小売業界ほどAI(人工知能)を必要としている分野もないだろう。日本の小売業界はデフレ経済と人口減少の影響をもろに受け大きな痛手を負っている。
そこで、大きな可能性と有望な将来性を有するAIの力を借りようと考えたわけである。
最近、AIに関するニュースが目につくが、しかしAIの実用例といっても多くは実験的なものであったり、デモンストレーションだったり、エンターテイメント性の強いものだが、小売業のAIは完全に「本気モード」だ。
小売企業はAIシステムに投資する代わりにそれ以上の果実を得ようとしている。だから売上やコストダウンや労働支援に直結する「使えるAI」しか購入しない。そのため小売業にAIシステムを提供するIT企業は徹底的にビジネス仕様にこだわる。
この記事では、小売業の現状を概観したうえで、AIが小売業にもたらすメリットを考察していく。またAIを導入した小売店などの実例もあわせて紹介する。
続きを読む小売業の現状とAIを必要とする理由
まずは最近の小売業の現状をみていこう。
小売業の売上高の構造は実にシンプルで「商品単価×客数」だけである。高い商品を扱えば収入が増え、客が増えればさらに儲かる。ところがその計算式が崩れているのである。
安値ブームは依然健在
デフレ経済は物価が下落する状態である。物価の下落とは商品単価が安くなることを意味する。日本銀行は物価を2%上げようとあの手この手の景気策を打ち出しているが、物価は一向に上がる気配がない。物価が上がるどころか、価格破壊が自らの首を絞める行為であることを学んだはずの小売業界は、再び値下げ競争に入った。安さに価値を見出す消費者が一向に減らないので、値下げしないと売れないからだ。
買う人が減っているから不振は当然
それに追い打ちをかけるのが人口減少、現役世代の減少、少子化、高齢化である。現役世代の減少は購買力の衰えにつながり、少子化は子供向け商品が売れなくなることを意味する。そして高齢者は増えているが、彼らは購入意欲が強くないうえに購入量が限られる。
つまり小売業の売上高を決める「商品単価×客数」の2要素が、ともに縮小してしまっているのだ。経済産業省の商業動態統計によると、小売業の販売額は、1989年ごろは150兆円に迫る勢いがあったが、2000年ごろに140兆円を下回り、その後若干回復したが140兆円が「天井」になっている。
一方で配送コストの増加や原材料の高騰などから、小売業者がトラック業者や食品メーカーに支払うお金は増えている。
先ほど、小売業の現状を紹介すると述べたが、現状というより惨状である。
小売業はAIの力を渇望し、AI化しない小売業は淘汰されてしまうかもしれないのである。
AIによって小売業はどう変わるのか
AIはITの発展形であることから、これまでITによって高効率化と生産性の向上を達成できた小売業が、AIの導入によって大きな恩恵を得ることは間違いなさそうだ。
AIの能力のうち、小売業に貢献できそうなものは次のとおりである。
・監視やモニタリング
・消費者の体験(ユーザーエクスペリエンス)の向上
・予測能力
・省力化
・商品管理の自動化
どれも小売業の生命線になりうるものばかりなのでひとつずつみていこう。
商品の監視やモニタリング
AIによって商品の監視やモニタリングができると、小売業にどのようなメリットをもたらすだろうか。
小売業の効率化を阻む要因のひとつに、少量多品種の品ぞろえをしなければならない事情がある。かつてのスーパーは、同じものを大量に仕入れ安く売ればよかった。大量に仕入れるから安く購入できるので、安く販売しても利益を確保することができた。
ところが消費者の志向が多様化したことで、ほとんど同じコンセプトの商品でも、微妙に違うものを店頭に並べる必要が出てきた。
小売店の商品管理業務は格段に複雑になった。
AIは物体の監視やモニタリングができる。監視カメラが撮影した写真や動画から、商品名や個数を特定することができるのである。
そのAI付き監視カメラを店内に設置すれば、店員は棚の商品がどれだけ減ったかを、現場に行かなくても把握できるようになる。店員は、AIが指示した商品を指示された個数だけ倉庫から持ち出して棚に並べるだけでよい。
またAIはモニターすることもできるから、どの商品がいつごろ、どのような属性を持つ客に購入されたかがわかる。従来のPOSレジは店員が入力しなければならないが、AI商品モニターならその必要がない。しかも人がPOSレジに入力するより正確な顧客データを集めることができる。
消費者の体験(ユーザーエクスペリエンス)の向上
AIによって消費者の体験(ユーザーエクスペリエンス)が向上すると、小売業にどのようなメリットをもたらすだろうか。
消費者の体験は、消費者の志向がモノ消費からコト消費に移行してきたことからビジネスで重視されるようになった。例えば見学型観光やグルメ観光から体験型観光に移り変わったのも同じ流れである。
小売業界は典型的なモノ消費の現場であるが、それでも消費者の体験を無視できなくなってきた。
例えば、アメリカ発祥のスーパーマーケット「コストコ」は、ボリューム感あふれる商品群と倉庫のようなレイアウトで、日本の消費者にも厚く支持されている。コストコで買い物をするには有料の会員にならなければならず、これは実質的に入場料だ。入場料を徴収できるだけの魅力がコストコにはあるということだ。
AIの会話機能を使えば、無人システムであっても顧客に寄り添うことができる。例えば、顧客がAIシステムのタッチパネルで買いたい商品のジャンルを選択すると、顧客の容貌からおすすめの商品と売り場を案内することができる。
