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AIでトマトのおしゃべりを聞いて、農産業の効率収益化を目指す

愛媛大学のトマト栽培の効率化プロジェクトを紹介。また、プロジェクトで使われている(古くからある)人工知能の仕組みを解説する。

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農業,AI

日本の農業ってこの先大丈夫?未来は暗い?

日本の農業における未来に対して、明るいイメージを持っている人は、どれくらいの割合でいるのだろうか。人口減少や少子高齢化がもたらす深刻な問題は、広い分野での課題ではあるが、特に農業分野ではより一層深刻だ。農業従事者の高齢化や後継者・成り手不足、また、高度な技術を後継者に伝え育成していくのは年々困難な状況になりつつあるように思える。

しかし、IT技術を用いることで、この困難な問題を解決し、明るい日本の農業の未来を描いていこうという取り組みも行われている。たとえば、愛媛大学ではトマトの栽培にセンシング技術やビッグデータ、さらにはAIやコンピュータネットワークを連携させる大規模なシステムを構築する。人間の目では見ることができないことも含め、科学技術の視点で農作物のことをさらによく知り、栽培の育成効率化を目指す取り組みだ。

愛媛大学では全国の農園と連携しながら、このシステムの実用化に向けて実験を重ねている。そのシステムの仕組みや、そこで使われている人工知能の手法について、ご紹介したい。

愛媛大学のトマトプロジェクトとは?

農林水産省の委託プロジェクトに採用された愛媛大学のトマト栽培効率化の取り組みでは、2017年には福井県や三重県からデータを集める。2018年の春からは全国各地8地域からデータ収集が行われ、順次実験の規模は拡大されていく。全国に実験を展開することで、気候条件など各地で異なってしまう情報も収集し、日本全国どこででも効率的にトマト栽培が可能になるシステムを目指す。

なお、全国からの情報を集めるといっても、全国一律の栽培方法で効率化を目指すという意味ではない。それぞれの地域の条件に合った栽培方法をAIが提供してくれるということだ。AIの進化によって、それぞれの環境・条件に合わせた最適化方法を提示できるようになってきたのだ。

この愛媛大学のプロジェクトの目標は、3〜5年後に収穫量を10%増、作業時間10%削減を実現することだ。

ただし、この栽培効率化プロジェクトの対象となるのは、生育環境を制御可能な植物工場となる。しかし現在はまだトマトや大規模植物工場が対象ではあるものの、このようなAIを活用した取り組みが行われていけば、他の多くの作物品種や小規模農家などにも応用されていくことになるだろう。日本の農業の未来は、明るいかも知れない。

愛媛大学プロジェクトのAIは、どのようにしてトマトの生育状態を認識するのか

トマトの生育状況や健康状態をコンピュータに認識させるためには、多くの工程が必要だ。

まず、センサーによって自然環境の情報をデジタルデータとして取り込む。従来は温度の変化など比較的単純なデータから断片的なデータに偏ってしまい、総合的で曖昧な判定が難しかった。しかし、近年の画像処理技術の進歩により、人間の視覚に近い認識能力をコンピュータに持たせることができるようになった。

たとえば人間の視覚による2次元、3次元認識によって、植物の葉のつややかさなどの直感的な視覚判断ができるようになり、その植物が病気に罹っているのかどうか、生育は順調なのかなど、人間の立場からはとても簡単に判断できていたことが、コンピュータにもできるようになってきた。さらに、コンピュータでは人間の可視化の範囲を超えた視覚を持つこともできるから、元来人間の目ではわからなかった病害に早期に気付くこともできる。たとえばトマトサビダニ害によって光合成機能が落ちた部分を特定できる、といった具合だ。コンピュータにこの能力が備わることで、現場に人間がいかずに操作を行えたり、少人数で大きな範囲の管理ができるはずだ。愛媛大学のプロジェクトでは、カメラ搭載ロボットが葉の認識を行い、光合成がきちんとできているかなどの判定を行っている。

なお、このようなカメラによる人間の視覚に近い認識をIoTで行うというのは、個人でも作ることも可能だ。たとえばRaspberryPi + Webカメラ + Wi-fi + Deep Learning といった組み合わせで、市販のIoT製品を使ってかなり安く自作できる。また、ドローンも安く購入できるし、ドローンの操作にはスマートフォンなどを使うようにプログラムを作るなど、個人でもさまざまな知的なマシンのDIYが可能だ。愛媛大学のプロジェクトほどの精度は難しいが、ある程度は個人の工夫次第で農業に役立つロボットを作ることは、可能な時代なのだ。

愛媛大学では、「SPA」という考え方でプロジェクトを進めている。それは、”Speaking Plant Approach”、すなわち「植物にもしゃべってもらおう」というコンセプトだ。もちろん言葉を植物がしゃべるわけではないが、高度化したセンサーやAIを使うことで植物の訴えを汲み取り、それを農産業の効率化に結びつけようということだ。

AIの古典的手法 エキスパートシステムも使われている

植物のおしゃべりを、コンピュータを通して聞くことができるようになってきた。しかし、なにも植物ばかりの言うことを聞いているわけではない。

篤農家の持っている高度な農作業に関する蓄積された知識は、後継者に伝わっていかないとしたら非常に惜しいことだ。この愛媛大学のプロジェクトでは、農業従事者の経験・知識をも活かす仕組みがある。

