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診療支援、創薬、再生医療など、医療分野で進むAI活用

医療分野はAIを用いれば、検査や診断の精度が高度化・均質化し、誰でもより正確な診断や判断が短時間で下せるようになるとともに、医療従事者の負担軽減に大きく寄与するものと考えられる。そんな日本国内の医療分野におけるAIの具体的な活用事例を紹介する。

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人工知能(Artificial Intelligence:以下、AI)という言葉が登場したのは、意外にも古く、1950年代と言われている。「人工知能の父」と称されるアメリカのコンピュータ科学者ジョン・マッカーシーが、ダートマス会議(1956年)で初めて使用したのが起源となっている。それから60年以上が経過した今日、AIは先進国の人々の生活に徐々に溶け込み、ゲーム、ロボット、自動車、家電など実に幅広い分野で活用されるようになってきた。特に高齢化が急速に進んでいるわが国では、政府が主導して、医療・介護の膨大な情報をビッグデータ化したうえで、AIを用いて医療技術・介護技術の先進国を構築するという構想を打ち出している(人工知能技術戦略会議,2017)。そしてすでに、医療分野においては診療支援や新薬の開発などの現場でAIが積極的に活用され始めている。ここでは、日本国内の医療分野におけるAIの具体的な活用事例を紹介したい。


事例1:AIを活用した良質な細胞の培養への取り組み

2017年10月、産業技術総合研究所(茨城県つくば市、以下、産総研)と武田薬品工業の子会社は、 2024年度の実用化を目指し、AIとロボット「まほろ」を組み合わせた細胞培養に取り組む旨を発表した。

昨今の新薬の開発や再生医療分野の研究においては、薬効などを調べるために多種多様な細胞が求められている。しかも、良質な細胞が大量に必要とされているのである。ところが細胞の質を見分けたり、途中で悪い細胞を取り除いたりするためには、医療側に相応の経験と高度な技術が要求される。そのため、これまではこうした作業をもっぱら熟練した研究者に委ねてきた。しかし、高齢化が進展していく中、今後の治療ニーズの高まりにかんがみれば、そのままでは人材の確保が難しく、やがて立ち行かなることは火を見るよりも明らかだ。

そこで、産総研では、これまでに培養に成功した細胞、あるいは失敗した細胞の画像や成功した細胞の中に存在するタンパク質の種類や量などの情報を、「まほろ」搭載のAIに大量に読み込ませて解析させる方式を開発した。

また、島津製作所と大阪大学も同じく細胞培養におけるAI活用に取り組んでおり、培養中に変質したiPS細胞を画像判別できる技術を開発した(日本経済新聞,2018)。そこでは、AI特有のディープラーニング(深層学習)の手法が活用されているため、不良な細胞の判別精度が急速に向上しており、現在では高精度で判別することに成功している。

事例2:AIを活用したテキストデータ解析

事例1では、AIの学習に画像データが用いられているが、テキストデータを解析させる事例もみられる。例えばFRONTEOヘルスケア(東京都)が開発したConcept Encoderは、文章から情報を抽出し、単語間の類似性や関係性を解析することができる。すでに製品化されているシステムもみられ、今後、診療支援やヘルスケア業務支援等の分野での運用が期待される。

また、2016年桶狭間病院藤田こころケアセンター(愛知県豊明市)は、大塚製薬と日本IBMが開発した、AIを活用したクラウド型の電子カルテ解析ソリューション「MENTAT」を導入した。MENTATでは、精神科を中心にIBMのクラウドに匿名化されたカルテを保存し、米IBMが開発したAIであるWatsonの自然言語処理能力を用いて解析する形をとる(大下,2016)。

ここで少しカルテの歴史を振り返っておくと、従来、カルテは紙の状態で保管されていたが、1999年、厚生省(当時)がカルテの電子化に向けたガイドラインを作成したのを契機として電子的に保存できることになった(保健医療福祉情報システム工業会,2015)。電子カルテは、検索がしやすく、関係者どうしの情報共有も容易になるという利点があるため、メリットがデメリットを大きく上回るとみられていた。