これは店の利便性を向上させるだけでなく、AI体験というこれまでになかった新しいサービスを客に提供できる。AIのエンターテイメント性が店舗に彩を添えるわけである。
予測能力の向上
AIの予測能力は、特に小売業にとって重要になるだろう。
AIは、人のバイヤーと同じ「読み」をする。つまり天気、気温、日にち、地域、イベント、季節、時間、属性、客層などの情報を駆使して、何が売れるかを言い当てるのである。AI商品予測と人のバイヤーの予測の違いは、インプットできる情報量である。無論、AIに入力できる情報量は人のバイヤーを圧倒する。そして商品予測は情報量を多いほど的中率が高まる。
商品予測ができると、商品の発注がしやすくなる。商品の発注業務を人のバイヤーに頼らなくてよくなると、誰でも発注業務を担えるようになる。AIが「A商品をB個買ったほうがよい」と提案するので、そのとおりに発注すればよいのだ。
小売業に携わっている人なら誰もが、「販売予測が100%的中すれば楽に商売できる」と考えているはずだ。そして販売予測の精度が向上すればロスが少なくなり社会貢献につながる。昨今、消費できるのに廃棄する小売業の体質を批判する声が高まっているが、AI予測によってそれを解消できるかもしれない。
省力化
AIは人の代わりになるので、小売の現場で省力化することができる。人件費が減れば売上の減少をカバーできるだけでなく、省力化できた現場の人員を接客業務に振り分けることができる。
AIが代行できる人の仕事は単純作業が多いので、その手の仕事を嫌う人は少なくない。したがってAIによって単純作業が減ったりなくなったりすれば、従業員のやりがいも向上する。
小売業も人手不足や離職の多さに悩んでいることから、AIによる省力化は大きなメリットになりうる。
商品管理の自動化
AIによって商品管理の自動化ができると、小売業の管理部門の仕事は大幅に減る。小売業は流通業でもある。すなわち、メーカーがつくった商品を消費者に流す手伝いをしているのである。小売業の使命は、1秒でも速くモノを流すことであるといってよい。モノが早く売れればメーカーは生産を増やせるし、モノが早く店頭に並べば、消費者は新鮮な商品を購入できる。
ところがモノを流すには、仕入時と販売時の2回、商品をチェックしなければならない。厳格に数えると、倉庫に入れるときや倉庫から出すときもチェックする必要がある。
小売業の管理部門の担当者は日夜、商品管理に追われている。AIは物体を識別することができるので、商品チェックに使うことができる。これまでの非AIのセンサーが1種類ずつしか商品の数を数えられなかったのに対し、AIは複数種類の商品を一度に識別しカウントする。
AIによる商品管理が進めば、管理部門の担当者の仕事を大幅に減らすことができる。
小売業におけるAIの活用例
AIの導入に熱心な企業のひとつがコンビニ大手のローソンだ。
ローソンは三菱商事と組み、コンビニ各店の電力使用を集中制御して省電力化する取り組みを始めた。約5,000店舗を通信回線で結び、AIで空調や照明を最適化する。
ローソンはこの取り組みによって1年間に総額数億円規模のコストダウンが図れるとしている。
またローソンは、先ほど紹介したAIを使った販売予測システムも開発中だ。
さらに、店内にAIカメラを設置して客の消費行動をとらえ、それをビッグデーターに加工して別の分析用AIに分析させる取り組みも行っている。
客のモニタリングではすでに成果が出ている。ある店舗で平日の昼間の書き入れどきに、レジ待ちの客が弁当コーナーに行こうとしている客の障害になることがわかった。弁当コーナーを移設したところ、弁当の売上が顕著に伸びたという。
ローソンはこうした取り組みを実験店舗で試し、順次フランチャイズ店にも普及させていく。
まとめ~売れないなら売り方を変える
小売業界は確かに今は苦境に立たされているが、それでも「絶対になくならない業種」のひとつでもある。消費者が存在すれば小売店が必ず必要だからだ。
つまり、どれだけ小売業界に不振の荒らしが吹き荒れても、着実に業績を伸ばしている企業も存在する。そのような小売企業は「売れないなら売り方を変えればよい」と考えている。
AIは万能ではない。しかしAIは、ビジネスパーソンのアイデアを実現させることができる。したがって小売業が売り方を変えようと考えれば、AIは役に立つはずである。
<参考>
- 第3回:各種データから見える小売業を取り巻く環境の変化
https://www.shinnihon.or.jp/corporate-accounting/industries/basic/retail/2017-03-27-01.html - AIが小売業を変える3つのソリューション ― AIによる販促支援から需要予測まで
https://www.optim.cloud/blog/use-case/3-solutions-that-change-retail/ - AIでコンビニ節電、三菱商事とローソン、5,000店集中制御
https://messe.nikkei.co.jp/rt/news/138508.html - ローソンが示す”次世代コンビニ”の未来像
https://president.jp/articles/-/24710?page=2
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