小売企業が本格的にAI(人工知能)を活用し始めている。小売業界は今、安いものしか売れないデフレ経済と、財布のひもが閉まる消費増税と、少量多品種の品ぞろえをしなければならない消費者の多様性という三重苦に見舞われている。
そこでマーケティングなどで活躍しているビジネス向けAIに白羽の矢が立ったわけである。
ただひと口に「小売AI」といっても、「多く売るAI」「無駄なく売るAI」「快適に売るAI」の3タイプにわかれる。4つの事例とともに、この小売AIの3類型を紹介する。
続きを読む【多く売るAI】スーパーセンター・トライアル
多く売るために開発されたAIを使っているのは、全国に221店のスーパーマーケットを展開している「スーパーセンター・トライアル」(以下、トライアル)だ。
トライアルが福岡市の店舗に導入したAIシステムは、700台のカメラとAIコンピュータで構成されている。
700台のカメラがとらえた客の映像から、AIは年齢、性別、移動経路、客が立ち止まった商品棚、棚の前を通過した人数、手に取った商品、元の場所に戻した商品、購入した商品などの情報を次々収集、分析、集計していく。
POSシステムでは買ったデータしか取れない
スーパー業界の顧客分析システムには、以前からPOSシステムがある。レジの担当者が推測年齢や性別を入力すれば、どの年齢のどの性別の人が何時にどの商品を買ったのかがわかる。これらのデータはマーケティングに利用され、売上に貢献してきた。
しかしPOSシステムは、買ったデータしか集めることができないことだ。もしかしたらある客は、本命の製品がなかったから、仕方なく類似品を購入したかもしれない。その場合、今回は来店してしまったから類似品を購入したが、次は別の店に行って本命の製品を買うかもしれない。この場合、類似品は「売れ筋商品」と判定してはならないが、POSシステムでは「売れた」というデータになってしまう。店側はなぜ客が離反したのかわからず、したがってバイヤーはよりよい製品を探す動機を得られない
AI分析でビールと菓子の買い方の違いがみえた
ではトライアルでは、700台のカメラとAIによって、客の何がみえてきたのだろうか。
ビールを買い求める客は、迷わず商品棚に行き、迷わず商品を手に取る傾向が強いことがわかった。一方、菓子を買う客は、菓子コーナーに入ってから棚の前をうろうろしながら商品を探す。パッケージをじっと見つめている客も多いことがわかった。パッケージに書かれてあるPR文章や製品説明を熟読してから買い物かごに入れるのである。また一度手に取ったものを棚に戻すシーンも、ビールに比べて格段に多かった。
つまり、ビールは計画購買が多く、菓子は衝動購買が多いことが、AIでわかったのである。これがわかると、スーパー側は商品の陳列方法を工夫できる。ビールは種類が認識できれば「ぎゅうぎゅう詰め」に並べても販売量が落ちないと予想できる。菓子の棚は、ポップをつけてPRすれば販売が伸びるかもしれない。
またトライアルでは、人気のカップラーメンは、カップラーメンコーナーと特設スペースの両方に置いている。特設スペースとは、特売品だけを置く場所で、商品が入った段ボールを積み上げたりしてレイアウトを工夫している。
AIが客の購買動向を分析したところ、同じ種類の同じ価格のカップラーメンでも、特設スペースのほうが、カップラーメンコーナーより多く売れることがわかった。
このことから、特設スペースに段ボールを積み上げて陳列すると、客が「安い」という印象を持つことがわかる。また、特設スペースに置いたカップラーメンは、カップラーメンコーナーに置いておく意味がないこともわかる。
AIは商品レイアウトのヒントをくれる
スーパーで多く売るには、客に「買いたい」と思わせる必要がある。それでどのスーパーも日夜レイアウトを工夫しているはずだが、AIを使えば商品レイアウトの有力なヒントを提供してもらえるのである。
【多く売るAI】GMOのダイバーシティ・インサイト・フォー・リテイル
IT大手のGMOグループのGMOクラウド株式会社は、小売業向けのAIサービス「ダイバーシティ・インサイト・フォー・リテイル」(以下、DIFR)を開発した。こちらも来店客の属性や行動を分析する機能を備えている。
また、防犯カメラ映像とAIを組み合わせている点でも、トライアルのAI方式と似ている。
ではDIFRの売りは何かというと、分析の細かさだ。例えば、顧客の個人属性の分類と行動の分類の合計は100種類になる。したがって小売店がDIFRを導入すれば、増やしたい客層を分析したり、特定の客層をターゲットにしたキャンペーンの効果を測定したりすることができる。
また、DIFRのAIは「一度見た客」を忘れないから、来店客に占めるリピーター客の割合がわかる。さらにリピーター客が何をどれくらい買い、いくら支払ったかがわかるから、その客が企業にもたらす価値「ライフ・タイム・バリュー」(LTV)を算出できる。
LTVが正確にわかれば、価値が高い顧客を優遇する戦略を打ち出すことができる。