このような専門的な知識をコンピュータに身につけさせる技術として、愛媛大学のプロジェクトでは「エキスパートシステム」という手法が採用されている。

エキスパートシステムは、ディープラーニングのような近年になって飛躍的に進化したような新しい人工知能ではなく、第1次人工知能ブームから存在していたものだ。

専門家の持っている知識をコンピュータが答えるようにするための仕組みで、複雑な条件から推論をし、回答を出すものだ。1970年代には「Mycin」という、医者の専門知識を組み込んだアドバイスをするシステムも開発された。患者の容態を入力することで、どの薬を出すのが最適なのか、医者に代わってコンピュータが(医者の専門的知識をもとにしたデータによって)推論を行うわけだ。Mycinは、診断結果の正解率は65%(人間の医師では80%)であったという。

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人工知能用言語Lispの方言SchemeでのプロダクションシステムのコーディングイメージMycinはLispで書かれた

エキスパートシステムには、述語論理やプロダクションシステム、意味ネットワークなどの手法がある。たとえば、プロダクションシステムでは、短期記憶(ルールベース)や短期記憶(ワーキングメモリー)、そしてその記憶・知識を処理し推論を行う推論エンジンの3つでモデル化される。

プロダクションシステムは問題解決プロセスのモデルとして考案され、人間の脳や一般的なPC(ノイマン型コンピュータ)と似た概念で構成されている(エキスパートシステムの考案者の一人、H.A.Simonは行動経済学者で、ノーベル賞も受賞している)。

農業,AI

エキスパートシステムでは、「知識」を事実の知識と規則を表す知識に分けて考える。それらの個々の知識の集合を「知識ベース」と呼ぶ。この知識ベースに、ベテランの経験と知識が溜め込まれ、推論に活かされ、専門的な知識を持っていない人にもその知識が共有されるのだ。

エキスパートシステムでの知識は、「IF <条件部> THEN <結論部>」という形式で保存される。「もし<条件部>が満たされれば、<結論部>を実行するべき」という表現方法で知識を表すのだ。ユーザーからの問い合わせに対し、知識ベースに格納された多数の知識のうち条件の合致する”知識”が選択され、論理的に矛盾しない形でユーザーに最適なアドバイスが提案される。少し古い年代に書かれたものだが、愛媛大学の羽藤堅治教授や前述のSPAを提唱した橋本康教授の論文では、経験豊富な農業従事者の知識を知識ベースとしたエキスパートシステムの推論は、一部地域の実際の栽培方法と完全に一致したのだという。ディープラーニングなどの帰納的、連続的な手法ではなく、エキスパートシステムは論理的、離散的な手法であり、以前の人工知能ではこういった論理的手法が主流だった。

愛媛大学のプロジェクトでも、植物の糖度や形・色、また外部環境要因(温度や日射量など)、さらには農作物の収穫量まで、多くの次元の知識ベースが構築されている。それらの「知識」をもとに条件に応じた推論が行われ、農業従事者に最適なアドバイスが行われる、というわけだ。

近年はディープラーニングが盛んにもてはやされていて、あたかもそれが万能かのように過大な期待をされがちだ。しかしこのエキスパートシステムのような古典的な人工知能の手法も、有効な手段のひとつだ。

日本の農業には、明るい未来が開けるか

愛媛大学のトマト栽培効率化プロジェクトは、非常に大規模なものだ。したがって、そこで使われている人工知能の手法も多岐にわたる。今でも盛り上がりを見せるディープラーニングから古典的なエキスパートシステムまで、さまざまな手法を駆使して実現されているプロジェクトだ。

少子高齢化や歴史上未経験の人口減少という難題を抱える現代の日本・・・。今回の愛媛大学のプロジェクトは、それらの深刻な課題の解決方法の一つとしても注目される。

<関連記事>

農業や漁業などの一次産業こそAIを必要としている


<参考>

  1. 20171031_nikkei_ai_tomato.pdf (PLANT DATA 株式会社)
    https://www.plantdata.net/files/20171031_nikkei_ai_tomato.pdf
  2. 「植物の声を聴く」 大学発ベンチャーの生体観測技術が開く農業の未来(未来コトハジメ)
    http://business.nikkeibp.co.jp/atclh/NBO/mirakoto/food/h_vol18/?P=2
  3. ネットワークを用いた自動診断システ厶のための果実認識システ厶 (科学技術振興機構)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/ecb1963/41/4/41_4_397/_pdf/-char/en
  4. スピーキング・プラント・アプローチ(SPA)と農業ICTに関する取り組み (総務省)
    http://www.soumu.go.jp/main_content/000355755.pdf
  5. 太陽光利用型植物工場の知能化のためのSpeaking Plant Approach技術 (科学技術振興機構)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/15/6/15_6_6_62/_pdf
  6. 事実データベースを用いた推論に基づくトマト栽培支援システム (科学技術振興機構)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/ecb1963/30/4/30_4_185/_pdf
  7. 『新 図解人工知能入門』 (戸内順一 著)
  8. 『Schemeによる記号処理入門』 (猪股俊光、 益崎真治 著)
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