だが、精神科の場合は少々事情が異なっている。精神疾患はたとえ病名は同じでも発症の経緯や病因、出現する症状や程度などは患者によって異なるため、精神科のカルテは、他の診療科に比べて自由記述文が多くなる傾向にある。そのため、電子カルテになっても、膨大な文字情報から必要な情報を探し出す手間はそれほど軽減されることはなかったのである。

しかし、MENTATは、読み込んだ膨大な情報を整理し、患者の情報を図表等の視覚化できる形で表示するとともに、患者の診察や治療に必要な情報を絞り込んで提示することも可能である。またMENTATの導入により、過去の類似症例の検索も容易になり、治療の経過や効果等も短時間で正確に確認できるようになった。さらにその内容を参考にすることで、新たに来院した患者に対する治療の難易度の判定や治療方針の確定も容易となる。

厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」によれば、精神疾患を有する患者数は年々増加傾向にあり、1999年に約200万人であったのが、2014年には約400万人と倍増している。そのため、今後もMENTATを活用した治療の難易度の判定や治療方針の確定等への期待がますます高まっていくことは間違いないだろう。

まとめと今後に向けて

以上、医療分野におけるAI活用事例を紹介した。それぞれ用途は異なるが、AIに大量のデータを読み込ませてディープラーニングを通じて解析させ、その結果を有効活用するという点ではほぼ共通している。上記以外にも、AIを活用して、内視鏡検査時に大腸がんや前がん病変を発見するシステムが開発される(国立がん研究センター,2017)など、医療現場における診断や治療をサポートする様々な「AIを活用したシステム」が相次いで登場している。そして、こうした動きは今後ますます加速化していくものとみられる。

医師、看護師、臨床検査技師など、医療現場では多様な専門職が活動しているが、これまでは病変や病状に関する診断や判断は、医師ら医療従事者が個人的に培った能力や経験に大きく依拠する傾向がみられた。そのため、どうしても検査や判断の精度に大なり小なり個人差が出ていた。しかし、AIを用いれば、検査や診断の精度が高度化・均質化し、誰でもより正確な診断や判断が短時間で下せるようになるとともに、医療従事者の負担軽減に大きく寄与するものと考えられる。


<参考>

  1. 大塚製薬×IBM Watson”で何が生まれるか (日経デジタルヘルス)
    http://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/060300031/080200010/?ST=health&P=1
  2. カルテ解析で精神疾患患者の予後を予測 (日経デジタルヘルス)
    http://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/feature/15/011000049/011200004/?ST=health
  3. 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第5版」厚生労働法(2017)http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000166260.pdf
  4. 「AIを活用したリアルタイム内視鏡診断サポートシステム開発」国立がん研究センター(2017)https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2017/0710/index.html
  5. 産総研と武田子会社、AIとロボットで細胞培養 技術者の人材不足に対応」(SankeiBiz)
    https://www.sankeibiz.jp/business/news/171016/bsc1710160500003-n1.htm
  6. 人工知能技術戦略会議(2017)「人工知能技術戦略」http://www.nedo.go.jp/content/100862413.pdf
  7. 『ワトソン』は精神疾患の治療にどこまで貢献できるか (日刊工業新聞)
    https://newswitch.jp/p/6382
  8. 再生医療、進むAI活用 (日本経済新聞)版
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO28526850T20C18A3TJM000/
  9. 保存が義務付けられた診療録等の電子保存ガイドラインVer.3.2 (保健医療福祉情報システム工業会)
    https://www.jahis.jp/standard/detail/id=126
  10. ヘルスケア・インダストリー向けの知能『Concept Encoder』誕生(FRONTEO)
    https://www.fronteo-healthcare.com/artificial-intelligence
  11. 開発/製品パイプライン(FRONTEO)
    https://www.fronteo-healthcare.com/overview
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