GMOクラウドはDIFRの価格を公表していて、ベーシックプランは初期費用5万円、月額料金25,000円だ。
【無駄なく売るAI】イスラエルのウェイストレス
ウェイストレスはWastelessとつづり、無駄(waste)がない(less)という意味だ。
ウェイストレスはイスラエルのIT企業で、食品小売業向けに廃棄ロスの低減や在庫を最適化するなどのソリューションを提供している。
2016年設立のベンチャーだが、すでにオランダのベンチャーキャピタルから2.6億円を調達した実績を持つ。
ウェイストレスのAIシステムは、売れ行きや消費期限を参考にしながら、食品の適正価格を算出する。売れ残りが濃厚になってきた食品について、AIが値下げ判断をする。AIが判断した価格のデータは、すぐに店舗内の食品棚に掲示している電子棚札に送信され、表示価格が変わる。
食品小売店は、安易に値下げすると定価で買ってもらえなくなるが、定価販売を最後まで続けていては食品ロスが増えるというジレンマを抱えている。ビジネスだけを考えると売れ残った食品を廃棄してでも定価販売を通したほうがよい。しかし昨今は、消費者が食品ロスを倫理的に問題があると考え始めている。食品廃棄を垂れ流している食品小売店は、消費者から相手にされなくなる。
また、値下げするタイミングと値下げ幅の決定も難しい。あまり早く値下げしてしまうと利益が減ってしまうが、値下げタイミングを消費期限ぎりぎりに設定すると顧客の利便性を削ぐことになる。また、値下げしすぎると値下げするまで買ってもらえなくなるし、値下げ幅が小さいと消費期限が迫った食品を買うメリットが低下する。
そこでAIにベストのタイミングと値下げ幅を算出させたわけである。
ウェイストレスがこのAIシステムをスペイン・マドリードの食品小売店で導入したところ、食品廃棄量が32.7%減り、収益は6.3%上昇したという。
値下げしたので食品廃棄量を減少させたのは当然としても、収益を6%以上も押し上げたのは「立派」としかいいようがない。
これはAIが、定価販売時の販売状況を的確にとらえているから可能になった。つまり、値下げを行ったことで定価販売が落ち込めば、AIは「値下げするタイミングが早すぎたか、値下げ幅が大きすぎた」と判断することができる。そして次の値下げを決めるときの参考にする。
廃棄ロスを低下させながら収益を向上させたことで、善良な店で安く買うことができる客と、イメージアップと売上増を実現できる小売店は、Win=Winの関係を築くことができる。
【快適に売るAI】大丸札幌店
一流デパートは、本音では「多く売りたい」「無駄なく売りたい」と考えていても、段ボールを山積みにした商品レイアウトや、消費期限間近の食品を頻繁に値下げする手法は取りづらい。一流デパートの顧客は多少割高であっても優雅に買い物をしたいと考えているからだ。
そこで北海道札幌市のデパート、大丸札幌店は館内の混雑を解析するAIシステムを導入した。
来店者がスマートフォンに専用アプリをダウンロードしておけば、レストランやカフェの混雑状況やトイレや授乳室の使用状況などを把握することができる。例えばお目当てのレストランが今、「空」なのか「残数わずか」なのか「待ち時間○分」なのかがわかる。
来館客は効率よくデパート内をめぐることができるので、気持ちよく買い物できる。それがさらなる購買意欲を誘発するようになるだろう。
まとめ~AIに聞かないと売れない時代になる?
AIが小売業にもたらすメリットは大きく、デメリットはほとんどない。消費者自身が意識しない購買行動を、AIは丸裸にする。そこまで消費者を補足できれば、販売戦略を立てやすくなる。
AIシステムはまだ高価だが、早晩、価格は下がるだろう。そうなるとAIを導入しない小売店のほうが少なくなるかもしれない。AIに聞かないとモノが売れない時代が到来するだろう。
<参考>
- 小売業「トライアル」店舗における先進のAI活用事例!700台のカメラで顧客トラッキング&マーケティング(ロボスタ)
https://robotstart.info/2018/07/02/trial-dllabday.html - AIを活用した小売業向けの実店舗来店客分析サービス「Diversity Insight for Retail byGMO」を提供開始(GMO)
https://www.gmo.jp/news/article/6193/ - 消費期限に応じてAIが価格を変動、食品ロスに貢献(FASHIONSNAP.COM)
https://www.fashionsnap.com/article/2018-10-23/wasteless-slingshot-ventures/ - 大丸札幌店、“IoT×AI”で飲食店、トイレ、授乳室などの混雑状況をリアルタイム表示(ITmedia)
https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1811/30/news077.htm
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