国や自治体の財政が危機的状況にあるというニュースは、もはや珍しくない。また財政危機を招いているのは社会保障費の膨張である、との説明も再三繰り返されている。
しかしこの事実は、聞き飽きてよい内容ではない。財政危機は国債という「子孫へのツケ」で乗り切っているし、社会保障費の膨張もさることながら政府や自治体の「無駄」も重要課題だ。
2018年度の公務員の人件費は年26.8兆円に達し、その内訳は国家公務員5.2兆円、地方公務員20.3兆円、その他1.3兆円となっている(*)。
もし公務員の仕事を効率化でき、公務員の人数を減らすことができれば、国や自治体の財政状況は改善され、子孫へのツケも少し減らすことができる。
そこで期待されるのが、AI(人工知能)を使った行政業務の効率化と公務員の生産性の向上だ。日本を破産させないためにAIの活躍に期待したい。
*:平成30年度公務員人件費 平成29年12月財務省主計局
https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2018/seifuan30/21.pdf
AIで代替できる公務員の仕事とは
「お役所仕事」という言葉があるほど、公務員の仕事の仕方には批判が多い。ただ公務員の業務効率と行政サービスの質は反比例する。つまり、住民が行政に対し上質なサービスを求めれば求めるほど、公務員たちの作業効率は落ちる。きめ細かいサービスを提供するには、効率を犠牲にするしかないからだ。
したがって、なんの手当てもなくただ単純に公務員を減らすことは、国民や住民にとって得策とはいえない。
公務員を減らすのであれば、AIに置き換えることができる公務員業務を丹念に洗い出し、AI化によって支障が出ないことを慎重に検証していかなければならない。
保育園の子供の割り振り作業で圧倒的な効率化に成功
さいたま市のAI活用法は、AI業界で話題になったほど業務を効率化させた。
さいたま市では毎年、8,000人の子供たちを市内の約300の保育園に割り振る作業をしている。入所希望者に対し保育園の数が足りないので、親の希望を100%かなえることはできない。かといって親の希望をまったく無視して子供を割り振ると、そもそも子供を保育園に預ける利便性が失われてしまう。
そこで、割り振りをする担当者には親の要望に「なるべく」応えていくことが求められるのだが、「きょうだいで同じ保育園に入れたい」「通勤経路上の保育園に通わせたい」「残業が多く発生する職場なのでなるべく遅くまで預かってもらいたい」など、親の要望は細かいうえに具体的だ。
しかも複数の親の要望が1つの保育園でバッティングし、全員をその保育園に入れることができない場合、それぞれの緊急度を測定して優先順位をつけなければならない。例えば母子家庭や低所得者層の優先順位を高めなければならない一方で、両親共働きで経済的に余裕があり、さらに祖父母の支援が受けられる家庭の子供の優先順位は下げざるを得ない。
保育園に子供を割り振るにはこうしたシミュレーションを何回も行わなければならず、さいたま市はこの作業に30人の職員を投入し、50時間をかけてきた。
ところが富士通研究所がAIにこの作業をさせたところ数秒で答えを出した。その答えは30人が50時間かけて出した答えと似ていたという。
この業務はAIに「置き換えることができる」業務というより、AIに「置き換えるべき」業務といえるだろう。なぜなら、シミュレーションを何回も試す作業は退屈な仕事で、作業者に苦痛を与えるからだ。貴重な公務員人材を退屈な作業で消耗させるのはもったいない話である。
AIを「法律の先生」にする
公務員の本懐は法律や条例を適切に執行することである。法律や条例は選挙によって選ばれた政治家たちがつくったルールなので、そのルールが曲げられることは民主主義の否定につながる。公務員の「法律の番人」としての仕事は、民主主義そのものといえる。
そのため公務員は法律に熟知しなければならないのだが、法律や条例は数多(あまた)存在し、そして公務員は頻繁に人事異動を繰り返す。公務員は、新しい職場に配属されたらその職場で使われる法律を覚えなければならない。
しかし法律の番人であっても法律を覚えることは簡単ではない。そのため公務員は、頻繁に法律の誤認によるミスを繰り返している。
例えば2018年12月に、全国各地の税務署の職員が住宅ローン減税の計算方法を間違えて、本来より少ない金額しか徴収できていないことが発覚した。対象者は1万4,500人に達し、不足額は1人あたり数万円から数十万円になるという。仮に1人平均5万円不足していたとしたら、不足分の総額は7.25億円になる。
少々きつい言い方になるが、公務員のミスによって税金が7.25億円も減ってしまったのだ。
住宅ローン減税の計算方法も、当然法律で定めている。つまりこの事故は、公務員が法律の知識を有していないと税の公平性が揺らぐことを証明した。
それと同時にこの事故は、法律の番人である公務員ですら判断に迷うほど、法律が複雑化していることも証明している。なぜならこの計算ミスは全国の税務署で起きていて、「人知を超えた法律をつくってしまった」ともいえるのだ。
この「法律の法律問題」の解決に乗り出したのが大阪市だ。
税金制度と同じくらい複雑なのが、戸籍関連の法律だ。担当職員は民法や戸籍法などの法律を熟知していないと、正確な戸籍をつくることができない。ところが戸籍は、出生の仕方や養子縁組、国際結婚、離婚のタイミングなど国民の生活スタイルによって大きな影響を受けるから、担当職員は、戸籍に影響を与える事象を正確に拾い集めなければならない。
そして戸籍は、国民の生活を有利にも不利にもする。
そこで自治体の担当者は、複雑なケースについてはいちいち法務省に尋ねなければならない。大阪市の戸籍担当者もそうしてきた。
そこで大阪市は、戸籍業務に迷った職員が尋ねることができるAIシステムをつくった。キーワードを入力するとAIが職員の悩み事を理解し、過去の判例などを提示してくれる。いわば「法律の先生」をAIでつくったのである。
これは公務員の本来業務をAIに任せることでもあるが、そのメリットは大きい。
法律の執行が確実になるので、より公正な社会をつくることができる。またスキルが低い担当者も正しい判断ができるので、公務員の人事異動がしやすくなる。
