsと呼ばれるWebアクセス分析サービスで、2018年7月11日に自動クロスデバイストラッキング機能が公表されたばかりだ。

では、Drawbridgeが取り組むクロスデバイスマッチングの斬新さはどこにあるのか。かいつまんでいうと、確実な情報(電話番号やメールアドレス)やその情報のやり取りからユーザを追跡する(deterministic)か、アクセスや趣向などからユーザを推定する(probabilistic)かの違いだ。Drawbridgeが取り組むのは、ユーザを推定する技術である。カンのいい方なら、ビッグデータを使って機械学習を行なえばユーザを特定できるのではと考えるだろう。まさに、その通りである。DrawbridgeはIPアドレスやブラウザの種類といったビッグデータを機械学習で処理するという。シバラマクリシュナン氏によると、ユーザ特定率は97.3%に及ぶそうだ。

AI_ベンチャー

(出典:https://www.cci.co.jp/wp/wp-content/uploads/2017/12/171208.pdf )

FacebookやGoogleと違い、Drawbridgeが機械学習をベースにしたクロスデバイスマッチングに取り組むには理由がある。GoogleやFacebookはSNSやクラウドサービスなど、ビッグデータを掌握している。そのため、機械学習に頼ることなく、ユーザを特定することは完ぺきではないにせよ容易だ。広告主やDrawbridgeのようなクロスデバイスベンダーの立場に立てば、FacebookやGoogleのサービスを使う側であり、ビッグデータをすべて掌握できる立場にない。機械学習によって、クロスデバイスマッチングを行なうのは、自然な流れである。もっとも、FacebookやGoogleがユーザの特定を完璧に行なっているわけではないので、クロスデバイスマッチング技術への新規参入は十分可能であると、シバラマクリシュナン氏は答える。

広告主の立場に立てば、正確な追跡が本当に広告にとって必要かどうか不透明だという。広告が広範にリーチすることが、従来のネット広告業界では重視されてきたと、シバラマクリシュナン氏は考える。いずれにせよ、クロスデバイスマッチングによるユーザ特定が、アドテクノロジーに一石を投じる技術であることは疑いようがない。

Drawbridgeと三井物産の業務提携でどこまでITの巨人たちに食い込めるか

Drawbridgeが注目するクロスデバイスマッチング技術は、広告業界とAIとを結ぶものである。三井物産のようなアドテクノロジー分野に取り組みたい大企業にとって、Drawbridgeのような広告業界に特化したAIスタートアップ企業が存在することは渡りに船である。三井物産とDrawbridgeとの合弁事業が、GoogleやFacebookといった巨人にどこまで食い込めるか注視したい。


<参考>

  1. Drawbridgeと三井物産、資本業務提携によりクロスデバイスソリューションの日本展開を開始 (PR TIMES)
    https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000027099.html
  2. 三井物産 芹澤さん、南原さんに聞く:Drawbridgeが可能にする人ベースのマーケティング (Unyoo.jp)
    http://unyoo.jp/2018/05/interview-drawbridge/
  3. 「ユーザー識別技術の世界標準になる」―推定型クロスデバイス・マッチングのドローブリッジと三井物産が日本市場参入 [インタビュー] (Exchange Wire Japan)
    https://www.exchangewire.jp/2017/08/25/interview-mitsui-and-drawbridge-crossdevice/
  4. デバイスをまたいでユーザーを特定できる、広告分析プラットフォーム「Drawbridge」 (The SV Startups 100)
    https://svs100.com/drawbridge/
  5. クロスデバイスにおける「正確なターゲティング」と「広範なリーチ」のトレードオフは解消できるのか (GLOBAL ADTECH)
    http://global-adtech.jp/blog/2575
  6. Kamakshi Sivaramakrishnan brings NASA-level smarts to the table as Drawbridge CEO (San Francisco Business Times)
    https://www.bizjournals.com/sanfrancisco/news/2016/11/10/most-admired-sivaramakrishnan-drawbridge-nasa.html
  7. CCI、三井物産が提携する米Drawbridgeのクロスデバイスソリューションを採用 複数デバイス間を横断するマーケティングデータ提供サービスを開始 (CCI)
    https://www.cci.co.jp/news/2017_12_08/1-14/
  8. ベンチャー企業とスタートアップの違い (freshtrax)
    http://blog.btrax.com/jp/2013/04/22/startup-2/
  9. 今さら聞けない!マルチデバイス・クロスデバイスの違い (モバイル・ラボ)
    https://www.domore.co.jp/mobilelab/smartphone/multi_cloth_device
  10. Cross-device tracking, explained (DIGI DAY)
    https://digiday.com/media/deterministic-vs-probabilistic-cross-device-tracking-explained-normals/
  11. The 50 Fastest-Growing Women-Led Companies in America (Inc.)
    https://www.inc.com/elaine-godfrey/2015-inc5000-the-50-fastest-growing-women-led-companies-in-america.html
  12. Here are 50 Companies Leading the AI Revolution (Fortune)
    http://fortune.com/2017/02/23/artificial-intelligence-companies/
  13. Cross-Device Tracking: Matching Devices and Cookies (Roberto D´ıaz-Moralesl)
    https://arxiv.org/pdf/1510.01175.pdf
  14. Cross-device tracking with machine learning (Elena Volkova)
    https://www.duo.uio.no/bitstream/handle/10852/56867/Master_Cross_device_Volkova.pdf
  15. 『ザ・アドテクノロジー』(菅原健一、有園雄一、岡田吉弘、杉原剛 著)
  16. 『アドテクノロジーの教科書』(広瀬信輔 著)
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