AI(人工知能)は囲碁や将棋のトッププロをことごとく破ってきた。囲碁と将棋には、単純なルールに基づいて複雑な読みを展開するという共通点がある。そして競馬も、ルールは一番速く走る馬を当てるだけなので単純だが、どの馬が最も速く走るかという読みは複雑極まりない。
しかし素人と考えだと、競馬予想のほうが囲碁や将棋で勝つことより簡単そうに思える。ならば競馬予想AIを開発すれば大儲けできる。
しかしいまだにAIを使って競馬で勝ちまくっている人のニュースを聞かない。なぜだろうか。
続きを読む勝利馬を当てるのがなぜ難しいのか
結論からいうと、百発百中の競馬予想AIはまだ開発されていない。また、そのようなAIが完成する気配もない。
さらに、もし百発百中の競馬予想AIが開発「されてしまったら」、競馬という事業は破綻するだろう。例えば日本最大の競馬団体のJRA(日本中央競馬会)の純利益は年間593億円しかない(2017年1月期)。万馬券(100円の馬券で10,000円の配当になる馬券)を1,000万円分買えば10億円になる。百発百中の競馬予想AIを使ってこの賭け方をわずか60回実行されただけで、JRAは赤字に陥ってしまう。
不確定要素が多すぎるから
しかしJRAが破綻することは、しばらくはなさそうだ。なぜならAIをもってしても、勝ち馬を当てることは非常に難しいからだ。競馬は不確定要素が多すぎるからである。
まず馬の数が多い。JRAだけでも競走馬は7,870頭も登録されている(2018年10月現在)。馬の速さは血統や調教状況などによって変わるので、その膨大な情報を7,870頭分入手しなければならない。
また競馬はレースの数が多い。JRAは全国に10の競馬場を持ち、年始を除く毎週土日に最大3カ所の競馬場でレースを行っている。1カ所の競馬場で1日12レース行うから単純計算で、年最大3,744レース(=1年52週×2日(土日)×最大3競馬場×12レース)行われていることになる。
そして騎手のスキルや調子もレースの行方を大きく左右する。競馬コースは芝、ダート、障害の3種類あり、コースを右回りするレースと左回りするレースがある。これらはいずれも馬によって得手不得手があり、勝敗に大きく影響する。
競馬は雨の日も行うので、天候も不確定要素に加わる。
つまり競馬は、健康(騎手と馬)と自然という、予想しづらい要素によって勝敗が決まるゲームなのだ。これに比べると将棋の手の予想は、40個の駒を81マスのなかでどう動かすかだけにすぎないといえる。その将棋ですらAIが余裕で将棋のトッププロに勝てるわけではない。
競馬予想AIの原理とは
IT企業のココン株式会社は、競馬予想AIの原理をホームページ上に公開している。その実力はすでに「馬券の購入金額以上の払い戻しが期待できる」程度に達したという。
AIは相対的な予測が苦手
ココンのエンジニアは、競馬予想が相対的であることがAI活用を難しくしていると話している。相対的の反対は絶対的だが、絶対的な予測ならAIは難なくこなす。
例えば、1頭の馬の情報と競馬場のコンディション情報とその日の天候情報をAIに入力し、この馬のこの競馬場でのその日の1周のラップタイムを予測することはそれほど難しくないという。これが絶対的な予測だ。
AIは大量のデータ(馬や競馬場などの情報)から結果(ラップタイム)を予測することが得意なのである。将棋AIも、大量の勝ちパターン情報と相手の一手(データ)から次の一手(結果)を導き出しているので、行っているのは絶対的な予測である。
ではなぜ相対的な予測を、AIは苦手とするのだろうか。それは「強い馬に負けた馬」と「弱い馬に勝った馬」が同じレースに出る場合、どちらを高く評価したらいいのか、AIにはわからないからだ。
「強い馬に負けた馬」は、弱い馬と競争すれば勝てるかもしれないし、また負けるかもしれない。
一方「弱い馬に勝った馬」は、強い馬と競争したら負けるかもしれないし、また勝てるかもしれない。
これでは「勝利数が多い馬が強い馬」とはいえないし、「勝利数が多い馬が次も勝つ」ともいえない。
1年間に最大3,744レースが行われ、1レースに最大18頭の馬が出走し、その馬は7,870頭のなかから選ばれる。つまり出走する馬はすべて「勝てるかもしれないし、負けるかもしれない」のだ。要するに予測不可能、となる。
ベテラン競馬ファンの評価基準を応用した
そこでココンは、ベテランの競馬ファンが「この馬は強い」といったり「この馬は弱い」といったりすることに着眼した。つまりすべての馬に「強さの序列」をつくれば、かなりの高確率で次のレースで勝てる馬を当てられる、というわけだ。
そして強さの序列をつくる情報源として、過去のレース結果を使うことにした。強さは「勝った馬のほうが負けた馬より強い」と判定することにした。
これに騎手、競馬場、天候、馬の成長、馬と騎手の相性などのデータを盛り込んで、競馬予想AIを開発した。
その実力は先ほど紹介したとおり「馬券の購入金額以上の払い戻しが期待できる」レベルであるが、同社のエンジニアは、このAIで「競馬で勝つことは保証しない。馬券購入は自己責任で」とコメントしている。
プラス4万円を稼いだ競馬予想AIとは
競馬予想AIはまだ手探り状態といえ、各社各様の理論に基づいて開発を進めている。したがって上記で紹介した競馬予想AIの原理は、あくまでココンによるものである。
そしてニコニコ動画の株式会社ドワンゴも、独自の技術で競馬予想AIを開発している。
ドワンゴは競馬予想AIの結果を公表していて、収支は次のようになっている。
2017年3月:マイナス489,690円
4月:マイナス48,590円
5月:プラス82,850円
6月:プラス498,140円
計(収支):プラス42,710円
かろうじて収支はプラスを保っている。
ドワンゴの取り組み