公務員は同じ職場に長く居ると業者との癒着や汚職のリスクが高まるので、定期的に異動させることが望ましいとされている。
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三菱総合研究所の「AI住民問合せ対応サービス」とは
三菱総合研究所は2018年10月から、35の地方自治体と協力して住民問い合わせ対応サービス「AIスタッフ総合案内サービス」の実証実験を始めた。
自治体には住民からさまざまな問い合わせが寄せられるが、その最初の回答者をAIにやらせる試みだ。
基本的にチャット(対話)の仕組みを使う。
操作方法はLINEと同じで、スマホのアプリを立ち上げて質問を文章で打ち込むと、AIが文章で回答する。
例えば住民(ユーザー)が「年金について知りたい」と打ち込むと、AIは「こちらのなかからお探しのものを選択してください」と回答し、「国民年金制度について」「国民年金の加入・脱退・変更」「国民年金保険料の納付」「国民年金の給付について」「国民年金のご相談」「国民年金手帳について」の6項目を示す。
住民がこのなかから「国民手帳について」を選択し、続いて「国民年金手帳を再発行したい」と入力すると、AIは「年金手帳の再発行は役所や年金事務所でできますよ! 加入している年金によって手続き場所が異なるので確認してみてください」と回答する。
三菱総合研究所がこの「AI行政窓口」をつくるきっかけになったのは、やはり業務の「無駄」だった。
三菱総合研究所が東京都狛江市の健康福祉課の職員の業務内容を調査したところ、電話と窓口での住民問い合わせ対応に1日の半分を費やしていることが判明した。
健康福祉課の職員には、住民問い合わせ対応以外にも、料金の収入、申請入力、申請審査、補助金関連、通知書の作成、月報や報告書の作成、起案文書の作成、訪問調査、会議や打ち合わせ、出張などの業務がある。住民問い合わせ対応に半日が取られるということは、そのほかのすべての業務を半日で片付けなければならないということであり、それは業務の質の低下を意味する。それは住民サービスの低下に直結する。
AIで住民からの問い合わせの大部分を対応できれば、職員は込み入った問い合わせだけを受け持てばよくなる。したがって職員は、込み入った問い合わせに丁寧に対応することもできるし、そのほかの業務の質を向上させることもできる。
AIで代替できない公務員の仕事がある
AIはかなり広範囲に、公務員の作業を代行できることがわかった。しかしAIが苦手とする公務員業務も少なくない。
まず政策の企画立案作業だ。
例えば公務員は、特定産業の育成や支援を行っている。市内にIT化が遅れている中小企業が多くあれば、IT化を支援する方策を考えなければならない。ところがIT化といっても、パソコンを多く導入するだけで解決することもあれば、高度なシステムを構築しなければ生産性が向上しないこともある。もしくはそもそもIT人材を増やさなければならないかもしれない。こうしたITニーズは、いくつかの企業にヒアリングして確かめなければならない。
そのほか農業政策でも観光促進策でも公務員の企画立案力がカギを握るが、AIは聞き取り調査をしたり新しいアイデアを発案したりすることが苦手だ。
また法律づくりもAIは得意ではない。
法律や条例は「建前上は」国会議員や地方議会議員がつくることになっているが、実際の作成者は優秀な公務員たちだ。法律や条例は、何かをしたいときや何かを規制したいときにつくる。つまり法律と条例は、人間の都合に合わせて構築していかなければならない。そして罰則を設ける必要があれば、その量刑をどの程度にするか検討しなければならない。
これらの仕事をAIに置き換えることは当面難しいだろう。
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まとめ~AIが進化すると公務員はどうなるのだろうか
AIが公務員の仕事を次々とこなしていけば、よりよい社会ができるだろう。公務員が減れば必要な税金が減る。税金の支払いが減れば、国民の利益は増える。
また公務員自身も、理不尽で退屈で非創造的な仕事から解放される。そうなれば国民や住民に尽くすという、公務員が本来しなければならない仕事に精を出すことができる。これは公務員のやりがいにつながるはずだ。
AIの利用拡大によって、国民・住民と公務員の連携はより強化されるだろう。
<参考>
- 平成30年度公務員人件費(財務省主計局)
https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2018/seifuan30/21.pdf - AIで住民の利便性が向上するか? 地方自治体の新しい試み(Forbes)
https://forbesjapan.com/articles/detail/19212/1/1/1 - 住宅ローン「減税しすぎ」1万人超 追加納税の可能性(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38763360Q8A211C1MM0000/ - 公務員の異動の決め方とは|希望した部署はかなうのか・拒否権限はあるのか【疑問解決】(就活の未来)
https://shukatsu-mirai.com/archives/24915 - AIによる住民問い合わせ対応サービスを提供開始~鍵は行政情報の標準化~(三菱総合研究所)
https://www.mri.co.jp/news/press/public_office/028243.html - AIスタッフ総合案内サービス(三菱総合研究所)
https://aistaff.mri.co.jp/ai%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%83%e3%83%95%e7%b7%8f%e5%90%88%e6%a1%88%e5%86%85%e3%82%b5%e3%83%bc%e3%83%93%e3%82%b9/
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