AI(人工知能)業界で、「日本の大学は何をしているのか」といった声が聞こえてきそうな出来事があった。ソニーがアメリカのカーネギーメロン大学と共同で「家庭用AIロボット」を開発すると発表したのだ。
確かにAIの領域ではアメリカがトップ集団を引っ張っている状態だ。アメリカでは、大学と企業の連携が進み成果を生んでいる。
では日本の大学のAI研究はどのような状態にあるのだろうか。東大、京大、早稲田大のAI研究の一部を紹介する
東大は企業のAI導入を支援
少し長くなるが、東大・矢谷浩司研究室の「本名」を紹介しておく。
東京大学工学系研究科電気系工学専攻工学部電子情報工学科学際情報学府先端表現情報学コース、である。
矢谷氏の肩書は東大准教授で、研究対象はAIやIoTである。
矢谷研究室は、AIサービスを提供しているストックマーク株式会社と共同で、AIを自社に導入しようと考えている企業を支援する「AIアルキミスト」プロジェクトを立ち上げた。アルキミストとは「錬金術師」という意味である。
このプロジェクトの支援内容は次のとおり。
・デザイン思考:AIを導入して何をするかを考える支援
・プロトタイピング:試作を行う支援
・マッチング:AIと企業の実務をマッチさせる支援
・トレーニング:AIを実働させるための支援
AIの導入前から企業の相談に乗り、AI導入によるメリットが得られるまでサポートする。
企業が使いにくいAIを使いやすく加工して経済振興を狙う
ストックマークはAIサービスを提供するビジネスを展開しているので、この企業支援プロジェクトは直接自社の利益につながる。
では国立大学の東大の矢谷研究室の狙いはどこにあるのだろうか。矢谷氏のコメントをまとめると、次のようになる。
・AIの研究開発のスピードの速さに比べてアプリ研究が出遅れている
・AI向けアプリ開発では矢谷研究室のUI(ユーザーインターフェース)研究が役に立つだろう
・矢谷研究室ではビジネスの知的生産性支援システムも開発している
・企業のAI導入支援をすることで新しい産学連携が生まれる
・その結果AIを使った新しいサービスを実社会に展開できる
現行のAI研究開発の成果は、そのままでは企業が使いこなせないので、企業が使えるようにAIを調整しよう、ということである。
矢谷氏が企業支援や経済振興に使命感を持っているのは、マイクロソフトの出身だからだろう。本物のビジネスを知る矢谷氏だから、「企業仕様のAI」をつくることができる。
AI研究のためのAI研究ではなく、実社会に役立つAIをつくろうという取り組みといえる。
京大の講師はAIを疑っている?
京大のAI研究では、少しユニークな事例を紹介したい。
ジョン・ブラウン氏の肩書も長いが、全文紹介する。京都大学医学研究科学研究科附属医学教育・国際化推進センター国際化推進部門講師、である。
ブラウン氏の研究対象は、創薬、薬学遺伝学、医療情報解析などである。要するに新しい薬をつくる研究をする先生だ。
創薬現場で使われるAIはいい加減?
ユニークな事例とはブラウン氏の論文のタイトルで、それは「その人工知能は本当に信頼できるのか? 人工知能の性能を正確に評価する方法を開発」となっている。
AIの能力を疑っていると取れるタイトルだ。
ブラウン氏がこの研究に取り組むきっかけになったのは、AI開発に関するニュースの取りあげ方だった。ニュースを聞くたびにブラウン氏は「そのAIの本当の性能はどこにあるのか」と、報道されたAIの性能を疑うようになったのである。
ブラウン氏は自身の専門分野である創薬研究において、このような体験をした。
ブラウン氏が実験を行うと、事前にAIコンピュータが予測した成功率よりかなり下回ることがしばしば起きていたのである。
なぜAIの予測が外れる事態が頻発したかというと、AIの性能を過大評価していたからだった。
AIの性能が不十分では、そもそもAI予測自体が意味をなさない。
AIモノサシで性能を測る
そこでブラウン氏は、AIの性能を評価する「指標」に着目した。指標とは「何をもってすごいAIであると判断するか」というモノサシである。
ブラウン氏は統計学などを駆使して「AIを測るモノサシ」を開発した。ブラウン氏のAI指標を使えば、AIが出した予測をどの程度信じることができるかが、事前にわかるというわけだ。
早稲田大はAI人材3,000人育成プロジェクトの旗振り役
早稲田大学は2017年度に「スマートSE」という事業をスタートさせた。事業のコンセプトは、AIとIoTとビッグデータを組み合わせたスマートシステムとスマートサービスでイノベーションを起こしたり、人材を育成したりする。
これは文部科学省の支援を受けて行うもので、13の大学が参加する。早大が代表校に採択された。約5,000社の企業にも参加を呼び掛ける。
産学のネットワークをつくり、AI人材を3,000人育成する。事業期間は4年で、事業費は4億円。
早稲田以外の12の参加大学は以下のとおり。
茨城大、群馬大、東京学芸大、東京工業大、大阪大、九州大、工学院大、東京工科大、東洋大、鶴見大、北陸先端科学技術大学院大、奈良先端科学技術大学院大。
そして次の企業などが参加する。日本電気、富士通、日立製作所、東芝、ヤフー、デンソー、新経済連盟などである。
受講者を厳選、習ったAIをすぐにビジネスに乗せる
この事業の特徴は「どういう人材をつくるか」が明確なところだ。
・組み込み・IoTプロフェッショナル人材
・システムオブシステムズ・品質アーキテクト人材
・クラウドビジネスイノベーター人材
いずれも企業のAI研究開発で即戦力になるスキルが身につく。この事業では、育成対象となる人材を厳選する。
育成メニューを受講できるのは、IoTシステム技術資格検定試験で中級相当を獲得した者で、AI、IoT、ビッグデータ、クラウドの知識を問う試験に合格した者だ。審査にパスした人は、4~6カ月の講習を受けることができる。
講義メニューは、センサー、IoT、クラウド、AI、ビッグデータ、システムセキュリティ、サービスセキュリティ、ビジネスイノベーションである。
注目したいのは、ビジネスイノベーションの講義だ。この講義を加えることで、受講者たちはここで習ったAIをすぐにビジネスに乗せることができるようになる。
まとめ~実社会によい影響を及ぼすAIをつくる
東大、京大、早稲田大のAI研究に共通しているのは、企業とコラボして大学が培ったAIの知見を実社会に落とし込むことだ。これにより日本経済が発展し、AI競争力も高まる。AI開発は大きな果実を期待できるだけに、結果が楽しみな産学連携である。
<参考>
- IIS Lab(IIS Lab)
http://iis-lab.org/ - 矢谷浩司(IIS Lab)
http://iis-lab.org/member/koji-yatani/ - AI Alchemist(ストックマーク株式会社)
https://www.ai-alchemist.com/ - 「とりあえずAIで何かやりたい」ではダメ――AIベンチャーと東大研究室が企業向けの支援事業(TC)
https://jp.techcrunch.com/2018/02/19/stockmark-ai-alchemist/ - ブラウン ジョン/John Brown(京都大学教育研究活動データベース)
https://kyouindb.iimc.kyoto-u.ac.jp/j/mV4mL - その人工知能は本当に信頼できるのか? 人工知能の性能を正確に評価する方法を開発(京都大学)
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2017/180214_2.html - 4年間で3000名育成へ、AI・IoT分野でイノベーション人材創出 社会人学び直し事業「スマートエスイー」(早稲田大学)
https://www.waseda.jp/top/news/54662
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