ドワンゴはユニークな方法でAIによる競馬予想を行っている。まずは一般の人から募金を集める。それを使って競馬をしてしまってはノミ行為になってしまうので、その募金は使わない。その代わりドワンゴ側が、募金と同じ額を自社で用意して、そのお金で競馬予想AIが予想した馬券を買う。
一般の人から集めた募金も、競馬で勝ったお金も寄付する。寄付先は犬や猫の不妊手術を無償で行っている団体などとなっている。
自社のAI開発をイベントにして、しかも社会貢献もしようというのである。
成績は月を追うごとに向上していった
ドワンゴの競馬予想AIの成績は、以下のとおりだった。( )はその月の馬券の購入金額である。
3月:マイナス489,690円(馬券購入額630,800円)
4月:マイナス48,590円(馬券購入額358,400円)
5月:プラス82,850円(馬券購入額223,700円)
6月:プラス498,140円(馬券購入額933,200円)
計:プラス42,710円(馬券購入額の総額2,146,100円)
興味深いのは、毎月成績が向上しているところだ。ちなみに3月は7日間競馬を行い、すべての日で収支は赤字だった。
しかし4月になると、10日間競馬を行い、3日間が黒字になった。
5月は8日間中5日間が黒字、6月も8日中5日間が黒字だった。
ドワンゴはAIをどう鍛えたのか
AIは鍛えれば鍛えるほど賢くなる。ドワンゴは競馬予想AIに1万回のシミュレーションをやらせた。
そのシミュレーション結果は、勝ち(収支が黒字)が6,500回、負け(赤字)が3,500回だった。
最も勝ったシミュレーションはプラス560万円で、最も負けたシミュレーションはマイナス250万円だった。中央値はプラス54万円だった。
ドワンゴが収集したデータの種類は、馬や騎手、厩舎などの成績や、馬の血統、オッズの変化など1,500種類に及ぶ。
AIと博打
2社の競馬予想AIについて「意外に当たっている」と感心するか、「この程度の的中率では不満だ」と評価するかは、意見のわかれるところだろう。
ただ実は博打は「収支を黒字にするだけ」なら、それほど難しくはない。AIどころかITの力を借りずに黒字を続けている人は存在する。
しかし「競馬の収支を黒字にすること」と「競馬で大儲けすること」はまったく別物なのである。つまり、毎月1万円分だけ馬券を買って100円儲ける(10,000円を10,100円にする)ことを10年続けることは不可能ではないが、毎月1億円かけて100万円儲ける(100,000,000円を101,000,000円にする)ことを10年続けることは不可能だ。
なぜか。
それは、博打は必ず親(胴元、運営者)が勝つようにデザインされているからだ。親は賭け金が特定の対象に集中すると調整に入り、自分が負けないようにする。親は月100円しか儲けない人のことは無視するが、毎月100万円儲ける人が現れたらマークするようになる。
調整のひとつがオッズだ。オッズとは何倍の配当がつくかという数字のことで、万馬券は100円の馬券が10,000円になるので、オッズは100倍となる。
そしてオッズ1倍というレースもある。誰もが「絶対に勝つ」と判断する馬が出走するレースで、実際にその馬に賭ける人が集中すると、レース直前にオッズが1倍に変更されることがあるのだ。
これでは100万円かけても、勝っても100万円しか戻ってこないので収支0円である。しかし誰もが「絶対に勝つ」と判断する馬が勝つ確率は100%ではないので、例えば走行中に骨折する確率は0ではないので、その馬に賭けた人全員が負けのリスクを負うことになる。
つまりオッズ1倍でも親は儲けることができるのである。
まとめ~競馬予想AIは夢のシステムになりうるのか
競馬予想AIがその精度を高めたら、夢のシステムになるのだろうか。
ドワンゴの4カ月の成績は「プラス42,710円、馬券購入額の総額2,146,100円」だった。約200万円を投じて約4万円の利益なので、利益率は2%である。もしAIによって利益率2%が絶対的に保証されているのであれば、理論上は10億円投じれば2,000万円の儲けになる。
しかし賭ける金額が多くなると「親の調整」が入るので、理論のとおりにはならないのである。つまり博打に夢のシステムは生まれない、というわけだ。
<参考>
- 日本中央競馬会平成29事業年度決算等に関する公告(JRA)
http://company.jra.jp/0000/keiei/keiei02/pdf01/koukoku29.pdf - 競走馬登録頭数(JRA)
http://www.jra.go.jp/datafile/resist/pdf/registration_count.pdf - 競馬予想AIを作る 〜ニューラルネットワークによる相対評価データセットの取り扱い例〜(ココントコ)
https://cocon-corporation.com/cocontoco/horseraceprediction_ai/
https://cocon-corporation.com/company/staff/ - 競馬のイロハ(BIGLOBE競馬)
http://keiba.cplaza.ne.jp/beginner/index.html - 右回りと左回りの競馬場(賢戦練馬)
http://www.weststock.com/apply/round.php - 人工知能募金(ドワンゴ)
http://www.jinkochinobokin.nicovideo.jp/ - 人工知能で募金を増やそう(ドワンゴ)
http://www.jinkochinobokin.nicovideo.jp/donation/index.html - オッズの仕組み(シンドローム)
https://www.syndrome.jp/basic/odds_mechanism.html
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