AIはまだ黎明期であり、天才たちの小集団でも突如「世界初」を開発することができ得る。しかし母体が小さいので、AI業界全体を席巻するには至らない。だからAIに関するニュースでは、ベンチャー企業の紹介が目立つ。
しかし巨大なIT企業も手をこまねいているわけではない。日本が世界に誇る巨大IT企業、NECと日立が取り組んでいるAIを使った小売業改革を紹介する。
小売業が直面する課題とは
NECと日立は、AI小売業ソリューションを別々に開発し別々に販売している。ところが両社が考える「小売業の課題」は酷似している。
しかしこれは偶然ではないだろう。NECも日立もソリューションの経験が長いので、課題をみつけることには長けている。着眼点が同じだったから、同じ課題をみつけたのだろう。その両社が似た課題をみつけたということは、その課題は小売業にとっては深刻なはずだ。そこでまずは、小売業が直面している諸課題についてみていこう。
コストをかけてでも取り組まなければならない課題
小売業は大量・多品種の商品とサービスを売っていることから、重要な社会インフラを担っている。また巨大な市場規模から日本経済に多大な影響を及ぼしている。だから小売業に課せられている社会的責務はとても大きい。しかしそのほとんどは、社会的責務を果たしたからといって企業に利益をもたらすものではない。コストは小売企業が被らなければならない。
小売業に課せられている社会的責務には次のようなものがある。
・少子高齢化対策
・地球環境への配慮
・省エネ化
・働きがいのある労働環境づくり
地球環境でいえば、世界全体で人の手でつくられた食料・食品の3分の1が廃棄されている問題がある。フランスは大手スーパーマーケットに対し、食品の廃棄処分を禁じる法律を制定した。日本の小売業も廃棄量が多い業界なので、この課題に真剣に取り組む必要がある。省エネ化の課題でも、コンビニの24時間営業などが議論になっている。このような深刻な課題に小売業だけで太刀打ちすることはできないので、NECや日立にとっては大きなビジネスチャンスになるだろう。
利益を上げるために取り組まなければならない課題
小売業の課題のなかには、それを課題としない企業は生き残ることができない、または売上を伸ばすことができないものもある。例えば次のような項目がそれに該当する。
・商品アイテム数の急増
・複雑かつ難解な発注業務
・労働力不足
・廃棄ロス
・多様化するライフスタイル
・購買行動の変化
・労働者不足
・外国人労働者の雇用
・販売経路の増加
商品アイテム数の急増と発注業務の複雑化は関連している。つまり1つの課題が別の課題を生み出すという状況で、小売業はまるでモグラたたきのゲームのように次から次へとわいてくる課題を1つずつ摘み取っていかなければならないのである。
AIは諸課題をどこまで解決できるのか
社会的な課題も利益につながる課題も、AIやITやIoTで解決できるかもしれない。AIは、経済活動で使うエネルギーを省力化することも、スタッフの省人化も得意だ。少子高齢化と労働者不足が深刻化している日本では、少ない人員で同じ仕事量をクリアできることは重要である。AIは日本の小売業のソリューションにとてもマッチする。
では次に、NECと日立が行っている小売業向けAIソリューションをみていこう。
NECが考える未来の小売店は「止まらない」
NECが考える小売店舗のあるべき姿は次のとおりだ。
・ほしいと思ったものが、いつでも、スムーズに買える
・客ひとりひとりに合ったおもてなし
・顧客体験や買い物体験の質の向上
・従業員の省人化
・業務の効率化
・「止まらない」店舗
このうち、AIの使い勝手がよいものを選んで解説する。
ほしいと思ったものが、いつでも、スムーズに買える店舗をどうつくるか
客がほしいと思ったものを、いつでも、スムーズに買える店舗をつくるために、NECはAIをどのように活用しているのだろうか。
理想の店舗をつくるには、店側は消費者ニーズと商品の販売状況と店舗内の在庫量を「瞬時に」「リアルタイムで」把握する必要がある。消費者ニーズを把握するには、AIを搭載した顔認証機器が役立つ。店舗内に顔認証機器を設置しておけば、常連客が来店したら店員がこれまでの買い物履歴を把握できるので、客が好みそうな商品を提案できる。これは「客1人ひとりに合ったおもてなし」にもつながる。
小売店の客にとって支払いは、楽しいショッピングの時間のほとんど唯一のストレスなので、支払い方法を簡素化すると客に歓迎されるだろう。レジ(支払い)でもAIが活躍する。客が購入したい商品を持ってレジにやってきたら、それらの商品の値段を瞬時に計算できる装置がある。AIが買い物かごのなかの商品を検知するのだ。これに電子マネーと組み合わせることで支払い時の客のアクションはほぼゼロになる。
従業員を省人化した店舗をどうつくるか、業務の効率化をどう実現するか
IoTは、あらゆるものをネットにつなげる取り組みである。ネットにつなげたものにセンサーを取りつければ、センサーが検知した情報を遠隔地で確認することができる。
例えばあるチェーン店の全100店に、大型冷蔵庫が1台ずつ設置されていたとする。計100台の冷蔵庫をIoT化すれば、庫内の温度管理を本社の社員が1人で行うことができる。コンビニのコーヒーメーカーをIoT化すれば、本社の社員が各店舗にコーヒーフィルターの交換時期を指示できる。コンビニ店の店員はその分販売に専念できる。このようなIoTにAIをドッキングさせれば、本社社員が行うこうした管理業務すら自動化できる。
業務の効率化では、NECには「異種混合学習技術」という武器がある。この技術は、過去の販売実績や日時、天気、イベント、キャンペーンなどを組み合わせて将来の需要を読み、商品ごとの発注数を割り出す。そのため必要在庫数も予測でき、複雑な発注業務が簡単かつ正確に行えるようになる。異種混合学習技術は、発注担当者を長年悩ませてきた、発注過多による不良在庫や過小発注による機会ロスを予防することができる。
「止まらない」店舗をどうつくるか
店舗をAI化すれば、「止まらない」店舗をつくることができる。普通の店舗は、さまざまなトラブルによって商品を販売できない時間ができてしまう。例えば店舗内のエレベーターが故障すれば商品の出し入れも客の移動も滞り、販売チャンスが減る。店舗のあらゆる設備や機器のトラブルを事前に予測できれば、故障する前にメンテナンスすることができ、店舗は止まらない。また、事前に来店者数を予測できれば、ピーク時にスタッフ数を多く配置することができ、接客が行き届く。これも販売を止めない策である。設備の故障予測も来店客数予測も、IoT化によるデータ収集とAIによる分析・推測で可能になる。
日立が考える未来の小売店は「軽々とマーケティング」
日立の小売業支援ビジネスの特徴は、店の「ファンづくり」に注目した点だ。世の中には同じような商品がたくさん出回っているので、客は商品の小さな差異より価格で買う店を選ぶようになる。小売店は自ら製品を製造しているわけではないので、ライバル商品より魅力的な商品をつくることはできない。だからといって価格で勝負していると、いつか必ず利益ぎりぎりで売ったり、赤字販売をしたりしなければならなくなる。過酷な価格競争から抜け出すには、マーケティングをして店のファンをつくる必要がある。
日立はAIを使って、小売店のファンをつくろうというのだ。
シナリオづくりから結果の検証までをAIで
移り気な客をファンにするには、店員が客の好みを察知して的確な商品をすすめなければならない。しかし小売企業は店員を安い賃金で雇わなければならず、客の好みを正確に把握できるカリスマ店員だけを集めることはできない。そこで小売企業は、スキルが低い店員でも客に的確な商品をすすめられるよう「販促シナリオ」という一種のマニュアルをつくっている。
日立は、この販促シナリオを自動で作成するマーケティングオートメーションサービスを開発し、小売店に販売している。このサービスでは、店舗が実施した販促施策の効果の測定や改善点の洗い出しも行う。
マーケティングオートメーションサービスの流れはこうだ。まず日立は小売店から、客情報、商品情報、取引明細などのデータを預かりAIに分析させる。ここでAIを使うのは、膨大な数のシミュレーションを行わせ最適解を導き出すためだ。
AI分析が終わると、日立は小売店に推奨商品リストを提供し、さらに広告やクーポン券などの販促施策を実施する時期も提案する。AIは使い込むほど賢くなって正しい答えを出す確率が高くなる。日立でも推奨商品リストを渡して終わりにするのではなく、店舗が実施した施策の結果を回収し、さらに販促シナリオを精査していく。
日立のマーケティングオートメーションサービスはすでに販売を行っていて、ある小売業では3カ月の取り組みで売上と客単価が4~5%上昇したそうだ。
まとめ~ソリューションの種類の豊富さが武器
AI関連の経済ニュースでは、どちらかというベンチャー企業や大学のほうが目立つ。そのため老舗の巨大IT企業は影が薄い印象がある。ただNECや日立の事例をみたとおり、大手もコツコツとAIによる小売業支援ビジネスを広げている。決して派手な開発は行っていないが、幅広いソリューションを武器に小売店舗の未来を描いている。
<参考>
- IoT・AIによる小売業の革新(NEC)
https://jpn.nec.com/techrep/journal/g17/n01/pdf/170112.pdf - 小売と卸を支える、「自動改善」のAI(日立)
http://www.hitachi.co.jp/products/it/it-pf/mag/ryoko/rtj2018/index.html - 小売業向けソリューションとは(日立)
https://www.hitachi-systems.com/sp/retail/concept/index
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